『月読/夜の神 ①』
おれは女の子にあんまり興味なかった。
どうにも退屈な時は褥で遊んであげるけど、すぐ夢中になられちゃうからめんどうだったし。というか、もともと何事にも興味薄くしてるし。
暴走すると大変だからね、あえてこだわらない癖がついてしまってて。
だから月の運用も百年先まで自動で大丈夫なようにして、だいたい《夜の宮》の社の縁側でボーッとしてる毎日だった。
そこに浮かぶ月面に、月の光を浴びた日本の人世が定点で映し出される。主のおれにだけ見える。
ある夜、少女が公園のブランコに一人でぽつんと座ってた。いるんだよねえ、ひどい目に遭わされてから後悔する想像力のない子。
あるいは、そうなるのを望んでるのかな。
そんな風にぼんやり見ていたら、おれと目が合って一瞬驚く。
もちろんあっちは月を眺めただけで勘違いなわけだけど、決意めいた強い視線にうっかりたじろいだ。
(子供みたいな女の子に、こうも激しい目で見られたことなんて、あったっけ……)
ちょっとだけ印象に残った。それだけ。
もう寝るかって感じで終わり。
そしてまた数日後の夜、あの子が同じ場所にいたので「ひまなの?」と呆れて。
まあ俺もひまなんだよね、と思いながらごろりと横になって見つめる。
またあの目をするのかな、なんて思っても中々こっち見ないから逆におれが視線を逸らせなくて。
(あれ、黙ってるけど泣いてる? もー…、家でしなよ。なんでわざわざ外なんだか)
仕方ない子だなあ、と溜息をついたら、なんかゴソゴソしだした。ああ、携帯電話か。
おれはつい耳を傾けた。
「もう帰るから大丈夫。心配いらないよ」
……………ずいぶん乾いた声で言うんだね。
顔ぐっしょりしてるのに。あんまりにも対比がすごいから、やっぱりちょっと印象に残った。
家に帰るらしい少女の背中は、そのうち視界から消えてしまう。すごく頼りなげだった。
次は少し経った満月の夜。満ち欠けによって社から見える範囲が変わるから、この日はうんざりするほど色んなところに目をやれる。
少女は今度はベンチに座ってた。
後ろは草むらと木が茂ってるから余計に危ないんだけど……。
周囲を広めに観察すると、あからさまに「悪いことしたいです」って中年の男がウロついてるし。
満月はおかしい人間の箍を外れやすくするからね。……おれも人のこと言えないけどさ。
あの子が狙われてもおかしくないな、なんて視線を移せば、また目が合った。
──すごく虚ろな瞳をしててガッカリした、あの激しさを味わいたかったのに。もう一回見たいな、それまでは死なないでほしいな。
そういう気まぐれで、月の光をあの子に少し多めに注いだ。
こうも明るくすれば昼と変わらない。あの子は街灯の下にいるからピンと来てなさそうだけど、やっぱり男は公園を避けて消えて行った。
まったく、お礼してほしいよ。こんな風に誰かを助けるなんて早々しないんだから。
(……って、いまちょっと笑った………?)
もしかして──きみ、綺麗な子なんだ? 顔がどうこうっていう細かいのはよく分かんないけど、清らかさ……みたいなものを感じた。
今の顔も、もう一回見たい。
なのにまた声を上げずに泣き出しちゃって。
それからはもう、あの子が公園に来る夜を待ち遠しくする日々。おれが光を注ぐほど、月を輝かせておくほど、涙を流す時間が減って目が合う一時が延びていった。
最初の激しい目は見られずじまいだったけど、凛々しかったり、優しかったり、嬉しそうだったり。夜によって変わる視線。
ずーっと退屈だった日々がすごく満ち足りた。
何年か過ぎたある時、まるでおれに恋してるみたいな目を向けられてビックリする。
少女はそろそろ少女じゃない姿に成長していて、人類って育つの早いなって二重に驚いた。
しかもなんだか胸がドキドキうるさくなってきて。
その頬に触れてみたい、おれの名前を呼んでほしい、もしも涙を流すならこの指で拭わせて……なんて、初めての感情に呑み込まれて。
次は会いに行ってみようかなと思ったのに。
──彼女が公園に現れたのは、その夜が最後になった。
(なんで急に来なくなったんだ……?)
満月に広く眺めても見つからない。
まさか何かに巻き込まれた……?
意味が分からずイライラする夜が続いて、別にあの子じゃなくてもいいかって思おうとして。
手あたり次第におれの外見に引っかかる人世の女の子を鳴かせてみたけど、気分は晴れず。
名前も知らないまま手当たり次第、探してみるかって思いついた頃……ねえさん──天照から、
「いい加減、私の娘たちを弄ぶのを止めよ」
と叱られて。
「もうしてないよ、うるさいな」と言い返したら怒らせたらしい。
「“人類救済計画”を行うから、そなたも参加しなさい」と主神として厳命してきて、心底げんなりした。
◆◆◆◆
久々に訪れた《全神の聖域》は「ここで揉めたら駄目」っていう全世界の神々の中立地帯。
集まった六人は、昔からおれに兄貴面するシヴァも含めて全員知ってるヤツだった。
うざいこと言うから嫌いなロキもいて、なんとか計画への興味がもっと薄れていく。
天照が色々説明してるけど右から左で聞き流してると、そのうち紙が配られた。
(……女の子の一覧表? 顔写真と名前だけって意味わかんない、だれだよ…………って、これ………!?)
何枚かめくると、公園の女の子が載っていた。蒼野日和というらしい。
──……そうなんだ、日和っていうんだ。
名前を知って一気に実在感が増していく。
やっぱりこの子、可愛い。何がってわけじゃないんだけど、多分これが好みってことかも。
「月読、月読。そなた、さっきから聞いておるのか?」
「ん? うん、聞いてる」
天照が呼びかけてたらしい。ずっと日和のことを考えてたし、そもそも最初から聞いてない。
「ではどう思う?」
「おれはこの子にする。じゃないと参加しない」
……って言っても、具体的に何するのか知らないけど。とにかく《救済》するんでしょ? 早いもの勝ちかなと思ってとりあえず主張しといた。そしたら天照以外の全員が「えっ、意外」という顔でおれを見る。
(あー、そうか。何事にも興味薄くしてきたから、意外に見えるのか。おれは結構、こだわり始めたらしつこいのに)
赤い瞳を見開いていた伏羲が、
「其処まで云うなら《特権》扱いの指定という事で良いのか?」
と不思議そうな顔で、よく分からない確認をしてくる。
「? うん、いいよ」
いつも通り少年の姿で来たオシリスが、なぜか心配そうに言う。
「あまりにも行使が早すぎないかな? もう少し考えてからの方が……」
「別にいいってば」
アポロンとエンキは二人でヒソヒソと話し合ってる。
「絶対これ、話聞いてないよな……?」
(正解。ねえさんには黙っててね)
シヴァだけが満足気な顔して、
「意欲があるってのは、成長の証でイイんじゃねーの?」
なんて分かったつもりでいる。
すると天照にショックなことを言われた。
「では他に異論は無いか? …………そうか、では蒼野日和にしよう。皆、神の名に恥じぬよう競うといい」
「…………えっ? 競うってなに?」
「そなた、やはり聞いておらぬではないか」
分かってたんなら、ちゃんと注意してよ。
ねえさんの雑なところには時々うんざりだよ。
そしてロキに言われる。
「七人のうち、誰がこの女を落とせるかっていう遊びだよ。あーかわいそ、オモチャにされるかもなー、主に己に☆」
「………………はぁ?」
こうしておれたちは春に出逢った。
選ぶべきじゃなかったのかもしれない、そう思ったのは日を追うごとに全員日和に惹かれていったから。ほんとうにおれは、何度も何度も後悔したんだ。
しかも月曜日の担当って、最悪すぎでしょ。
一体いつ決まったんだよ!?
日本人が一番嫌いな曜日ってことくらい、知ってるんだけど……!




