『ロキ/トリックスター ①』
「ロキくんは、ひよりおねえさんと付き合ってるってほんとう?」
「そうだよお~? 激アツなんだよ~☆」
「俺、日和さんにマジで恋しちゃったみたいで……」
「二度と髪の毛はえねーようにされたくなきゃ、とっとと諦めろ」
「日和さんは恋人いないって言ってたよぉ? ねーロキ、アタシじゃ駄目なの?」
「……ごめんねえ、あの子は照れ屋だから嘘ついてるんだよ~」
今日の客はこの最後の三人で終わり。いつも通りカードに「ありがとう」という単語と本人の名前を書かせる。片付けも終わったことだし、家帰ってアニメでも観るか。
己は家庭に問題のあるガキの髪を切っている。他の神どもは日和の言うことを聞いてアイツに近寄らないが、馬鹿正直すぎるだろ……。
言いくるめるのなんて簡単だった。
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◆待ってろ宣言から二年後◆
【美容院オープンしてみた。 http://xxxx-xx-kal.co.jp/】
【凄くイイと思う! ……ってココ、私の職場と近くない?】
【思い上がりだろ、日本は狭いんだよ】
【私、絶対会わないよ?】
【分かってるっつーの、自意識過剰だな。そうじゃなくてよ、崩壊家庭のガキなんざ、身なりが適当になりがちなんじゃねえ?】
【そういう傾向は確かにあるけど、逆に過剰に整えられる子もいるんだよね】
【ほー。まあなんにせよ、髪型が変わりゃ気分もマシになるだろ】
【そうだけど。……って、まさか!?】
【そっちの紹介ならタダで切ってやるよ。お前には別の形で支払ってもらうけど】
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これでアッサリ落ちて、近くで働くことを譲歩してきた。ああいうタイプの女は「他人の為」って唆せばチョロい。
日和はすっかり仕事にハマってるからまだ結婚する気が無さそーだが、そもそも神に並んでも恥ずかしくない存在になってからって……。
マジであの女、思い上がりが過ぎねえ?
(ふー……、帰った帰った。オイ日和、早く開けろ)
己は庭先の網戸を前足でカシカシ掻いて鳴く。
「ニャーン」
「ふふ、猫ちゃんまた来たの? はいはい、こっちおいで」
室内にいたジャッカルが生意気にも、こっちに向かって唸った。
「グルルルル……」
「もう、先生。そろそろ仲良くしてあげて、大人しい子でしょう?」
この冥界の気配が濃いキツネ犬、そういやなんで先生なんて呼ばれてんだ? ……まあいいけど。
己が猫じゃないってことに気付いてても、オシリスにチクる方法は無いみてえだから一安心。
どんなにお前が警戒しようが、こんなフワフワでカワイー茶トラに抗える女なんていねえんだからイイ加減諦めろよ。……な~、日和ィ?
己は足の裏を拭いてもらった後、悠々とリビングのテレビ前に鎮座する。まだ母親は帰ってねーのか。
ピンクの肉球を駆使してリモコンを操作しようとすれば、日和は己を膝に乗せながらチャンネルを合わせてくれる。
「ホントにアニメが好きだよねえ。紅茶とシナモンみたいに左右で少し色の違う瞳も、クセのありそうなカギ尻尾も、なんだかロキみたい」
「ミャゥ~」
(当たってるぜ~? ロキって呼んでもイイんだぜ~?)
その気になれば全力で甘えて飼ってもらう流れにも出来るんだが。万が一バレた時の怒り方がヤバそーなので週に何度か数時間、遊びに行くだけにしてる。
……ハァ? ズルいって? いやいや、よく考えても見ろよ。ただでさえ人類は虫みてーに短い命だっつーのに、なんで数年だか数十年だか逢える時間を犠牲にしなきゃいけねえの?
「別に待たねー」って即答したし。アイツは「不誠実なことしたくない」ってのが理由なワケだから、要は迫らなきゃイイんだろ?
日和は「そんな甘い声だせたのか」ってくらいの猫撫で声で己に話しかけてくる。
「君はホントに可愛いねえ。毛艶もピッカピカだし、普段はどこでお世話されてるの? 私は愛人なのかな~? 浮気してるのかな~?」
(お前以外に触らせる予定なんて永久にねーけど? 首輪してねーだろ)
それにしても猫の体になると、撫でられるの超気持ちイイんだよな。今日はそっちのブラシ使ってくれ。
いやー、魔術極めてて良かったわー。変身術が得意で良かったわー。
神は《権能》に頼りがちだからな。アイツら六人で動物に化けられるの、せいぜいアポロンくらいだろ。イルカ程度だった気がするけど。
(あとな、嘘もついてねーぞ。別の形で支払ってもらうってメッセしてるからな)
美容師としてタダで髪切ってやってんだから、コイツに猫の毛並みを整えてもらうのはピッタリ等価じゃねえ?
◆◆◆◆
ブラッシングされてウトウトし、そろそろ帰るかって時間に日和が一人でボヤき始めた。
「なんかねえ、ロキの美容院に行った子たちって妙な態度になることがあるの」
「……ナァーン」
「年頃の子だけなんだけどね。気がそぞろっていうか、よそよそしくなるっていうか」
「………………」
「彼、口は悪いけど本当は優しいし。傷ついてる子供相手にそこまで酷い事を言わないだろうから、やっぱりアレかなあ」
「ミャゥ?」
「あれほどの美貌になると、男女問わず好きになられちゃうのかなあ」
────……な・ら・ね・え・よ!
いや、女は確かに距離とろうが、ガキでもそうなりがちでメンドイけど、男は早々ならねえよ!?
今まで脅した野郎たちが不憫になってきた。
コイツいまだに男の気持ちに疎いのか……。
あの頃はまだ経験不足で説明ついたが、髪切りながら集めた情報だと結構な人数に口説かれてたろ? 「他者の痛みに無関心」って自分で挙げてた欠点、変わってねーぞ?
日和はまだブツブツと的外れなことを言っている。
「それにロキ、私と付き合ってるって嘘つくの。そうやって牽制するほど、未成年に好きになられちゃって困ってるんだろうね。これからは頼むの控えようかなあ」
己が呆れ果てながらコイツの指を甘噛みすると、「も~、甘えん坊なんだから。私と結婚しちゃう? 指輪……じゃなくて首輪は買ってあるんだよ?」と抜かしやがった。
それはマズいなと思い、庭に続く掃き出し窓をカリカリ掻いて外へ出してもらえば、日和はあからさまに寂しそうな声で、
「振られちゃったかあ……また来てね」と言った。
……マジでこの女、鈍感が過ぎねえ?
その耳で光ってるピアスも己のじゃないし。
ムカつく。




