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『オシリス/死者の国の神 ①』

 私は一番恵まれているかもしれない。(つか)いのジャッカルが手紙を持ち帰る度に、そう感じてしまう。《まだ結婚しない》宣言を告げた日和(ひより)さんからはメッセージのやり取りのみを許されたものの……。


私はあまり電子機器に明るくないし、基本的に人世(ひとよ)に長く居づらいし、どうしたものかと悩んでいたら。


「オシリスさんみたいに、美しい手紙を書く習慣をつけたくて」


という嬉しい言葉と共に文通をする運びとなった。月に一、二度の頻度ではあるけれど、私だけのために(つづ)られる美しい記録は、掛け替えのない宝物だ。


とはいえ、あちらからは《死者の国》─ドゥアトへ送ることは出来ないから、ジャッカルを日和さんの元へ待機させておくことにした。


ああ、感覚の共有は切っているよ?

彼女は母君(ははぎみ)と二人暮らしだから、番犬としても丁度良いかと思ってね。


あれは生きてはいないので世話は要らないと伝えたのに、どうやら毎日可愛がってくれているらしい。明らかに毛艶(けづや)が良いし、たまに私が席を外していたことで人世への派遣が遅れると、機嫌を悪くして少々(うな)るほどだ。


そうして今夜も日和さんからの手紙が届いた。封を開ければ赤や黄の葉が描かれ、金が散らされた華やかな便箋(びんせん)だった。


エジプトの季節はナイルの周期と結び付けてきた歴史があるし、夏と冬の二季が際立つから、細やかに移ろう四季を感じさせる文化は楽しい。


────────────────────

オシリスさん


お元気でいらっしゃいますか?

ふふ、もちろんそうでしょうね。


日本は秋の照葉(てりは)が美しい時期ですので、私は友人と温泉旅行へ出掛けました。

以前からお伝えしているマリなのですが、ついに婚約をしたそうです。


「日和がこのまま独身ならアタシと結婚しよう」と言ってくれていたのに!

友人とも添い遂げられる制度が出来れば良いなと思ってしまうのは、欲深いでしょうか。


また、私は子供たちのために絵本を出版しました。七人の神様をテーマにした物語で、女の子に一番人気だったのはオシリスさん。

「こういう人はスパダリっていうんだよ」と教えてもらいました。

条件を訊けば確かに当てはまっています。


ああ、そういえば。

あなたは前回のお手紙で、女神様方との交流に少し触れていましたね。やっぱり女性慣れしているんだなと、感心してしまいます。

別に焼きもちではありません。

ただ、どんな会話をしたのか気になっただけです。

ぜひ次のお手紙では具体的に教えて下さい。


                蒼野日和

────────────────────


……うん、やはり日和さんはズレている所があるね。スパダリの意味は今度ロキあたりに訊くとして。

ご友人との結婚よりも、まずは私達との間で成立させて欲しいものだよ。

女神との仲に嫉妬してくれるのなら、早く迎えに来ても良いのでは?


大体、彼女たちとの会話を(しる)すのは相当抵抗がある。内容が内容なので。


(記憶力には自信があるから、細かく思い出せてしまうのが嫌な所だね……)


◆◆◆◆


 世界各地の神々が《全神の聖域》に集まる定期報告会の後だった。年に一度だけなのに、月読(つくよみ)とロキは安定の欠席。伏羲(フーシー)も動かないので来られない。


アポロンは「早く帰らないとヒヨリが来るかも」とすぐに去り、シヴァとエンキはお互いに挨拶はしたものの、昔馴染みと何処(どこ)かへ行ってしまった。

そんな中、天照(あまてらす)が私に話しかけてくる。


「ほほ、オシリス。何やら元気が無いのでは? (わたくし)の日和からまだ声が掛からぬのだな?」


「……別に落ち込んでなどいないよ。逢えない時間に想いが(つの)るというものだろう?」


ごく自然に微笑みながら返事をすれば、相手はニヤニヤと(わら)ってくる。

……ああ、なんて邪悪な表情なのだろう。

女神の美貌をいつか気にしていた日和さんに伝えたい、顔の造作など大した問題じゃないのだと。そして似たり寄ったりの女神たちが群がって来た。


「最初の()()()では、日和にすぐ慕われたそなたが一番人気だったのに」

「やはり枯れてしまったのぉ~? 昔のようなギラギラした刺激が足りないのよぉ~」

「何でも高得点なら良い訳ではありませんわ。ダーティーな部分こそ女は惹かれるのです」

「大体よォ、その少年の姿で会い続けるなんて『()めプ』が過ぎたなァ!」

「人類の若い女は年上の男を好みがちなんだよっ。あたしのデータが示してるんだよっ♪」


……子供時代の姿であり続けたのは、男性が苦手だった彼女に合わせていただけだよ。

あまりの(かしま)しさに少々押されつつ、天照に訊き返す。


「オッズ……? まさか賭けをしていたの?」


「結構な数の女神が参加しておる。今では月読とロキが随分と追い上げてしまった」


まったく頭が痛くなってくる。弟の恋心までそんな風に(もてあそ)ぶとは、本当に付ける薬が無い。


(…………ん? 追い上げて()()()()?)


私は出来る限り感情を表に出さず、問いかける。


「ねえ、天照。日和さんの死後の所属について、以前そちらの黄泉(よみ)を治める伊邪那美(いざなみ)と交渉していたらね。意外にもスムーズに話が進んでいたのに、途中から随分と難色を示されたんだ」


「……ほう? ……まあ、あれは気まぐれな所があるからの……」


「彼女は私に賭けているから優遇した。対して貴女(あなた)は弟に賭けているから、慌てて邪魔をしたのかな? 主神の権力を笠に着て」


私の目は笑っていなかっただろう。あの時は本当に大変だったからね。伊邪那美(いざなみ)のお願いを三つ、何でも叶えてあげるという苦しい条件を呑むことになった。日和さんとの生活に関わること以外ではあるのが唯一の救いか。


「……ほ、ほほ! (わたくし)は優しい姉というだけ。ではな、また来年に会おうぞ」


そう言いながら慌てて逃げて行く天照と、

「キャー、オシリスが怒ると怖いから還りましょっ」

「天照ってばソレはズルなんだよぉー!」

と騒ぐ女神たち。


日和さんは、これを手紙に書けというの?

……絶対に嫌なのだけれど。

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