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節二 大国・玲秀の真実

玲秀・王城――。

その中心にそびえる白亜の塔は、夜の帳に包まれながらも、理灯の光を静かに放っていた。周囲を流れる理脈の波は穏やかで、戦場のざわめきとはまるで別世界のように澄み切っている。玄凛は、王への戦況報告のため、王都・白領へと戻ってきていた。


王宮・臨暁殿。長き封印を思わせる静寂が広がっていた。王座の背後に垂れ下がる紺碧の旗には、玲秀の象徴たる双竜の紋章。――理と情を司る古き意志の象徴――が刻まれている。

その前に、ひとりの青年が片膝をついていた。

玄凛。まるで理そのものが彼の体内に滲み、溢れ出しているかのように。

王は玉座に身を預けたまま、しばし沈黙していたがやがて、その低い声が、玉座の間の石壁を振るわせた。

「……玄。其の方、覚醒したな。」

玄凛は静かに頭を垂れた。

「はい。戦場にて……あの瞬間、何かが見えた気がしました。理が、まるで脈のように流れて……。」

王はゆっくりと立ち上がり、階段を降りて玄凛の前に立つ。その瞳は深く、無数の時を見通すようだった。

「覚醒とは、理を超えた“共鳴”の現象だ。儂も詳しい理屈は知らぬが……


 ――盤上の民の血

 ――究極の理

 ――極限の盤上

 ――他者を想う心


 その四つが揃ったとき、理は形を変えると言う」

王は玄凛を見据え、わずかに微笑んだ。

「やはり其の方には、盤上の民の血が流れておったか。」

玄凛は拳を握る。

「……盤上の民、ですか。」

(そういえば、ハン・リンもその名を口にしたことがあった――)

「そうだ。」

王は頷いた。

「五百年前、この歴史から消え去った、対話の理の民、それにお前は仲間を思い、民を守りたいと願った……。ゆえに理が応えたのだ。」

「覚醒とは、理の束縛を超えること。だが、その逆もある。理を制御しようとすれば、人は理に支配される。」

その言葉は祝福のようでもあり、重い試練の宣告のようでもあった。

そして、王は静かに続ける。

「だが――その目には、まだ迷いがあるな。」

玄凛はわずかに唇を噛む。

「……無我、という少女がいます。蒼牙の戦棋士。“人ならざるもの”の気配がします。」

王の眉がわずかに動いた。

「人ならざるもの――蒼牙の非道か。」

「はい。覚醒した私でも、なお互角。彼女は複数の理の流れを読みます。 しかし、私は彼女の中には……何か、懐かしい理を感じました。」

王は一歩、玄凛に近づいた。

「懐かしい理、とな?」

「はい。まるで古理に似た“理”を。…… そしてもう一人、蒼牙の少女――雫。

 彼女もまた理の深層に触れています。黒曜石のペンダントを持ち、 己の力を制御できぬまま戦っているのです。」


「黒曜石……!」

王は深く息を吐いた。

「其の方は、この玲秀に伝わる二つの宝玉を知っておるか?」

玄凛は、顔色を悟られぬよう首を横に振った。王は、少し眉をひそめながら話をつづけた。

「黒曜石と白曜石。古代“理源期”に作られた言われる双珠。黒曜石は“過去へ送り還す力”を持ち、白曜石は“過去と未来を結ぶ力”を持つ――。」

王の声は静かだった。

「玲秀は、その力をもって栄えた。」

「わしも幼かったゆえ、事態をはっきりとは覚えておらず、当時の士官から聞くには……」


「五十年前、蒼牙独立の折、 ――黒曜石は行方不明となり、それは、蒼牙に奪われたと憶測するものもいた。白曜石に関しては、戦いのさなか毀れてしまったという。」

「玲秀の保管する古文章には、その二つの石の力を制御するためには、“記憶”と“理波”が整合せねばならぬという記述がある。そのために、蒼牙戦理院は“記憶の移植”を行っているという話がある。」

玄凛は、心の中でうしろめたさを感じる。

「その蒼牙の少女が持つ石は、奪われた黒曜石であるやもしれぬ」

王は目を細め、続けた。

「もしそれが真ならば――雫という少女は、未来の蒼牙がその力を“利用”するために送ってきた刺客かもしれぬ。」

「その古文章にはこうも書かれていた」


――理源期とは、理そのものが“意思”を持っていた時代だと言われている。

  黒曜石は時間を操り、白曜石は未来を繋ぐ――

  だがその力を乱用した過去の王が、理に呑まれ、己の存在ごと消えたという。

  それゆえ、我らは“理を支配せず、共に在る”ことを誓った。


王の声は、どこか遠い記憶を辿るようだった。

玄凛が言葉を返す。

「私は、その少女に玲秀の理を感じました」

その言葉に、玄凛は深く頭を垂れた。

「……国王。私は、雫、そして無我と言う娘たちを救いたい。彼女の中にある“理”が、玲秀のそれに通じるなら……。」

王の表情はわずかに和らいだ。

「救いたい、か。戦うために生まれた者が、救うことを願う。それこそが、理を超えた“情”だ。」

王は玉座へと戻り、背を向けたまま言った。

「そういえば以前、蒼牙には、玄凛という若い戦棋士がいた。頃合いでいえば、貴様より十歳以上は若かろう。」

「最近はその名を聞かなくなったが―― “玄凛という若い戦棋士”の消失も、その娘の“還り”と関係しているのかもしれぬ」

「その少年にも盤上の民の理を感じが、貴様と名が似ているな。…貴様も戻り人か?」

玄凛は、焦りを隠すのに必死だった。

「冗談だ。年もだいぶ遠い。そやつは、理の改造に耐えれずに精神が崩壊したと聞いている。」

「それに黒曜石がそう何個もあっては難気だ。」

「玄……お前と、かつて石を交えた時、誰よりも“理の純度”は高かった。儂はその理を見て、戦ではなく治の才を見出し、指南役を命じた」

王は苦く笑った。

「だが、皮肉なことに、儂はお前を戦へ送り出すこととなった。……それが、王たる儂の罪でもある。」

玄凛は目を伏せた。

「国王……」

王は静かに言葉を結んだ。

「覚えておけ、玄。理は無情だ。無情であるがゆえに、公平でもある。お前が立ち向かうのは、運命ではなく――選択だ。」

「理の選択を間違えぬようにせよ。理に勝つ者ではなく、理に惑わされぬ者となれ。」

玄凛は静かに答えた。

「……承知しました。必ずや、理を見極めます。」


夜。玄凛は理舎の奥室に戻っていた。窓の外では玲秀の理灯が星のように瞬き、遠くで風鈴が鳴っている。

机の上には、未来から持ち込んだ計画文書。そこには、ハン・リンの筆跡が残されていた。

――『黒曜石を持つ者が現れたならば、それは“玲秀より時を超えし者”である可能性がある。』

玄凛は指でその文をなぞりながら、深く息を吐いた。

(……やはり、彼女は?)

玄凛は息を詰めた。

(もしも黒曜石が“過去へ人を送り還す”としたら、彼女が赤子の時期。俺が転移した時期より、八年前。俺が蒼牙戦理院に徴収された頃にもあたる。彼女は、俺と同じように、本来は敵国側へ生まれ落ち、そこで育てられたとしたら……

だとしても、彼女には“未来”での記憶は、持ち得ていないのか?過去へ人を送り還すといっても、未来の記憶は残したまま還るとハン・リンは言っていた。そうでなければ、“利用”にならない。……なぜ蒼牙として戦う?)

玄凛は、自分が蒼牙戦理院に徴収されたころのことを思い出す。

(蒼牙は、戦棋士の心を理波で縛るため“制御音”を発している。転移前の戦場でも時折聞いた三度響く鐘の音――あの友好対局の夜にもなっていた。)

玄凛の脳裏を、あの音が焼き付いたように蘇る。

(彼女が、何らかの事情で、記憶をもたぬまま、生まれ落ち、蒼牙戦理院で教育を受け、蒼牙の戦棋士となった。そして鐘の音の操作で“非道の玲秀”を埋め込まれた。)

(それならば、蒼牙の戦棋士と戦いながら、彼女から玲秀の悟りを感じても筋が通る。)

(だが蒼牙は、彼女の素性を知らない。偶然にも記憶の操作が覿面てきめんしたか……?)

もしそうなら、彼女は俺と同じ目的で未来から来た存在――

そして、蒼牙に生まれ落ちたその瞬間、歴史が枝分かれし、並行世界が始まった。

(俺たちは、その分岐の先で戦っているのか……)

彼女は今、自国を滅ぼすために戦っていることになる。しかし、それは未来から使命をなくしての選択。そして、あまりにも悲しき運命。

玄凛の思考は深く沈む。あの戦場で見た彼女の目――そこには怒りでも狂気でもなく、“揺らぎ”が宿っていた。

無我の姿が脳裏に浮かぶ。自らを「蒼牙の民」と信じて戦う少女。彼女も本当の敵を知らぬまま、不条理な理に操られた存在。


止めるべきか?それとも――導くべきか?


玄凛は立ち上がり、懐にしまう白曜石を手に取る。淡い光が部屋を包み、空気が一瞬止まった。その光は、黒曜石の理波と共鳴するかのように、彼の手の中でわずかに脈打つ。

(俺たちは……何を守るために来たのか?)

その問いに、白い光がふっと揺れ、まるで応えるように震えた。

(やはり……繋がっているのか。)

玄凛は目を閉じ、唇を噛む。


―― 同じ未来から来たもの。

―― 同じ装置で育ったもの。


だが今は、相反する敵国の戦士。

もし再び戦場で相まみえるなら――それは理の選択の最終局となる。胸の奥に芽生えた感情を、玄凛は押し殺せなかった。

彼女たちを……救うことが新たな使命。いや、使命ではなく、願い。理ではなく、情。

月は、黒と白の理を静かに包み込むように光を放っていた。その光は、まるで遠い未来からの信号のように、玄凛の胸の奥を照らす。

「理が導くなら……情で応えよう。」

そう呟いたとき、白曜石がわずかに鳴った。まるで“彼女の声”が、月を越えて届いたかのように――。


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