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僕の世界  作者: 0u0
第一章
24/28

幕間 ドブさらい

あいつの名前は、ドブだった。

どぶで拾われたら、ドブだ。おれが拾われたときは、もうドブがいた。だから、コドブになった。


ドブは、字が読めた。

どこで覚えたのかは知らない。貼り紙の前で足を止めて、模様の並びを目でなぞるやつだった。おれたちは、そんなもの見ない。見たって、模様だ。

ある朝、いなくなった。

出ていったんだろう、と誰かが言った。

ここでは、いなくなったやつのことを、そう言う。


うまくやったらしい、と聞いたのは、ずっとあとだ。

どこかの店に入って、まっとうな仕事について、名前を買ったんだと。

金を出して、紙に書いてもらうんだと。

誰から聞いたのかは、覚えていない。


この前、市場の向こうにいた。

いい上着を着て、荷の帳面を持って、人としゃべっていた。顔は、ドブだった。おれは間違えない。あのあごの形だ。

だから、呼んだ。

ドブ、と。

隣にいた小さいガキが、振り向いた。

おれは、口を閉じた。

もう一度呼ぼうとして、あいつを呼ぶ名前が、おれにはないと気づいた。

あいつはこっちを見なかった。人混みの向こうへ歩いていって、それきりだ。

聞こえなかったのかもしれない。人違いだったのかもしれない。

確かめる方法は、ない。


春に、溝から一人、引き上げられた。

顔は分からなかった。誰かが名前を言って、誰かが違うと言って、それきりだ。

その名前は、次の日には空いていた。


出ていったやつは、帰ってこない。

おれも、いつか出たい。


――スラムの、ある子どもの声

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