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名前のない家族  作者: HANA


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7/11

第6話 帰ってくる約束

次の日教室へ入ると、彼女はもう自分の席に座っていた。

「おはよう」

いつものように声を掛けた。

「……おはよう」


返事は返ってきたけど、昨日までとは少し違った。

目が合わないし、笑ってくれない。

だけど、当然だと思った。

昨日、俺は何も答えられなかった。

 

———私じゃなくてもよかったんじゃないかな。


違うと言えなかった。

それなのに、今日もいつも通り笑ってもらえると思う方がおかしい。

自分の席へ座って何となく教室を見回すと、少し離れた席にいる蓮と目が合った。

「……何」

「別に」

蓮はすぐに視線を逸らした。

昨日のことがあったからか、それとも俺の様子がおかしいことに気付いているのか。

分からない。

でも昨日までなら、俺はきっと蓮に聞いていた。

 

どうしたらいいと思う?

何て言えばいい?

そんな他愛のないことが今日は聞けなかった。

これは俺と彼女のことだから。

俺が考えなきゃいけない事で、蓮に頼っちゃダメなんだ。


ホームルームが終わって、帰ろうとしていた科の時よを呼び止めた。

「ちょっといい?」

「……うん」

「話したい」

二人で校舎を出て、いつも一緒に帰っていた道を今日は少しだけ距離を空けて歩く。

繋いでいた手も、今日は繋がなかった。

しばらく歩いて、公園の前で立ち止まった。


「昨日のことなんだけど」

「……うん」

彼女は俺を見なかった。

いや、見ようとしていないのかもしれない。

何から話せばいいのか分からない。

こういう時はいつもなら笑って誤魔化してしまう。

大丈夫。何とかなる。

そうやって誤魔化してきた。

でも今日は、それじゃ駄目なんだと思った。


「俺さ……酷いことした」

俯いていた彼女が顔を上げた。

「何で?」

「付き合った時」

あの日を思い出した。

蓮が県外へ行くと知って、一人暮らしになると知った。

その直後に彼女に告白された。

 

———一緒に居たいです。


ただ、その言葉が嬉しかった。


「告白してくれた時、一緒に居たいって言ってくれたじゃん」

「うん」

「あれが……すごく嬉しかった」

嘘じゃない。

本当に嬉しかった。

「だから付き合った」

「……それだけ?」

胸が痛んだけど、ここでまた誤魔化したら、昨日と同じだ。

「……うん」

俺が頷くと、彼女の顔が曇った。

「最低だよね」

「……そうだね」

「うん」

 

何も言えなかった。

言い訳するつもりもなかった。 

俺が悪い。


「じゃあ」

 彼女が小さく口を開いた。

「私じゃなくてもよかったんだ」

「……あの時は、多分」


言葉にする度に、自分が嫌になる。

でも、逃げることばかりしていられない。


「誰でもよかったのかもしれない」


「……そっか」

「ごめん」

「それ、結構傷つくよ」

「……うん」

「私、蒼真くんのこと本当に好きだったから」


彼女の言葉に胸の奥が締め付けられた。

俺は彼女から向けられた気持ちを、自分が安心するために受け取った。

そんなつもりじゃなかった。

利用しようなんて思っていなかった。

でも結果としてやったことは、そういうことだったのかもしれない。


「本当にごめん」

俺は頭を下げた。

「……でもね」

上から彼女の優しい声が聞こえて、顔を上げた。

「付き合ってからは、大事にしてくれたと思う」

「え?」

「映画も楽しかったし、一緒に帰るのも楽しかった。私が話したこと、ちゃんと覚えててくれたし」

「……うん」

「だから全部嘘だったとは思ってないよ」

彼女は少しだけ笑ってくれたけどその笑顔が、余計に胸を締め付けて苦しかった。


「俺も楽しかった」

「うん」

「一緒にいるの、好きだった」

「……うん」

 

好きだった。

その言葉を口に出してみたけど……。

でも彼女自身を好きだったのか。

一人じゃない時間が好きだったのか。

まだ俺には、その違いが分からなかった。


「蒼真くん」

「ん?」

「別れよう」

分かっていたはずなのに、その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

「……そっか」

「うん」


———怖い。

急に怖くなって、彼女を引き止めたいと思った。

別れたくない。

一人にしないでほしい。

そんな言葉が次々と頭に浮かんできた。

口を開けば、きっと言える。


もう一度やり直そう、今度はちゃんと好きになるから、一緒にいて。

だけど、それはまた俺が一人になりたくないだけの言い訳だ。


「……分かった」

初めて、自分から手を離した。

「ありがとう」

「こっちこそ」

「じゃあね」

「うん」


彼女の背中が少しずつ遠くなっていっても、追い掛けなかった。

胸が苦しくて、今すぐ誰かに電話したかった。

誰でもいいから、声を聞きたかった。

でもスマホを握ったまま、一人でその場に立っていた。

 

俺は初めて、自分から一人になることを選んだ。



「ただいま」

「おかえり」

施設へ帰るといつもの声が返ってきて、それだけで少し安心した。

二階へ上がって、部屋の扉を開けると蓮は机に向かっていた。

「……おかえり」

「ただいま」

鞄を置いて、ベッドへ座って俺は口を開いた。


「別れた」

 

自分から言った。

自分から言わなきゃいけないと思ったからだ。


「……そうか」

「うん」


それだけだった。

可哀想ともだから言っただろとも。

否定も肯定もしない、いつもの蓮だった。


「俺さ」

「ん」

「一人になりたくないから、付き合ったみたい」

「……あぁ」

「否定してよ」

「昨日言っただろ」

「そうだけどさ」

少しだけ笑ったけど、すぐに笑えなくなった。


「傷付けた」

「……」

「俺は一人じゃなくて安心してたけど、そのためにあの子の気持ち使っちゃった」

「そうだな」

「蓮、今日厳しくない?」

「嘘言ってどうすんだよ」

「……それもそうだな」

ベッドに仰向けになって、いつもの天井を見つめた。


「好きって何なんだろうな」

蓮から返事はなかった。

「一緒にいたいって思ったら、好きなのかと思ってた」

「……」

「でも違うのかな」

「俺に聞くな」

「蓮、恋愛したことないもんな」

「うるせぇ」

少しだけ笑う。

久しぶりに、胸の奥が軽くなった。

でも、すぐに気付いた。

俺は今、一人じゃない。

蓮がいるから安心している。


「……なぁ、蓮」

「何」

「俺、一人でも平気になれるかな」


自分でも驚いた。

今まで、そんなことを考えたことすらなかった。

一人にならない方法ばかり探していた。

誰かに隣にいてもらう方法ばかり。

だから、笑って明るくしていれば人が寄って来てくれると思っていた。


「知らねぇ」

「そこは大丈夫って言ってよ」

「適当なこと言えねぇだろ」

「相変わらずだなぁ」

「でも別に、今すぐ平気になる必要ねぇんじゃねぇの」

俺は蓮を見た。

視線は感じているはずなのに、蓮はこっちを見なかった。


「怖いなら怖いままでいいだろ」


「……いいの?」

「知らねぇけど」

「何それ」

「ただ」

少しだけ間が空いた。

「一人になるのが怖いからって、誰かを傷付けるのは違うんじゃねぇの」

「……うん」

今度は素直に頷けた。

それから俺達は何も話さなかった。

蓮は勉強に戻り、俺はベッドに寝転がった。

同じ部屋にいるけど、それぞれ違うことをしている。

会話もないし、触れてもいない。

それでも不思議と寂しくなかった。

俺は今まで、誰かと一緒にいることが寂しくないということなんだと思っていた。

でも、それは違うのかもしれない。

何も話さなくても、何もしてくれなくても、そこにいることを確認しなくても安心できる人。

そんな人がいることを家族と呼ぶのだろうか。

まだ俺には、分からないけれど、十二年前からずっと———。




蓮のいるこの部屋だけは静かでも、怖くなかった。


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