『月読/夜の神 ➁』
日和の「まだ結婚しない」宣言──つまりメッセージだけが許されて、逢えなくなってから数年。
おれはやっぱり社から人世を眺めてるけど、前とは理由が全然ちがってる。
彼女は家庭に問題を抱えた子を保護する施設で働いてて、おれに「危なっかしい子がいたら知らせてほしい」と頼んでくれたから、褒めてほしくて頑張ってる。
前にお詫びするって話もしてたし、ちょうどいい。
前から思ってたけど、本当にそういう子供は多い。家の中は月の光が当たらなくて覗けないから、外にいないと見つけられないのに。それでも途方に暮れた目をしてる子がたくさんいる。
彼女が行ける時は連絡するけど、すでに手一杯なことが多いみたいで、おれが声をかけることもある。
と言っても、向こうにしてみたら知らない男だから怖がらせないように、
「つらいならこの施設に連絡するといいよ」
って案内するだけ。
だけど話を聴いてくれる大人に飢えてる子は、ぽつぽつ事情をしゃべり出すこともあった。
(人間ってこんなに幼い頃から、ずいぶん苦労をさせられるんだな……)
親に傷つけられる子。育ててもらえない子。
居場所がない子。ひどく貧しい環境の子。
そうした彼らは、そろって自分の価値を低く見ていて。おれたち神からすれば、人類はだれしも等しく上下なんてないのに。
(みんなかわいそうだ。──こんな風に思えるようになったのは、大好きな日和がどれだけ苦しんだか知ったから……)
おれはしゃべるのが得意じゃないので、ひたすら聞いてあげることしか出来ない。でも話してくれた子には、日和が「私はこう言うよ」と教えてくれた言葉を伝えるようにしてる。
「わりとすぐに、家族という巣から羽ばたく時が来るよ。この広い世界には素晴らしい出会いがあるしさ」
まあ、みんな大体「ふーん、あっそ」という程度のリアクション。
そうだよね、未来のことなんて現実味が薄いよね。しかもおれ、日和とちがって体験を伴ってない上に無表情で淡々と言うし。
響かないのは仕方ない。
だけど子供たちは、話を聞く前よりはマシな顔つきになって帰って行く。
今夜もそんな感じで過ごしたら、日和から、
「今どうしてる?」ってメッセージが入ってて幸せな気分になった。
ちょうど彼女が一人暮らししてたマンションからわりと近い所にいたから、
「ジャングルジムでボーッとしてる」
って伝えて、せっかくなので本当に行った。
あの頃みたいに天辺に座って満月を眺めてると、今日は月曜日だし日和と一緒に過ごした日々ばかり思い出す。
もうずっと逢ってないけど社からは時々姿が見えるから、他のヤツらよりはマシなのかも。
(他のヤツら、か──。おれ以外と結婚するって言われたら、どうしようかな)
ロキだったら多分たいへんなことになる。
じゃあ、あとの五人ならいいのかって言われると、当然よくない。
でも前に暴走しちゃった時、日和をあんなに泣かせちゃったから……たぶんおれは、どうにか我慢するんだと思う。
五百年くらい不貞寝するけど。
──────いや、やっぱり他の男のものでもいいから、日和に逢いたい。
なんだか悲しくなってきた。
「月読……! やっぱりここにいた」
幻聴が聴こえるくらい落ち込んでるし。
あ、幻覚も見えてた。あの夜みたいなスリット深いスカートで昇ってくる。
このデザイン、実はすごく好き。
こういう風にお洒落してくれてるのは、おれの願望なんだろうな。
「月読? 私の顔、忘れちゃった……?」
忘れるわけないけど、なんか前とちょっと違う。これってあれかな、記憶は美化されるってやつかな。もっとずっと綺麗になってて、胸が苦しくなってくる。
「……ねえ、もしかして拗ねてる?」
「拗ねてるわけじゃないよ、日和らしい選択だなって思ったし」
つい独り言をつぶやくおれに、日和はホッとしてから優しく微笑んだ。
それがあんまりにも愛おしくて。ずっとしたかったキスをしてしまう。もちろん深い方。
「────んぅ!?」
やっぱりおれの日和に対する解像度っていうのは、ちゃんと高いかも。想像通りの反応で逃げるでもなく、どうしようかって慌ててる感じが不慣れで可愛い。
……そのうちというか、わりとすぐに興奮してきたから、まずいかもと思って離しておく。
「な、な、なにが……なんでいきなり!?」
顔を真っ赤にした日和が抗議してきた。
「………それはちょっと、想像と違う反応かも。おれがずっとしたがってたのなんて、知ってるでしょ」
「唇にキスするのは選んでからって言ったよね!? ……あ、それならもう別にいいのか」
彼女は急に「スンッ」って感じで冷静になって、そのちょっとズレた態度は見覚えがある。──あれ? もしかして、これって。
「えっ……、日和、ほんものだ……!」
おれが間の抜けたことを言うと、日和はちょっと茶化すような表情で言う。
「ひさしぶり。月読のこと、必死に口説きに来たよ?」
「……………うん。おれも愛してる」
「!? まだ何も言ってないのに!」
彼女は苦笑いしながら「こんなに待たせたんだから、ちゃんと言わせて」なんて言うから。
「じゃあ《夜の宮》で聴かせてほしいな」
とお願いしたら、彼女は「行きたい」と嬉しそうに応えてくれた。
…………何年ぶりだろう。人払いをして、おれの《夜の宮》で日和と二人きり。
本当にここを気に入ってくれてたみたいで、ちょっと涙を浮かべながら「月が大きく見えるここが大好き」とうっとりしてた。
その言葉が嬉しくて。もう自由にキスしていいに違いないと思って、もう一度迫ったら「話の続きが先でしょ~…」と照れて避けられた。
そして彼女は指を折りながら、楽しそうに一つ一つ語る。
「はい、聴いて! 私が月読を好きな理由。ええとね、天然で、優しくて。子犬っぽくて可愛くて、聞き上手で、誠実で──嫉妬深い所、かな」
「んー……、ごめんね……。ほとんど外れだと思うよ、最後以外」
ちっとも分かってなくて困った。
おれ、猫を被り過ぎてたのかもしれない。
いつか「思ってたのと違う」って幻滅されたらどうしようと焦ると同時に、昔の日和の気持ちが今更よく分かってしゅんとなる。
日和は勘違いをちっとも認めてくれないし。
「ふふ。じゃあこれから毎日じっくりと、証明してあげる」
「…………そっか、そうだった。月曜日以外でも、毎日0時過ぎてもいいんだ」
それはあまりにも慣れてなくて。
遅れてやってきた幸せで胸の中がじんわりと温かくなってきて。さらに日和は言う。
「月読の全部を愛してる。私がぜったい一番大事にするから、結婚してほしい」
「なんかそれ、聞き覚えある台詞。…………おれも愛してるよ。ずっと前から、日和しか見つめてない」
日和は最高に凛々しい顔をして、自分の首に下げていたネックスレスから指輪を取り出して嵌めてくれた。
なんていうか、ほんとにカッコいい子だなって感心してしまう。
彼女の頬を撫でて見つめ合えば──。
ああ、この瞳。
初めて見た時の、この燃えるような瞳。
おしとやかだった頃の日和にも夢中で忘れてたけど、この視線に射抜かれた瞬間から、すでに恋は始まってたんだ。
そう気付いてしまったから、座ってた日和を抱っこして褥に向かう。
日和は事態を飲み込めてないみたいで、打って変わってきょとんとした顔をしていて可哀想で可愛い。
やっとすべてに触れられるんだと思うと、頭がおかしくなりそうで自分でも怖い。
優しくしたいのに、今夜は満月だから……。
◆◆◆◆
日和は絞り出すように切ない声で、何度もおれの名前を呼んでくれる。それをずっと聴いていたくて、唇以外の色んな所を喜ばせて。
灼けるように熱くなった体を抱き締めながら思う。
あの計画を決めた日、やっぱりこの子を選んで良かった。あんなに傷ついてたのに、もしも一人ぼっちにしてたらと思うと想像するだけで耐えられない。
日和は自分のことを「弱くない」なんて言うけどさ。ずっと見つめてたから知ってるんだよ、心の中で繊細な子がうずくまってるままだって。
だから今の仕事に打ち込むんでしょ?
(きみが望むなら、この先も永遠に月の光で人世の寂しい子たちを守ってあげる。おれがいなくなっても、そういう風に決めておく)
いつか来る終わりの刻。
きみが生命の理に手離される日から。
おれは黄泉を奪いに滅茶苦茶な争いをする。
《夜の神》は神世が破滅して、闇に覆われても構わない。
きみへの愛以外をすべて手離して、必ず迎えにいく。
その涙を拭う指が罪に穢れてても逃げないで。
おれの狂った激しい愛を、どうかお願い、受け取って。
※こちらで全話が終了です。最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
※そのうち後日談あるいは続編、別ヒロイン&神の話も投稿したいと思ってますので、ブクマや評価、ご感想を頂けたら本当に嬉しいです!
※制作上の小噺を「活動報告」にアップするので、お暇な時にご覧ください




