3-1 断崖での修行の終了
次の日の朝、パンにバターを塗り朝食を終えた後、予定通り北門から抜けて地獄断崖へ到達する。この辺りには中級冒険者たちが良く訪れ、上級冒険者になる為の登竜門として試練を受けさせられる場所になっている。
僕は魔法障壁で翼(つばさ?)のような物を展開し、崖の上から飛び降りる。鳥は本能的に空を飛ぶが、残念なことに僕は人間だ。人間に空を飛ぶ本能はない。普段動かさない肩に翼を付けて無理な運動を繰り返した所為で、肩回り首回りの筋肉が粘って痛い。
「鳥のように飛ぶのは魔法障壁でいくら翼を作っても物凄い胸筋が必要になりそうだ…魔法を使わなければの話だけど」
断崖を滑空しながら下まで降りていく。崖の上がC級の狩場だとするなら崖の下はA級の狩場、一般人が踏み込めば忽ちその命を失うだろう。
少し薄暗いが、充分太陽の光が差し込む。断崖の下は広い坑道が作られており、様々な生命が穴の中で暮らしている。
「断崖をこれから何度も上ることになりそう…ここは思いの外広くてさらに下へと続いている…これ以上降りていけば完全に光が射しこまない。上級冒険者たちが挑む場所というのは間違いないようだ…下に降りようとするだけでも相当の覚悟が必要になりそう」
魔法障壁で手を囲い【身体強化】して崖を掴み音を立てないように気を付けながら上まで登攀していく。
「ここは何度来てもおっかない…よくこんな場所に来る気になるよなぁ…」
上に戻るとこれからモンドールの試練を受けようとする冒険者と鉢合う。2人の冒険者がそれぞれの装備を持ち、急に現れた僕を驚くように見つめている。
「天使!?どうして地獄断崖から天使が出てくるの?」
「いいえ、あれは悪魔よ。地獄から出て来るなんて悪魔に違いないわ。天使の姿をしているのは、私達を惑わす為に違いないわ」
透明な翼が彼女らには天使か悪魔のように見えたらしい。当然のことながら僕はそのどちらでもない。
「これからこの断崖に挑戦するに値するか、僕が試してあげよう」
彼女達は僕に全力で切りかかって来た。僕は魔法障壁の翼を展開したまま滑空しつつ相手の攻撃を捌いていく。中級冒険者なら、今の僕でも充分相手できる様だ。動きも止まっているように見える。
「私達の連携攻撃が全く効かないなんて…」
「悪魔のように見える貴方は私達よりも強い上級冒険者ですね?そうとしか考えられません」
「違うよ!?まだ冒険者にもなれていないよ?」
「冒険者でもない方に負けたというのですか?私、完全に自信を無くしました。地獄断崖に行くのは暫く諦めます」
「どうして、私達の前に立ち塞がったんですか?私達の邪魔をして楽しいですか?」
僕は彼女たちを試したかった意図なんて微塵とさえ存在しない。偶然、僕が崖を登って来た時に彼女たちが現れた、それだけのことなのだ。
「君たちはこれからこの下に挑戦する予定だったの?それにしては実力不足だよ?このまま挑んでいたらきっと君たちでは帰らぬ人になっていた」
「そんな事ありません!今日の為に私達はできる限りの準備をしてきたんです!崖に捕まる為の魔道具や、瞬時に帰還できる魔道具も買ってきたんです。少なくとも帰還できないことなんてありません…」
「そうかな?崖の下は暗く瞬時に帰る判断なんてできたとは思えないし、魔獣を倒す実力もあるようには思えない」
「それでも困難に挑戦するのが冒険者という物でしょう」
「それは只の無謀です!!この後帰ってから、どうするつもりですか?」
「中級任務を受けて暫くしたらまたここに挑みに来ます」
「だから無謀です!きちんとした訓練を受けてそれから挑んでください!貴方達の実力では、この地は無理です」
「だから、どう無理なんですか?そんなに言うのならあなたが教えてくださいよ。そうすれば私達も納得できます」
「僕は今、飛行訓練をしている最中なんだけど…仕方ないなぁ…じゃあ、この崖を上ったり下りたりして体力を付けなよ、僕が近くにいれば魔獣に襲われても対処してあげる」
彼女たちは最初は不満を言っていたが、僕の飛行訓練を見ると共に素直になっていった。彼女たちに襲い掛かる魔獣達は悉くタークスの炎によって燃やされていた。
「どうやったら、貴方みたいに飛べるんです?ずるいです、貴方だけ空を行き来して」
「そうですよ、私達にも教えなさい!どうやって空を飛ぶんです?」
僕は魔法障壁についての話を彼女たちにする。魔法障壁を均一にして形を変える。二つの魔法障壁を作り同時に動かす。この二つの熟練度を高めていけば結果的に翼を展開することができる。
「まずは手袋のように魔法障壁を両手に纏う事を覚えるんだ」
「形を変えようとすると割れてしまうんだけど…どうすればいいんだ?」
「両手同時に展開するなんて、高度な技術、どうして、貴方のような子供が使えるの?貴方本当は魔族か何かなんでしょう?」
その日は一日中彼女達を見守ることになってしまった。日が暮れても彼女達の訓練は続いていた。これ以上は僕が付き合いきれない。
「今日はここまでにしよう。僕はもう帰るよ…。もっと修業したいのなら明日もここに来て。暫くはここで滑空の練習をしているから」
彼女達はめげずに次の日もやって来た。次の日もその次の日も彼女達は僕の指導通りに訓練を繰り返した。そのお陰で、彼女達は両手に魔法障壁を纏う事をマスターしていた。
「漸く、両手の人差し指に魔法障壁を展開することに成功したわ!これで私も高度な魔法使いの仲間入りよ!」
「私は漸く片手を魔法障壁で覆えるようになった。」
後は二人で教え合ってもらえば、何とか覚えることができるだろう。僕は僕で操ることのできる魔法障壁の数を増やして翼を自由自在に変形させ、不自由なく空を飛ぶ練習を繰り返していた。魔法障壁で作った羽の数は鳥の羽と同じ枚数。習得にはもう少し時間がかかりそうだ。
領地では服の中に魔法障壁の翼を仕舞っている(その為、領民からはまだ気づかれていない)。一か月程繰り返して練習を繰り返したお陰で、翼として扱える羽の枚数が充分飛べる程度に増やすことができてきた。
「まだ完全に全ての翼を一つずつ制御している訳ではないんだ。幾つかを一纏めとして連動させて操っているんだ」
「使っていくうちに、慣れますよ」
「そうかなぁ…僕はまた別の修業場に行くから、断崖で一緒に修行した二人の面倒を誰かに引き継いで見てもらいたいんだ…誰かいないかなぁ」
「引継ぎ…しなくてもディさんもミィさんも立派な冒険者としてやっていけますよ…この一か月の修業が彼女らにとってよい刺激になったのですから。それだけで十分です。それに彼女達が何か困ったことがあれば、タークスが手を貸してあげればいいだけではないですか?その為に『守り方』を重点的に指導したのでしょう」
「それもそうだね!…じゃ、明日からは『深き森』よりもう少し先の地域に挑戦してみるよ!今までは山に尻込みしていたけど、空を少し飛べるようになったには怖い場所ではないからね!」
「お気を付けて。今までは森の中でしたから魔獣から隠れることができましたが、山では岩場ばかり隠れることはできません。魔獣と戦う事になるかもしれません。山の魔獣は一際強いと聞きます」
「分かってる!戦う準備は出来てるんだ!できるだけ早く海に行ってみたい」
「私にそれを止める権限はありません。倒せないと判断したのなら無理をせず飛んで逃げかえって来てください。タークスがいなくなると話し相手が一人減りますから」
僕はにっこりとほほ笑んで了承する。正直、明日が楽しみで不安何て微塵も感じてはいなかった。
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