本当は危険な避難訓練?
「校長先生、どうしてあんな顔してたんだろ?」
「なんか、すっごーくガッカリしたよーな感じでしたね」
弾太郎は腕組みして校舎の横を歩きながら考え込んでいた。
ついさっきまでは児童たちと教職員に囲まれていたのだが、今は校舎裏に向かって歩いている。
そこには控室兼荷物置き場替わりのテントが設置されていた。
次の訓練に使う機材を取ってくるようにロボット巡査・Kに頼まれたのだ。
「僕はただ『初めまして!真榊 弾太郎巡査であります』って挨拶しただけなのに」
「うーん?周りにいた子供たちもなんかショック受けてましたね」
腰まで届く黒髪を片手でフワァとかき上げる、本人は無自覚の動作だが実に艶めかしい。
見た目には男とは信じられないくらいだ。
その横を歩くのは豊かな赤髪のかわいい少女。
日本人でないのはすぐにわかるが、その瞳まで紅玉色なのはカラコンなどではない。
「僕、頼りなく思われたのかなぁ?」
「うーん、もっとベテランな人に来てほしかったんですかね―――?」
そんなことを言いながらも、先ほどの自己紹介での皆の態度が妙に気にかかった。
校長はじめ教職員(主に男性)も大いに動揺していたが、全校児童(主に男の子)はさらに大きくショックを受けていたようなのだ。
芽生えかけていた恋&初恋が形を成す前に完全粉砕された、などとは弾太郎自身は夢にも思っていない。
人間には存在しない真っ赤な目が下からヒョイと覗き込んでくる。
弾太郎の相棒のルキィ・マーキシマス、仕事で来ているというのに、なんだか楽しそうだ。
ちょっと落ち込みかけた弾太郎だったが、彼女の笑顔で元気が出てきた。
「そうかも……それなら、もっともっと頑張らなきゃ!」
「そうです、じゃんじゃんガンバリましょーね!」
気合を入れてガッツポーズをとる弾太郎とサムズアップを決めるルキィ。
いろいろと誤解はあるが、とにかく乗り越えた……ように見えた。
テントまでやってきた弾太郎は置いてあった荷物の中を何か探し始めた
「えーっと?おかしいな、届いてるはずなんだけど」
「何を捜してるんですか?」
「ん……知らないかな?ほら、ボーエー君とケーサッちゃんの着ぐるみなんだけど」
「ぼーえー?けーさ……ああ、地球の警察のマスコットの!」
ルキィがポンと手を打つ、その名前には防衛警察の会報で見た覚えがあった。
ボーエー君は子犬をモデルにした凛々しい男の子二頭身キャラ。
一方、ケーサッちゃんは子猫モデルのカワイイ女の子キャラだ。
防衛警察広報課所属のふたりは幼馴染(という設定)でイチオシゆるキャラなのだ!
おもな仕事の場は各地のイベントや広報活動、ボランティアなどとっても広範囲。
ゆるキャラランキングをただいま快進撃中!といいたいところだが、目下低迷中!
「アレがなきゃ格好がつかないからね、犯人役として……」
ブツブツ言いながら弾太郎は積み上げられた機材の中を探し続けた。
今回の『避難訓練』でボーエイ君とケーサッちゃん最も需要な役割、子供たちを襲う犯人を演ずるはずだった。
正確にはその着ぐるみを着込んだ弾太郎ト」ルキィが演ずるはずだった。
「あれならKさんが本部へ返却してましたよ『今回は必要なくなった』って」
「エッ、どうして?アレがなきゃ……?!?!ッッッ」
ボダッ、ボダボダボダッ!
ルキィの方を振り向いた弾太郎は凍った、そして一瞬の間をおいて恒例の……鼻からの大量出血!
滴り落ちる鼻血を片手で押さえながら、一気に貧血となってフラつく体を支えようと、もう片方の手を伸ばした。
何かを掴んだ、すっごくやわらかで、あったかくて、まるくて、おっきくて。
「……あ?」
「ダンタロさん、大丈夫ですか?」
弾太郎がつかんだモノは……全裸のルキィの胸の、ふたつの豊かな盛り上がりの片方だった。
ふわふわで暖かな感触が、手の平から腕を肩を通り抜けて、ウブな青年の脳を貫いた。
そして脳天から鼻腔に向かって一気に逆流し……勢いよく放出された若い血潮が空へ上っていった。
★☆★☆★☆★☆★
「どうなさいました、校長先生?元気がありませんが」
「ああ、Kさん。いえ、別に、何でも……ありませんよ」
「しかし……」
Kに搭載された多機能センサーには人間の体調や心理状態をある程度は解析できる。
結果は全て正常値で怪我や急病、体調不良の可能性はない。
しかし脈拍と呼吸がやや乱れている。
「なにか具合が悪いのでしたら、救護テントで休まれた方が」
「いえ、本当に大丈夫です!ただちょっと、落ち込んで……いえ!もう大丈夫ですから」
校長先生は落ち込んだ顔に無理矢理微笑を浮かべて、空を見上げた。
(ハハ、言えないなぁ)
(お連れになった殿方の警察官を女性と思い込んで)
(30過ぎ独身の息子の嫁に、などと夢を見て)
(男と知って落ち込んだ、などとは、とても……)
「ん?なんでしょうか、あれは?」
校長先生は(ちょっと疲れ気味の笑顔ではあったが)気合入れ直して背筋をシャンと伸ばした時だった。
校舎の裏から水が噴き出す音と空中に広がる赤い霧のようなものが見えた。
見ている間にも赤い霧は急速に拡大し、校舎全体を包み込む勢いだ。
「弾太郎さんが準備を始めたようです。こちらも急ぎましょう」
「えっ、弾太郎さんって?彼女……じゃなくて彼が、真っ赤な霧を?」
「はい!彼のもっとも得意とする技……だそうです」
弾太郎自身が知らないところで鼻血ブーが必殺技、もしくは異能力認定されていた。
常人なら失血死確実な大量出血を連射して、たった数十秒で復活してくるのだから、あながち間違っているともいえない……のか?
しかし校長先生が驚く超展開にはまだまだ先があった。
「な、なんじゃあ?アレはぁぁぁッ?」
「あ、ルキィさんも準備ができたようですね」
赤い霧を吹き飛ばすように内側から大きな光の玉が出現した。
虹の七色を纏う光の玉はあっという間に校舎の高さを超えた。
更にその内側で蠢く不気味で巨大な影!
影は天を仰ぎ、大きく口を開けて凄まじい咆哮を解き放つ1
グゥワォォォオオオオオッッッッッ!
「お待たせしました。彼女が今回のスペシャルゲストです!」
「か、彼女ォ?ルキィさん?ゲ、ゲ、ゲストって一体何なのッ???」
ズシィィィンッ!!!
咆哮が大気を震わせ、踏み下ろした一歩が校舎はおろか、数キロ四方の建造物全てをビリビリと震撼させた。
校舎をゆっくりと回り込んできた巨大生物、その姿は!
灼熱を思わせる赤い岩肌のような皮膚。
上顎下顎にずらりと並んだ槍の穂先ような牙。
黒く長く大鉈のような鍵爪。
そして狂暴なまでの光を放つ深紅の両眼!
腰を抜かした校長先生、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「ほ、ほ、ほ、ホンモノの……怪獣!!!なんで……」
「なんでって……校長先生、お忘れですか?今日の避難訓練は」
Kと校長先生の背後、学校の外、校門に立てかけられた看板にはこう、書かれていた。
『第一回 怪獣災害対策 避難訓練』
「ですから犯人役はできるだけリアルな想定で、と思いまして」
「リアルどころかマジで本物の怪獣を連れてくるなんて無茶苦茶でしょーがッ!」
「はあ、そうですか……うーん、一般的な匙加減はなかなか難しいな」
「非常識にも程があります!生徒たちもあんなにパニックに、パニ……あれぇ??」
突如の怪獣出現に当然、生徒たちはパニックを起こしているものと思っていた。
思っていたのだが、現実は違った、といっても『冷静に行動し避難』していたわけでもなかった。
もしKに表情というものがあったなら『眉を顰める』『顔をしかめる』といった表情をしてみせたろう。
しかし彼に可能だった表現は両目の色を黄色から赤に変えるだけだった。
これは激しい感情を示す表現、人間でいえば怒りに相当する。
「君たち!直ちに列に戻りなさい!携帯を出している子はすぐにしまって!撮影は禁止です!」
いきなりKに怒鳴られてビクッとなったのは、この小学校の生徒たちだ。
皆ちょっと興奮気味の歓喜の顔で、巨大怪獣に向けてシャッターを切りまくる姿勢のまま硬直した。
Kの顔には表情がない分、声の方は強く感情が表現できるように設定されている。
その声で叱責されれば大抵の人間はすくみあがる。
Kはそれを計算に入れていなかったのに気づき、急いで語調をあらためた。
「皆さん、失礼しました。しかし今は避難訓練の最中ですので」
グワォォゥゥッ!ギャッギャッギャッ、ギャォオオオゥッ!
「そうですか、ルキィさん?なら私は構いませんが……」
背後からの怪獣の咆哮にKは振り向き、何か話しているらしい。
しかし何を話しているのか、何が「構わない」なのかさっぱりだ。
「あああ、あの、Kさん?あなたは怪獣と話ができるんですか?」
「そういえば伝えていませんでした。彼女は大型知的生命体です。高度なコミュニケーション可能な怪獣なのです」
「はぁ?大型知的……?」
「言葉が通じないのは不便ですね。私の万能翻訳アプリを使いますので校内放送をお借りしても?」
「そんなのあるなら最初から使ってくださいよ!」
「すみません、私の配慮が足りませんでした」
こんな時のために「恐縮しました」を表現する前傾姿勢と頭を掻く動作をこなしながら、Kは校内放送システムに接続した。
ガガッとスピーカーから異音が聞こえ、ちょっと割れ気味の大音量で意外と可愛らしい声が流れだす。
『がぁーおー!わたしはぁ、こわーいだいかいじゅうだぞぉー!ワルいこはいねぇがぁーっ?』
「おお、ナマハゲを演出に取り入れたか!さすがはルキィさん、日本の伝統文化をよく勉強している」
「は?ひぇ?ナマハゲって……い、いや、それより!ルキィさんって?さっきの婦警さんの名前……」
大袈裟な身振りで威嚇?する大怪獣巡査・ルキィ。
それを称賛する無表情ロボット巡査・K。
それを見て硬直する校長先生。
「はい?そうですが、それが何か?」
「……じゃあ……あの怪獣が……さっきの」
「こうしてみると。彼女、着やせするタイプですね」
このロボット、少女→怪獣の超絶変形を『着やせ』の一言で済ませやがった!
K本人は的確でわかりやすい人間らしい表現ができた、と満足していった。
驚くべき成長を続けている人工知能だが『人間』の完全な理解にはまだまだ遠い。
その間に校舎を回り込んだ大怪獣ルキィが、再び大地を踏み鳴らして吠える、吠える!
ドズズン!ドズズン!グゥワァォォォォッ!
『そこッ!携帯向けてる!そこの君だよッ!』
「えっ、ぼ、ボク?」
巨大鉤爪でビシッと指さされたのは、6年生の男の子!
突然、怪獣さんに指名されてかなりビビっている。
『そう、君!撮影はダメだよ。携帯しまって早く列に戻りなさい!』
「で、でも……ボク、赤い怪獣さんの写真、欲しいです」
『えっ……』
「ボクのいとこ、この間、赤い怪獣さんに会ったって。海千山千鉄道って電車で」
鉄道の舐めは覚えてなかったが、以前に電車に乗ったことは覚えていた。
怪鳥王子のルパルスの警護をしたとき、襲ってきた刺客と交戦状態になった。
その時、確か……小さな男の子を連れた母親がいたはずで、記念写真を撮ったのも覚えている。
『あ!あの時の?お母さんに連れられたちっちゃい男の子?』
「うん、その子!それで一緒に写真も撮って、もらったって」
前回は勢いとはいえ記念写真OKにして、今回はダメ!とは断りにくい。
といってもこの少年だけ特別扱い、というわけにもいかない。
『ん、ん~、じゃあね、避難訓練終わったら、全校生徒と一緒に記念写真!それで我慢して、ね?』
「ホント?ホントに?約束だよ!」
男の子は嬉しさ全開の笑顔で生徒の列に駆け戻っていく。
迎える同級生たちも歓喜の表情、精一杯の大歓迎で困難な交渉に成功した勇者を迎えている。
校舎を遥かに超える上から目線で見守るルキィも嬉しそうな笑顔を浮かべている。
この場で怪獣の表情を見分けられるのはKと弾太郎ぐらいだろうが。
…………いや、違った、ルキィは顔を上げて遠くを見た。
(誰でしょうか?……さっきからずっと、こっち見てる?)
誰のことをいっているのか?少なくともルキィの視線の先には何もいないし、何も見えない。
だが立ち並ぶ高層ビル群、何十キロにも及ぶ道路網、住人1000万超の都市の向こう、険しい山並みの上空にそれはいた。
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山岳地帯上空に防衛警察の兵員輸送ヘリが飛んでいた。
この辺りをヘリが通過するのは特に珍しくもない。
奇妙なのは3機の最新鋭三角翼機が平行飛行していることだろう。
単なる兵員輸送で最新鋭機の護衛がつくなど、よほどの重要人物を運んでいるのでなければないことだ。
「へぇ、見えるんですカ?この距離から」
「君は『何が見えるのか?』とは聞かんのだな、カイザウェル巡査」
いかにも軽薄でお気楽な声で操縦席から尋ねるパイロットに、長い座席の一番奥に座った禿げ頭の老人が不愛想に応える。
後頭部と側面に残った髪の毛は白髪だが根本にわずかに残る色は青、地球人には存在しない髪の色だ。
そして鋭い眼光を放つ瞳も金色、これまた地球人の目ではない。
さっきまでは持ち込んだ端末からの膨大な資料に信じられないスピードで目を通し、毎分数十件の裁定を下し続けていた。
しかし1分前からその手が止まり、小さな窓から外をジッと見ていた。
少なくとも人間の目に見えるのは空と雲と、山の間からわずかにのぞく都市の遠景だけだ。
肩越しに少しだけ振り返ったパイロット、ジン・カイザウェルは白い歯を見せて爽やかに笑いかけてきた。
「ああ、わたくしめのことはフレンドリーに『ジン』とお呼びくださイ」
「君のような有名人にそう言われるのは光栄なことだよ。『辺境惑星の死神』殿」
「死神はヒドイですネ、こっちは議長閣下を『魔王』と呼ばないように気をつかってるのニ?」
口調は穏やかだったが交わされている会話は平穏にはほど遠かった。
不穏な空気がジワリとヘリ機内に充満し、他の同乗者の神経を刺激した。
不機嫌そうな顔で窓の外に見入っている老人と異国の歌を口ずさむ軽薄そうなパイロットの間に。
刺すような殺気でも、張り詰めた緊張感でもない、それでいて不安で不安定な感覚が機内を支配していた。
「あの…………父さん?」
「お前が気にする必要はないぞ、スパロウよ」
空中に浮かぶ50枚以上のパネル群を操作していた少年が、心配そうに傍らの老紳士を見上げた。
老紳士は微笑みながら少年、己の息子の肩に手を置いた。
ヘリの揺れはかなりのものだったが、老紳士は着席することなく直立不動の姿勢を崩すことがなかった。
老紳士はコホンと咳ばらいをひとつ。
「旦那様、カイザウェル様、お二方とも……」
「スワロウ、視察中は私のことは『バル』と呼べ。昔のようにな」
「ボクのことも気さくに『ジン』と呼び捨てでお願いしまス』
「……わかりました、バル様、ジン様」
『堅苦しいのは目立つから避けろ』ということらしいが、執事としては『様付け』は譲れないらしい。
操縦桿を握るジンは声を出さずに苦笑し、バルバルゥスは不機嫌面で小さくため息を漏らす。
それに気づかないフリをしながら、老紳士(実態は鳥形異星人であるスパロウ)は言葉を続けた。
「お二方とも、先ほどのような腹の探り合いは控えていただけませんか?これから地球時間で12日間、行動を共にするチームなのです。初日からこのようなことでは……」
「わかった、スワロウ。つまらん心配をかけてすまなかった」
「ボクも少し警戒しすぎたようでス。実に申し訳なイ」
二人とも素直に謝った……はずもなかった。
ジンの方はいかにも軽ーい不真面目な若造の演技を崩さないし、バルバルゥスもまた(人間の姿に擬態した怪獣とはいえ)不機嫌で無関心な態度を改めようとしない。
「はぁ……まったく!あなたたちときたら」
スパロウは失望のため息を盛大につき、首を横に何度も何度も振った。
そんな父親の姿を見て息子であるスパロウも困惑しているようだ。
この二人も人間の姿をしているが、主人バルバルゥスのような擬態ではない。
怪獣が人間に擬態する場合は質量と形状を物理的に変化させる、これは人間と共通する遺伝子を持つ一部の怪獣だけが持つ能力、というより特性だ。
しかしスワロウとスパロウはそんな能力はない。
人間と共通する遺伝子が少しだけ足りないのが原因とされているが……そもそも『どうして怪獣が人間に擬態できるのか?』自体が大きな謎だ。
『すべての怪獣の祖先が原始人間型生物』『異種の怪獣同士を交配させるため品種改良させられた』などなど、トンデモ学説がまかり通っている状態なのだ。
話が逸れてしまったが、そういうわけで鳥人間が人間に化ける時には体表を立体映像のテクスチャーマッピングで覆う方法が使われる。
無論単なる映像ではなく、体の動きや表情に合わせて正確に表現した映像に置き換えられる。
スパロウの『ションボリ&ガッカリ』の感情をここまで正確に表現できるのだから、超絶高度技術といえるだろう。
といっても単なる映像なので、直に手で触れればすぐにバレてしまう程度のものではある。
「ま、そんな些末な問題よりも。評議長……失礼、バル様の探し物は見えましたカ?」
「はて?ワシは一体、何を探しているというのかな?」
「ああ、これは失礼。あなたは『視察する必要なし』と判断しておられるのでしたネ」
「何のことを言っておるやら、さっぱりわからん」
ジンはそれきり沈黙して操縦に専念した。
バルバルゥスは姿勢を1ミリも変えず、表情筋も震わせもせず、ただ窓の外を見ているだけ。
スワロウは直立不動の姿勢を崩さず、スパロウは情報整理作業に戻ったものの集中できていない。
「ん……」
スワロウは誰にも聞こえないくらい小さな声で呟き、ほとんどわからないくらい小さく頷いた。
彼以外には気づかないくらいの小さな変化が起きたのだ。
まったく動きを見せないバルバルゥスの瞳、瞳孔が一瞬だけ大きく開いたのだ。
★☆★☆★☆★☆★
「しっかりしてください、校長先生」
「い、いや、しっかりしてって?本当に怪獣が……」
「ええ、怪獣災害避難訓練もいよいよ大詰めです。頑張りましょう!」
「はあ、しかし?」
いまだに腰を抜かしたままだった校長先生を、Kの超合金の腕が助け起こした、
そしてテレビドラマで学んだ『気合を入れる』技術、ガッツポーズを発動してみた。
しかし効果はイマイチ、さらなるディープラーニングの必要がありそうだ。
「どうしました、校長先生?一番大切な『体育館への避難誘導』ですよ。さ、早く」
「それは……わかっておりますが!」
なんとか立ったものの校長先生、まだ足元がふらついている。
ショックから全然立ち直れていないが、それも当然だろう。
たとえば交通安全教室の実演で時速100キロで暴走トラックが突っ込んでくるだろうか?
大地震を想定した訓練で人工地震を起こす愚者がいるだろうか?
それと同じで怪獣災害の避難訓練でホンモノの怪獣連れてくる非常識な奴がどこに……
あ、ここにいた。常識を学習中の非常識ロボット警官が。
「ひ、ひぃぃぃっ?」
「どうしました、まだ何か問題が?」
「あああああ、あそこに!血を流している人がッ!」
校長先生が指さす先、校舎の裏からよろめきながら出てきた人物がいた。
長い黒髪を揺らしながら、右へ左へフラフラと、顔を押さえている指の間からドボドボと、真っ赤な液体がまるで滝のように土の上へ流れ落ちる。
大変だ、どれほどの重傷を顔面に負っているというのか?
謎の負傷者はKたちに気がつくと、何か訴えかけるように、血にまみれた片手を伸ばしてきた。
「K……さん、すいま……せん。僕、ちょっと……」
かすれた弱々しい声が危険な状態にあることを知らせる。
既に危険な出血量だ!
「あれは……弾太郎さん!」
「だんたろうって、さっきの女性、じゃなくて男性の方ですか?」
「はい、そうですが。けれどなぜ弾太郎さんが?」
弾太郎の方もKたちに気づいたようで、血塗れの片手をこちらへ向けて何か訴えかけようとしている。
もう一方の手で鼻と口を必死に抑えているが、信じられないほどの出血量だ。
Kの目が、地球文明最高精度のセンサー群が弾太郎の体の状態を解析する、結果は……
「ナルホド、そういうことですか!さすが弾太郎さんだ」
「へっ?そういうことって……何が?」
「一見、大量出血で瀕死の重傷に見えますが。実際にはやや貧血気味という程度で健康状態には何の問題もありません」
「えっ、でも……あんなに血が出てますよ!!」
フラフラで向かってくる弾太郎の足元に、血で大きな水たまり、いや血だまりができるほどの大出血!
命が危ういと判断すべき状況なのだが?
「あれだけの出血量で死亡していないなど生物学的にあり得ません。あれは血糊と考えられます」
「あれが、血糊…………ってホントですか?」
「考えてもみてください、どう見ても出血量が全血液量超えていますよ」
「そーいえば、そーですね?」
この場合、Kに搭載されているA.Iがポンコツだと考えるべきなのか?
それとも弾太郎の鼻血が人類の範疇を超えているとみるべきなのか?
「弾太郎さんは負傷者役を演じてくれているのです!」
「おお、なるほど!では早速、救護班の出番ですね!」
「そうですな。おーい、皆さん!ちょっとこっち……」
校長先生が手招きすると、生徒たちを整列させていた教師が一斉にこちらを見た。
そして血を流しながらやってくる弾太郎に気づいた。
「んー?誰だろ?」
「なんかフラフラしってっけど?」
「おい、血ィ流してないか?」
「……あら、アレってさっきの、髪の長いおまわりさんじゃないかしら?」
「何ィッ!!!」×男性教員全員&男子小学生全員
校長先生が声をかける前に、その場の全員の注目が弾太郎に集まった。
担架での怪我人搬送訓練には好都合、と軽く考えていた校長先生だったが。
「あー君たち、担架で……」
「大変だ、大怪我してるみたいだぞ?」
「早く医務室へ!」
「いや救護テントへ!」
「救急車もだッ!」
校長先生の言葉を待たずして、(男性)教職員と(男子)児童が弾太郎の周りに殺到していた。
「うわっ?何だ、なんだ、ナンダァァァッ?」
まるで胴上げのように弾太郎を頭上高く担ぎ上げ、砂糖する群衆の頭上を流れるようにやってきた担架に載せられ、搬送されるというより神輿みたいに担がれて、保険医が待機するテントへ運ばれていった。
それを見送るロボット巡査・Kと校長先生。
「見事な連携でしたね、校長先生」
「日頃の訓練のかいがありましたよ、Kさん」
満足げに、暖かな目で見守るふたり、ポンコツロボット巡査にボケ老校長。
当人の弾太郎は、貧血からようやく意識がハッキリしてきたようだが……
気が付いた時にはお神輿扱いされて状況を理解できないまま、目を白黒させるばかりだ。
加えて……頭の上から、いや校内放送スピーカーから。
グゥワォオオオッ!
『ダンタロさん、また貧血ですかぁ?ごはん、しっかり食べないからですよォ』
巨大な咆哮、実は自分の相棒を気遣う心優しい言葉だった。
けれどやっぱり、ルキィもポンコツ怪獣娘だった。
そんなバカ騒ぎを冷淡な目で見ている者がすぐ近くにもいた。
★☆★☆★☆★☆★
(おい、兄貴。ホントにこんなバカどもを殺るのか?)
(プロの請け負う仕事じゃねーぞ、こいつら)
すぐそこのビルの陰から、銀杏並木の道路の向こうから。
人間には聞き取とれないくらいのかすかな声が響いてくる。
そして校門のすぐそばから応ずる声も人類の耳の可聴域をはるかに下回っていた。
(そうクサるな。よかったじゃないか?アホ娘ひとり片付けるだけの簡単な仕事だぞ)




