第2話 明日も、ここに
学校が終わって園に戻ると、俺と蓮は園長先生に呼ばれた。
職員室の隣にある小さな相談室は、何度も進路の話をしてきた部屋だった。
「二人とも、進路が決まったから最後の確認をしましょうね」
園長先生は二枚の書類を机へ並べた。
俺は何となく、蓮の書類へ目を向けた。
「……県外?」
「そう。蓮くんは県外の大学へ進学する予定よ」
県外。
その二文字が胸に引っ掛かった。
「蒼真くんは地元の大学。だから卒園後は2人とも一人暮らしになるわね」
一人暮らし。
その言葉も、胸の奥へ静かに沈んでいく。
「何か不安なことはある?」
園長先生が優しく聞いて来て、俺は反射的に笑った。
「大丈夫です」
嘘だった。
でも、その嘘は昔から得意だった。
「蓮くんは?」
「ありません」
蓮はいつも通りの短い返事だった。
園長先生は安心したように笑っていた。
でも俺だけは、その笑顔を素直に返せなかった。
施設の部屋から、街を眺めた。
夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。
「なぁ」
俺が口を開く。
「ん」
「県外、行くんだ」
「……あぁ」
「そっか」
それ以上、言葉は続かなかった。
蓮は昔から夢だった教師を目指す。
応援したい。
本当にそう思ってる。
なのに、胸の奥だけが苦しくなる。
十二年間。
ずっと隣にいた。
夜眠る時も、朝目を覚ましても、学校へ行く時も、帰って来る時も気付けば、いつも隣にいた。
それが終わってしまう。
そう思うだけで息が詰まりそうだった。
翌日。
「神代くん!」
お昼を買って購買から戻り教室へ入ると、同じクラスの女子が俺を呼び止めた。
「今日、一緒に帰らない?」
「え?」
「ほら、この前約束してたじゃん」
約束……。
あぁ、そういえば、曖昧に返事をした気がする。
「……うん、いいよ」
「ほんと?」
嬉しそうに笑う彼女を見て、俺も笑い返した。
可愛い子だと思う。
一緒にいて楽しい。
だから断る理由なんてなかった。
だけど本当は、何が正しいのか、自分でも分からなかった。
放課後、クラス当番を終えて校門に向かうと、待ってくれていた彼女の姿が見えた。
「神代くん!」
「ごめん、お待たせ」
二人で並んで歩き始め、他愛もない話をしながら笑う彼女を見ていると、不思議と心が軽くなった。
一人じゃない。
その事実だけで、安心している自分がいた。
でも少し離れた場所から、蓮が静かに歩いていく姿が見えた。
声は掛けなかった。
いや、掛けられない。
進む道が違うんだから。
その背中を見つめながら、胸の奥が小さく痛んだ。
それから、数日後、彼女から告白を受けた。
“好きです。一緒に居たいです”
その一言が、数日前の蓮の背中を見つめて、痛んだ胸の奥の痛みを消し去ってくれた気がした。
だから、付き合う事にした。
彼女の事が好きかどうかは、まだ分からなかった。
一緒に居てくれる。
ただ、それだけの理由だった。
────俺は誰かが隣にいてくれないと、駄目なのかもしれない。




