4-6 豪華客船から脱却
朝、朝食を摂り、僕は甲板に出て空を見上げる。どうやら少し雨が降り始めたようだ。船も少し大きく揺れ始めた。
「どうやら来るようだな。甲板はもうすぐ豪雨になるぜ!濡れたくなかったら、中に入ってな」
「本当ですか?まだまだそんな風には見えませんが。太陽も見えますし」
「ああ、間違いねぇ。船に乗ってもう15年になる俺の言葉を信じて早く中に入りな」
「あの、頑張ってくださいね!」
僕は言われたとおりに船の中に入り、窓から外の様子を眺める。そうして少し時間が経つと風が強くなり小雨が降り始める。船が大きく揺れ始め、いつの間にか太陽も隠れ、小雨とは言えないくらいの大粒の雨に変わりだす。船は大きく揺れだしたけれど、僕はそれ程移動に難苦はない。何時も森でやって来たのと同じように魔法障壁で壁を掴みながら歩けば揺れで倒けることもないし、不便に感じる事すらない。
船内は揺れ始めても大した混乱にはなっていなかった。元々揺れることを前提に作られている設備なので、大抵の人は混乱することなく日常生活を営めていた。
「この船、沈んだりしないだろうな…座礁したりして」
僕は揺れる船では眠れないので、探検家気分で船の中を歩き回ることにした。殆どの施設は休業中になっており使える施設は何もない。乗客はちらりほらりと船の中にいるのが見て取れる。殆どの人間が自室へと帰ってじっとしていることは見て取れた。
「この船って、ここまで揺れることを想定して作られているんですか?」
胸に名札を付けている売店のお姉さんナナミージさんが近くに偶然いたので答えてくれた。
「ここまで揺れることは滅多にないですね。稀に見る揺れっていう奴ですが、ご安心ください。この船が沈没することは絶対にありませんから」
「それは(…何か嫌な気配がする言葉ですね…でも)本当ですか?それならいいんですが、その根拠を教えてください」
「いいですよ、この船の見取り図を見てください。ここに赤いラインが敷かれているでしょう?この船は各ブロック毎に分かれているんですよ。そして各A地区B地区C地区D地区E地区それぞれが独立しているんです。そして例えE地区が浸水してもすぐにこの赤いラインで封鎖されて他の地域には浸水が起こらないようになっているんです」
「E地区に残された人はどうなるんですか?」
「お客様には速やかに避難してもらえばいいんです。その為の避難経路も数多く確保されているんですよ。ま、万が一ですよ。今までこの船が浸水したことは御座いませんので安心してご搭乗して下さいませ」
「良かったらもう少し詳しく教えてください。今の説明では分からなかったのですが、例えばこのA地区とE地区が同時に浸水してしまったらどうなるんですか?」
「そんなことは余程のことがなければ起こらないと思いますが、そうですね。その場合でも浸水地区を隔離するのは同じです。ここの境界線とここの境界線を封鎖すればB、C、D地区が浸水せずに済みます」
「その場合船の40%が水な訳だけど、動くの?」
「動きはしないかもしれませんね…ただ沈みはしないでしょう。60%が無事なら浮力の方が強い筈です」
「そっか…じゃあ本当に余程の事がない限りは沈みはしないんだ…強烈な嵐とか…強大な魔獣だとか」
ちらりと窓の外をみると、強大な嵐が吹き荒れ強大な魔獣が横切っているのだが…。
「駄目かもしれませんね、これは」
「避難艇をだして、ここから脱出しよう。他に一緒に連れて行きたい人がいるなら、今の内に連れて来て下さい」
「分かった、急いで連れて来るわ。ここで待ってて」
シニータは近くの部屋を叩き脱出させるべく何人かの人を連れてきた。まず同僚のクリアベル、上司のハルト、隣の領主のダン、その婦人のシラベルッタ、それからどこから拾ってきたのか分からないがクックジラートというネームタグをつけた猫型の動物、合計五人と一匹だ。
「君達、避難艇で外に出るんだって?俺も連れて行ってくれよ。なぁ。悪いことはしないから頼むよぉ」
「僕達は常備されている避難艇で脱出する訳じゃないんだ。だから君に連れてはいけない」
「非常時だ、俺を連れてってくれてもいいだろぉ」
「連れて行ってあげてもいいだろう?皆船の乗客仲間のような物じゃないか」
「そうだぜ、連れて行ってくれよ…頼むよ」
何だか知らない人に無性に絡まれた。これ以上この船に滞在するのは危険かもしれない。
「分かった、分かった…付いてきたいというのなら付いて来ればいいさ」
僕は皆に振り返り、これから何処に行くか告げる。
「僕達は正規の脱出をする訳ではないんだ。まだ公式には、その段階まで来ていない。それを覚えておいて欲しい。じゃあ、確り僕についてきて!甲板に出るから」
「正規じゃないですって…大丈夫ですの?貴方、不安ですわ」
「どんなことがあっても君の事は俺が守る」
「信頼できる方なんでしょうね…甲板に出て脱出艇を出すのですね…この嵐です、却って危険ではないのですか?」
「兎に角、付いていきましょう。私と彼は一度客と店員としてあっただけの関係ですが、信頼できます」
「本当に信頼できるかは別にして、貴方を一人にしてはいけないのは事実だし、脱出するというのも賛成。今回ばかりは無事で済む気がしないわ。早めに足の速い小型船に乗って遠くへ逃げたほうがいいわ」
僕は五人と一匹と二人を連れて甲板へと出る。
「雨風が強いから、吹き飛ばされないように何かに掴まってください!」
僕は魔法障壁を駆使して甲板中央に出ていく。嵐の中、僕は夜作っていた船の部品を取り出し、急いで溶接していく…。
「皆、急いで中へ!」
夜の時点で、船の外装は殆ど完成していた。つまり、『浮く』事ができるだけの(潜水)船だ。夜は三つの部分に分けてポシェに収納していた。そして今それを溶接したという訳だ。
「中に入るわよ!ここにいても、事態は好転しないわ」
「あの船が安全であるという保証は?」
「少なくとも、あの船の装甲は並の物ではないわ。早く乗るわよ!」
シラベルッタお嬢様を先頭に七人と一匹は雪崩れ込むように溶接し終えて完成された船の中に入ってくる。未完成なので船の中には何もない。ただ床があるだけだ。
「物凄く暗いわ。何か灯りとなるものはないの?」
「誰か、光魔法を使える方はいませんか?」
「光源の魔道具なら持ってるよ。この指輪は実は光るんだ。君のもね」
「確り捕まっていてください!海にでますよ」
魔法障壁と波を利用して船を豪華客船から出艇させる。お決まりの如く、夫婦二人は抱き合っている。途中から紛れ込んだジラートは僕が抱き上げることに。
船は無事荒波に耐えてくれた。一安心といった所だろうか。
「これからこの波の揺れを防ぐために、海に潜りますよ」
「海に潜ったら、船に水が入って来るんじゃないの?」
「この船は密閉されているから、問題ないよ。その扉を閉めたことで外部との接触は一切断たれてる。水は入って来ないよ。では潜るよ」
僕はポッシェから重量のあるものを取り出して床に置く。今まで重量がなかったものが船に現れたことで船体が沈み始める。
魔法障壁でプロペラを作り、船の進路を取る。海底を進むこと数時間、漸く浮上することにした。
「海の中も大荒れでしたね…」
「やっと嵐の影響下から出たみたい!」
随分離れた海の上に潜水艦が顔を出す。ここからではもう豪華客船は見えない。
「物凄く流されてきたものだな…海流に乗って随分流された。それにここは晴れか…」
「乗客の皆さんは無事でしょうか…」
「さぁ…でも、まだ沈没すると決まったわけではないし避難艇もあるんだ。沈没したって生きていられる筈だよ。きっとそう信じよう」
晴れ渡った空が、彼らの平常な日常を予期している様だった。
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