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名前のない家族  作者: HANA


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第4話 一人で平気なふり

彼女と付き合い始めて、二週間ほどが経った。

学校では一緒に昼飯を食べることが増えて、放課後は時間が合えば一緒に帰った。

休日には街へ出て、映画を観たり、服を見たりもした。


楽しかった。

 

彼女が笑っていると俺も嬉しかったし、手を繋いで歩くのも嫌じゃなかった。

だからきっと、これが好きなんだと思っていた。

「蒼真くんってさ」

「ん?」

放課後いつものように二人で歩いていると、彼女が突然立ち止まった。

「誰にでも優しいよね」

「そう?」

「うん。クラスの子にも、後輩にも。先生にも」

「普通じゃない?」

俺は笑って答えたけれど、彼女は笑わなかった。


「……私にも」

「え?」

「私だから優しいんじゃなくて、蒼真くんって誰にでも優しいんだなって」


俺は彼女が言っている言葉の意味が分からなくて、彼女の顔を見つめた。

「それって、駄目なの?」

「駄目じゃないよ」

彼女は小さく笑ったけど、少し寂しそうだった。


「ただ……時々思うの」

「何を?」

「私じゃなくてもよかったんじゃないかなって」


その一言に胸の奥が小さく痛んだ。

「そんなこと……」

 

———ない。


そう言おうとしたのに、言葉が出なかった。

彼女から告白されたあの日。

嬉しかった。

一緒に居たいと言われたことが嬉しかった。

俺を必要としてくれる人がいる。

一人じゃないんだと、そう思えた。

でも———。

彼女だから付き合ったのかとそう聞かれたら、俺は迷わず答えられる自信はなかった。


「……ごめん。変なこと言ったね」

彼女が困ったように笑った。

「帰ろっか」

「……うん」


いつも自然に繋いでいた手が離れた。

その手を、俺は握り直すことが出来なかった。


「ただいま」

「おかえり」

施設へ戻ると、職員さんの声が返ってきた。

いつもなら、それだけで少し安心するのに今日は、胸の奥に何かが引っ掛かったままだった。

二階へ上がって部屋の扉を開けると、蓮はベッドに座って本を読んでいた。

「ただいま」

「……おかえり」

鞄を机の横へ置いて、そのままベッドへ倒れ込んで天井を見つめた。

「あー……」

「何だよ」

「女って難しいな」

「知らねぇよ」

「冷たっ」


いつもなら笑えるやり取りなのに今日は、上手く笑えなかった。

天井を見つめたまま、さっきの言葉を思い出した。

 

———私じゃなくてもよかったんじゃないかなって。


「……俺さ」

「ん」

「彼女に言われた」

「何を」

「私じゃなくてもよかったんじゃないかって」

ページを捲る音が止まった。

「どう思う?」

「何が」

「俺、ちゃんと大事にしてるつもりなんだけど」

「……そうじゃねぇだろ」

蓮の声が少し低くなって、俺は身体を起こして蓮を見る。


「何が?」

「好きだったのかよ」

「え?」

「付き合う前から、そいつのこと好きだったのかって聞いてんだよ」

「……それは」


答えられなかった。

蓮は俺を見ていたけど、俺は蓮を見ることが出来なかった。

図星を突かれてしまったからだ。


「好きでもねぇのに付き合ったからだろ」

「別に、好きじゃないわけじゃ……」

「付き合ってからだろ」

言葉に詰まった。


何で……何で蓮は分かるんだ。


「……好きじゃなきゃ、付き合っちゃ駄目なの?」

「当たり前だろ」

「でも、一緒にいたら好きになるかもしれないじゃん」

「だったら最初からそう言えよ」

「何でそんな言い方すんだよ」

自分でも分かるくらい、声が強くなった。

蓮は少し黙ったけど、それでも視線は逸らさなかった。


「お前」

蓮の声は静かな声だった。


「一人になりたくねぇだけだろ」


ドクン……と心臓が大きく鳴った。

「……は?」

「誰でもいいから隣にいてほしいだけなんじゃねぇの」

「違う」

「違わねぇだろ」

「違うって!」


思ったより大きな声が出て、蓮は黙った。

俺が言葉を発するのをまるで待ってくれているみたいだった。


俺だって分かってる。

彼女に失礼なのかもしれない。

蓮の言っていることが間違っていないことくらい。

分かってる。

だから余計に腹が立った。


「……蓮には分かんないよ」

苦し紛れに口から出てきた言葉に、蓮の表情が僅かに変わった。


「一人で平気なお前には分かんない」


言った瞬間、しっ待ったと思った。

何かを間違えた気がしたけど、もう遅かった。


「……そうだな」

蓮はそれだけ言って、再び本へ目を落とした。

いつもの無表情で、何を考えているのか分からない顔が今日は、無性に腹立たしかった。


「……ちょっと出てくる」

返事はなかったけど、俺は部屋を出た。


行く場所なんてなかったから、施設の庭にあるベンチへ座って、暗くなり始めた空を見上げた。

ふとスマホに目をやると彼女からメッセージが届いていた。


『今日はごめんね』


謝るのは俺の方だと、返事を打とうとして指が止まった。

 

———一人になりたくねぇだけだろ。


「……うるさいな」

誰もいないのにぽつりと呟いた。

 

そんなこと蓮に言われなくても分かってる。

一人は嫌だ。

静かな部屋も嫌いで、誰も帰ってこない夜も、朝になっても一人だった時のことも。

もう思い出したくない。

食べるものも灯りもつかなくなって、蛇口をひねっても水が出なくて…。

一人で暗闇に取り残されて待ち続けるのは、もう嫌なんだ。

だから誰かにいてほしい。

それの何が悪いんだ。

彼女といる時は楽しいし、笑ってくれると嬉しくて、手を繋いでいると安心する。

それならいいじゃないか。

なのに俺は今———

彼女に会いたいとは思わなかった。


「……蓮」


小さく名前を呼んだけど、返事なんてあるはずがない。

胸の奥が、さっきより苦しくなった。

十二年間、喧嘩なんて何度もした。

でも、あんな顔をした蓮を見たのは、初めてだった気がする。

 

———一人で平気なお前には分かんない。


「……最悪」


言わなきゃよかった。

でも、口に出してしまった言葉はもう戻せない。


部屋は静かだった。

俺は本を閉じて、息を吐いた。

文字なんて、さっきから一つも頭に入ってこなかった。

向かいのベッドを見ても誰もいない。

いつもなら、うるさいくらい話しかけてきて、くだらない話をして、勝手に俺の物を使って何度静かにしろと言っても笑って喋り続ける。

それが今日はない。

静かなこの空間が好きなはずなのに、今は少しだけ息苦しく感じた。


———一人で平気なお前には分かんない。


「……分かってねぇのは、お前だろ」

自分しかいない部屋で小さく呟いた。


一人で平気なんじゃない。

一人なら、誰にも傷つけられない。


ただ、それだけだった。

誰も信じず、誰にも期待しなければ、いなくなった時に、苦しくならなくて済む。

そうやって生きてきた。

いや、そうやって生きていく事しか自分を守れないと思った。

 

だけど、蒼真だけは———。


窓の外を見るともう空は暗くなっていた。

まだ戻ってこないと思って時計を見ると、まだ十分しか経っていなかった。

「……遅ぇよ」

 

自分でも呆れる。

 

十二年間、毎日のように隣にいた。

それなのに、たった十分いないだけで、この部屋はこんなに静かだっただろうか。

昨夜、夢から目を覚ました時に向かいのベッドに蒼真がいるのを確認しただけで、もう一度眠れた。

あいつは知らない……俺が時々、夜中に目を覚ましていて、その度に向かいのベッドを見ていることも。


だけど、知らなくていいと思っていた。

俺は一人で平気だから。

ずっと、そう思っていた。

なのに空っぽのベッドを見つめながら、初めて思った。



もしかしたら俺も———

一人で平気だったわけじゃないのかもしれない。


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