『ロキ/トリックスター ➁』
土曜日の夕方。個人サロンでも店は繁盛しているが(顔が目当ての客はお断り)、閉店までにキャンセルで空白があれば己の気分で閉めるので、いつも通り猫姿で日和の家へ行く。
入れてくれたのは小春……母親の方で、アイツはどうやら出掛けてるらしい。
しばらくはソファでダラけていたが、夜になっても帰って来ない。仕方無いのでジャッカルをからかって遊ぶぜ~、と思っていた頃。
「ッキ、キャアァー!?」
(!!!!! ──なんだ!?)
二階で小春の悲鳴が轟き、全速力で向かった。その先には──!
(……なんでカマキリがいるんだよ。……っつっても大袈裟な、焦って損したわ)
緑のソレを軽く咥えて窓をタシタシ叩けば、小春はハッとしてすぐに開けたので獲物を放してやる。オイ、二度と虫ごときでビビらすんじゃねーぞ。……褒めんでいい、撫でさすらんでいいから。
(そういや二階は初めて来たな。一応遠慮してたし……)
ってココ、もしかしなくても日和の部屋か。忌々しくも飾られた月読の瓶だの、アポロンの絵画だの、他の神どもの気配が今でもベッタリへばりついてる。ムカついたので瓶には体を擦り付けてニオイ付けしてやった。
周囲を見渡せば、何とも色気の無いインテリアだ。完全に実用性重視でモノトーンな色彩。
本棚の並びは適当きわまりねーし、どこにでもS字型フック使い過ぎだろと呆れた所で、異彩を放っている存在に気づいた。
馬鹿みてえにデカい茶トラ猫の抱き枕。これだけファンシー過ぎて浮いている上に。
(猫耳に己のピアス刺してやがる……!)
ガキどもに日和の写真を初めて見せてもらった時から、既に外されていたピアス。……何コイツ、いつからこれ抱きしめて寝てるワケ?
何かすげえ腹立って来たな……。こんなコトするくらい己が恋しいならとっとと逢いに来いよ、職場からすぐの所にいるだろうがッ!
(あー、もう決めた。アイツのルールなんざ知るかよ、一応催促だけはしてやるが……まだゴネるなら己からプロポーズする)
そう思った所でキャベツ女が帰って来た。
一階へ降りて行けば、これまたイラッと来る事に粧し込んでやがる。オイオイオイ、まさか他のヤツに逢いに行ったのか──!?
「猫ちゃん二階にいたの? ……あれ、なんで触らせてくれないのよ」
「…………………」
「おかえりなさい、日和。今夜は帰らないんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、ちょっと行き違っちゃったみたいで」
「ミギャッ!?」
(ハァ!? 帰らないつもりだった? ソレって誰と過ごす気だったんだよ……!?)
自分の部屋へ上がっていく日和にヨタヨタ付いて行けば、コイツはベッドに突っ伏して小声で言った。
「ロキ、美容師なら土曜日こそ働きなよ……普段どこにいるんだろ」
………………マジ、か。
己、サプライズで求婚されるイベント、逃したのか。
一瞬だけ「天罰」というワードが浮かんだのを掻き消して、慌てて外に出る。遅れて湧いたニヤニヤが止まらない。
元の姿に戻ってスマホを確認しても着信やメッセは入っていなかった。やっぱ驚かせたかったらしい。
さすがに珍しく反省し、翌日の日曜日は真面目に働く。一般の客からの予約で埋まってたし。
……なのに閉店しても日和は来ない。ふざけんなよ???
そんで来る日も来る日も深夜残業し続けて、猫にもならず、なんと一週間経った土曜日。
もう無理、やっぱ自分から逢いに行くかと思って、外へ出た所で──表にアイツがいた。
「──あっ。ロ、ロキ!? 仕事お疲れ様。ひさしぶり……だね」
「おう」
「私が何しに来たか、分かるでしょ?」
「さあね?」
己の言葉に「相変わらず素直じゃ無さすぎる、今日は土曜日なんだよ?」と文句を言いつつ嬉しそうだ。
……まさかコイツ、曜日制のルールに則ったつもりか? 無意味なコトするんじゃねーよ!
うんざりしながら「行き先決まってんのか?」と訊けば歯切れの悪い答えしか返って来ないので、気を利かせて日頃己が暮らしてるマンションへ歩いて移動する。すぐソコなんで。
それにしても、行きたいってハッキリ言えよな。素直じゃないのはお前もだ。
「「…………………………」」
道中、お互いあんましゃべらなかった。
そういやコイツと一緒に居る時は、どちらともなく結構ベラベラ話してたのにな、と思って隣を見れば──。日和は緊張しているらしい。
「なんでお前ビビッてんの?」
「だ、だって。ロキ……見た目がちょっと違うから。大人っぽくなった……よね?」
「…………あー。己だけ大学生みたいなままだと、おかしーだろ」
「!? それも魔術なの? 凄い……! 私だけお婆ちゃんになると思ってたよ」
日和は当然だが気にしていたらしく、ホッとして嬉しそうに笑う。
まあ他のヤツらも多少はイジれるだろうけど、せいぜい十年単位か。己ほど細かくは無理だろうな。「カッコ良くなったね」と言われて悪い気はしないが、神なんて全員こんなもんだろ。
家に着いて初めて他人を部屋に入れる。
「殺風景だね、もっと飾ったら?」と言われても、お前の部屋も大概だぞ? ……とはまだツッコめない。
「そんで? ご用件は?」
わざと素っ気なく言えば、日和は顔をちょっと赤くして文句と共に告げる。
「中身も大人になりなよ! ……プロポーズしに来たんだってば、真面目に聞いてよね? ……ええと、気が合うあなたが大好きで、ずっと一緒にいたいから結婚してほしくて、」
「いいけど条件がある」
「!? え……うん、何……?」
話をぶった切れば目を丸くしている。
くるくる変わる表情は、以前の皮肉っぽい顔つきをしていた頃と少しだけ違うな、と思った。仲良くやってる母親の影響かもしれない。
己は出来るだけ重くならないように言う。
「人生を楽しめよ。仕事もイイけど、ガキ共から聞く限り根詰め過ぎだ。……もっと気楽にやれ、長生きの秘訣だから」
「……そうだね」
「お前が百まで生きるなら結婚してやる」
「ふふっ。失敗したら私は結婚詐欺師って事? ロキを騙すのは愉快かもね?」
ああ、ソレソレ。その生意気な顔は懐かしい。やっぱこういう日和は特にイイ。猫姿だとあんま見られなかったから余計にそう思う。
日和の耳に指をやって、髪を掬いながらこう譲歩してやった。
「アッサリ死んだら黄泉にまで慰謝料取り立てに行くんで、とりあえず結婚していい。ほれ、早く指輪よこせ」
日和はジト目になって「そんな要求する男、中々いないよ!?」と呆れながらも嵌めてくれたので、よくやったと褒める意味でキスをする。……お互いすぐ盛り上がったので、そのまま色々する。
既に知ってる通り、コイツは耳が弱いので重点的に可愛がってやった。前にピアスの穴開けた時の興奮を思い出して、最高の気分だった。
◆◆◆◆
「……ねー、ロキってやっぱり優しいよね」
「何っだソレ。頭大丈夫か?」
「いつでも聡明だけど? ……だってかなり配慮、してくれたから」
どうやら行為について言ってるらしい。
コイツは分かってないよな、最初から怖がらせたら後に響くからであって。数回こなしたらソレ以降は己の好きな感じでやるぞ?
普通だと思うなよ?
能天気な日和は、まだ何か言う。
「そういえばさ、子供たちの美容院の支払いはどうすればいいの? 何度聞いても請求されないから怖いんだけど……」
「……あ~…。これから先、お前の髪は己の好きなように切らせろ」
「!? 破格すぎない!? もー、私の事、大好き過ぎるでしょ~?」
ベッドで幸せそうに笑う日和に「勘違い女め」と言い残して、冷蔵庫から果物を取り出す。
女神イズンの育てた《不老の林檎》を剥いてやれば、
「コレ凄く美味しいね!?」と目を輝かせた。
あくまでも神のための食物だから十中八九、コイツには意味ない。人間が口にした前例がないんで、食べときゃ寿命が延びるのかも分かんねえ。でもまあ一応。
細工が得意な小人共に日和そっくりの生きた自動人形を注文したら、代金に「人間の感謝と署名を延べ一億セット集めろ」と要求されて。
何百年かかるんだよと思うが生き甲斐にはなった。
ソイツを手に入れれば、あとは日和の情報を入れるだけ。
しゃべり方。笑い方。歩き方。
好むもの。嫌うもの。やりたい事。欲する物。
喜び方。怒り方。哀しみ方。楽しみ方。
──そして、愛し方と愛され方。
猫の姿でも確認したコイツの全て。
これから先も一瞬だろうが見逃さない。
お前が死んでもソレを代わりにして諦めてやる。明彦とかいうヤツの言葉はまあ分かるぜ、愛してるなら手離すべきことがあるってな。
役割が無いまま、強制的に永遠を生きる苦しさは一番よく知ってるし。
……あー、己はもう役割要らねえよ?
孤独だとも思わない。
お前と出逢うために生まれたんで。
己の過去から未来に至るまで、すべての愛を与えてやるよ。
お前を悲しませるヤツは必ずどうにかしてやるからさ。
そしたら人世はそんなに悪くないだろ。
その儚い人生を、せいぜい死ぬほど楽しめば?
元気であるなら、どんな風に生きたっていい。
どこまでも限りなくお前は自由だ。




