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名前のない家族  作者: HANA


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6/11

第5話 隣にいる理由

どれくらい座っていたんだろうか…。

気付けば空はすっかり暗くなっていて、施設の窓から漏れる明かりを、俺は庭のベンチからぼんやり眺めていた。

もうすぐ夕食の時間になるのに、それでも、部屋へ戻る気にはなれなかった。


蓮に何て言えばいいのか分からない。

謝ればいいななんてことは分かっている。

だけど……。


———一人で平気なお前には分かんない。


あの時の蓮の顔が、頭から離れなかった。


「……馬鹿だな、俺」

蓮が一人で平気なのかなんて、俺は知らない。

蓮は自分のことをほとんど話さない。

昔のことも、家族のことも、何を考えているのかも。

十二年も一緒にいるのに、何も知らない。


俺は蓮のことを、どれくらい知っているんだろう。


そんなことを考えていた時だった。

「……おい」

聞き慣れた声がして、顔を上げた。

「蓮……」

そこに立っていた蓮は、呆れたような顔で俺を見ていた。

「晩飯の時間」

「……うん」

返事はしたけどベンチから立ち上がろうとしない俺を見て、蓮は俺の隣へ座った。

何も言わずただ、隣に。

それだけでさっきまで苦しかった胸が、少しだけ楽になった。


「……ごめん」

俺は俯いたまま言った。

「何が」

「一人で平気なお前には分かんないって言ったこと」

「……別に」

「別にじゃない。俺、蓮のこと何でも分かってる気になってた」

十二年も一緒にいて、誰よりも近くにいたから。

俺は蓮のことを知っている。

そう思っていたんだ。


「でも、違うよな」

「……」

「蓮が一人でいたいのと、一人で平気なのって……多分、違うんだよな」

蓮は僅かに目を見開くと前を向いた。

「……知らねぇよ」

「そっか」

それ以上は聞かなかった。

蓮が話したくないなら、それでいい。

昔からそうしてきた。


五歳の頃、同じ部屋になったばかりの蓮は、ほとんど喋らなかった。

「ねぇ、蓮くん」

「……」

「これ、一緒にやる?」

お気に入りだったおもちゃを差し出しても、蓮は見向きもしなかった。

「面白いよ?」

「……」

「そっか」

一緒に遊べたら楽しいかと思ったけど、俺は一人で遊んだ。

でも次の日も、また声を掛けた。

「蓮くん、ご飯行こう」

「……」

「今日ハンバーグだって」

「……」

「俺、ハンバーグ好き」

「聞いてねぇ」

「あ、喋った」

蓮の声が聞けて嬉しくて笑ったら、蓮はものすごく嫌そうな顔をした。

それでも、次の日も話しかけた。

その次の日も毎日、話しかけた。

別に仲良くなろうと思っていたわけじゃない。

ただ一人でいるのが嫌だった5歳の俺は、蓮が同じ部屋にいる事が嬉しかった。

だから俺は、ずっと話しかけた。

ある日、目を覚ますと、まだ夜中で部屋は暗かった。

暗くて静かだった。

隣を見ると蓮のベッドが空いていた。

「……蓮?」

そこにいるはずの蓮がいない。

思わず名前を呼んだけど返事があるはずもない。

胸が苦しくなって、身体が勝手に震えた。


———……置いて行かれた。


「蓮……?」

ベッドから降りて、部屋を出て蓮の姿を探した。

廊下も暗くて怖かった。

だけど、どこに行ったのか分からない蓮を探した。

1人にしないで、置いていくなよ。

心の中は叫び声をあげていた。


「蓮……」

泣きそうになりながら廊下を歩いて、階段の近くまで来た時だつた。

「何してんだよ」

声がして、振り向くと蓮が立っていた。

「……蓮!」

すぐに駆け寄って、そのまま蓮の服を掴んだ。

「どこ行ってたの……」

「トイレ」

「いなくなったと思った……」

「は?」

「帰ってこないかと思った……」


涙を流す俺を蓮は困ったように見ていた。


「……何で泣くんだよ」

「だって……」

「トイレ行ってただけだろ」

「でも……」

言葉が続かなかった。

蓮はしばらく俺が落ち着くまで、待ってくれていた。


「……戻るぞ」

蓮は俺の手を振り払わなかった。

俺は蓮の服を掴んだまま、部屋へ戻った。

だけど、ベッドに入っても怖くて眠れなかった。

「蓮」

「何だよ」

「……いる?」

「いるだろ」

「明日も?」

蓮からの返事がなくて、やっぱり変なことを聞いたんだと思って、布団を頭まで被ろうとした時だった。


「……いるよ」


暗闇の向こうから声がした。

「ほんと?」

「明日になったら分かるだろ」

「……うん」

その夜、俺は安心して眠った。

そして次の朝、目を覚ますと本当に蓮がいた。

その次の日も、また次の日も。

何度朝を迎えても蓮はそこにいた。


「……覚えてる?」

俺が聞くと、隣に座る蓮は小さく息を吐いた。

「何を」

「昔、蓮がトイレ行っただけで俺が泣いたこと」

「……あぁ」

「覚えてんじゃん」

「お前が面倒くさかったからな」

「ひど」

俺が少し笑うと蓮の口元も、ほんの少しだけ緩んだ。

「でもさ」

「ん」

「あの時、蓮が『いるよ』って言ってくれたの、俺ずっと覚えてる」

蓮は何も言わずに聞いてくれていた。

「あれから朝起きるの、怖くなくなったんだ」

「……」

「目が覚めれば蓮がいたから」

口にしてから、少し恥ずかしくなって鼻を掻いた。

「なんか重いな、俺」

「今更だろ」

「否定してよ」

「事実だろ」

「蓮、冷たい」

 

今度はちゃんと笑えた。

 

「……蒼真」

「ん?」

「俺も」

蓮は珍しく、言葉を探しているようだった。


「お前が思ってるほど、一人で平気じゃねぇのかもしれない」


俺は蓮を見たけど、蓮はこっちを見なかった。

「……そっか」


だから、それだけ答えた。

 

嬉しかった。

蓮が初めて自分の気持ちを話してくれたから。

でも、何があったのかは聞かなかった。

蓮が話したくなった時に話せばいい。

十二年前から、それでよかった。


「飯、みんな待ってる」

蓮が立ち上がった。

「腹減った」

俺も立ち上がり、施設の玄関へ向かって、二人で並んで歩いた。

「蓮」

「何だよ」

「県外行ってもさ」

「ん」

「……たまには帰ってくる?」


聞いてから後悔した。

また俺は、誰かが帰ってくるか確認している。

五歳の頃から何も変わっていない。

だけど蓮は笑わなかった。


「帰るよ」


短い返事に俺は立ち止まった。

「……そっか」

「何だよ」

「いや」

また歩き出す。


胸の奥にあった不安が、ほんの少しだけ小さくなった。

帰ってくる。

その言葉を、俺はまだ怖いくらい信じてしまう。



でも蓮の言葉だけは、十二年前からずっと――

信じても大丈夫だった。


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