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『エンキ/知識の神 ➁』

 三か月ぶりに目にする日和ちゃんの、服装をはじめとする外見、表情、声色(こわいろ)、しゃべり方、身振り手振り……そして、あの鋭い目つき。


すべてが確かに別人のようで、僕は人類の「思い込みのダイナミズム」というものを、まざまざと見せつけられて。


(すごいな……! 興味深い! いわゆる多重人格じゃないだろ、コレ!?)


今まで僕が可愛いと思っていたのは、現実と理想の間で揺れる《感性》が作り出した存在。

なのに彼女は(まが)い物だと自覚していて、必死に《理性》が真実に(ふた)をしていたらしい。

なんとも繊細で絶妙なバランスの変容。


ああ、人類ってなんて素晴らしく面白いんだ。こういう風にも壊れるんだとドキドキした。

だけど周囲を見渡せば、六人ともそれぞれに彼女を気遣っていて。僕はいつもの優しい性格を装って声をかけ……否応(いやおう)なく自分の汚さを実感する。


日和ちゃんは天照(あまてらす)から残酷にも「(ひと)()がりな贖罪(しょくざい)だ」と断じられ、「己を見つめ直し、愛を探せ」と厳命されて、立ち尽くしていた。

そしてその言葉は──まるで僕にも向けられた(やいば)のようだった。


(僕の日和ちゃんへの《恋》って、ただの好奇心なのか? 人類への《愛》って、ただの本能だったんじゃないのか?)


《知識の神》として生まれ落ち、かつては仲間である神々に背を向けてまで人類を救ってきたけど。それはひたすらに、役割として機能してるだけなんじゃないのか?

なのに偉そうに、彼女を「高慢だ」なんて評するなんて。


(僕こそが高慢なんじゃないか──?)


この疑問に(とら)われたまま数日を過ごして、水曜日がやって来た。久しぶりに二人きりで日和ちゃんと逢えるのに、どう()びて、何を話せばいいのか分からない。


家を訪ねれば(ほが)らかに部屋へ迎え入れてくれて、《穢れ無き罪人》と呼ばれていたことを知っていたと謝っても、特に気にすることのない彼女。僕なんかどうでもいいっていうような遠い目をしていた。


──それじゃ嫌だ、僕を見て欲しいと、やっぱり神独特の厚かましさが顔を出して。計画性も無く自分の故郷であるペルシャ湾へと連れて行った。


忘れてたけど真夏に人類が行く場所じゃない、暑すぎたね。水蒸気──気化熱の原理で涼しくしたんだけど、割と出たとこ勝負な性格でごめん……。


◆◆◆◆


 (さいわ)い日和ちゃんは(おぼろ)の海を気に入ってくれたらしい。もっとエメラルドグリーンな、それこそギリシャの地中海みたいなのが良かったとか言われてたら、アポロンに嫌がらせをするところだったから一安心。


僕はあくせくと彼女に言葉を伝えた。


「罪を犯さない人間なんていない」

「この世に生きるものすべて、長所も短所も無いと思ってる」

「自身が認めたくない個性にこそ、一番大事なものがあるはずなんだ」


これ、全部自分にも向けてないか……?

なんて呆れながらね。彼女には、

「《知識の神様》なのに説得がまあまあ下手」

なんて見抜かれる始末。

だ、ダセー!!!


そんな風に着地点すら分からないまま、罰という仮面を()がした生身(なまみ)の日和ちゃんと過ごしたけど。暗闇に溶けてしまいそうなその姿を見て──ようやく理解した。

僕はただひたすら、彼女を自分のものにしたいんだって。


(もろ)そうなのに強くて。(ずる)そうなのに正直で。

(なまめ)かしいのに()れてなくて。

すべてが調和した、曖昧という名の美。


どんな手を使ってでも絶対に振り向かせたい。

彼女の瞳に僕以外を映して欲しくない。

二度と壊れないように、何者からも守るから。


恋とか愛とか色んな言葉を尽くすけど、もう概念とかどうでもいいよって吹っ切れて、次の週を迎えた。そう、自宅である《水の家》……エアブズに招いた日。


(いやね、自分でも卑怯だと思ってるよ?)


仕事が忙しいなんて大嘘です~。

やることは多いけど、上司とかいませんし~?

朝から早く逢いたくて……あと下心……。


こんなにも(けが)れた僕のために、朝からサンドイッチを作ってくれたなんて。手間をかけさせたくなかったからご飯を遠慮したつもりだったんだけど、ホントごめん、嬉しすぎる。


さらに家に日和ちゃんがいるって現実に、気分が高まり過ぎて。

うっかり襲ったら大変なので、煩悩(ぼんのう)を振り切るべく本当に仕事に没頭してたっていう。


そしたらね、気を遣った日和ちゃんが他の所に行っちゃうもんだから探しに行って。

我ながら計画性が無さ過ぎる(二回目)。


(あのまま日本に戻さないで、閉じ込めちゃうことも出来たんだよなあ)


他の神が助けに来ても、水中にあるエアブズで僕に勝てるヤツなんて多分いないし。日和ちゃんは優しいから、最初は怒ってもそのうち受け入れてくれそうだし。


もしもダメでも体から落とせばイイかな、なんてヤンデレみたいなことを考えつつ……。

どうにかその日はお返し出来た。


次はもう我慢できないだろうなー、なんて思ってたら……日和ちゃんの選択の日。

彼女から「結婚する気になるまで各自待機」という命令が降りて、ある意味ホッとした。


もちろん何年も彼女との将来が不透明なまま、メッセージのやり取りだけなんていうのは辛かったけどさ。なんか罰みたいに思えて、甘んじて受け入れてた。


(ごく)まれに届く仕事の相談には、知識の限りを尽くして対応したつもり。……頼られると救われた気がして。だから日和ちゃんがある水曜日にようやく、水を経由して呼び出してくれた時は──。


言うしかないよね。深々と頭を下げながら、

「もうお願いします、勘弁して。許して下さい。結婚して……」ってね。


日和ちゃんは「私がプロポーズするって言ったのに!」とプンプン怒ってたけど、やっぱり許してくれて。僕に指輪を()めながら、きちんと口説いてくれたのは一生の思い出。


「エンキさんの面白くて放っておけなくて、ちょっと世代間ギャップがある所が大好きです」って内容は、

「あれ、なんかロマンチックな理由じゃなくない?」って気になったけど。


もうちょっと他に無いの? って情けなくもお願いすれば、

「銀髪と水色の瞳は神秘的で綺麗だなって思うけど……あと何だったかな~。うーん、あったかな~?」とイジられた後に。


「……曲者(くせもの)っていうか、意地悪な所も愛してますよ?」


なんてね、照れながら言われちゃってね。

──僕こそ本当に愛してるんだよ。言葉にするのが難しいほど、(たと)えようがないほどに。

だから行動するしかないよね。


…………………。

はいっ、日和ちゃんが起きたんで回想は終了。

朝のイチャイチャを堪能(たんのう)した後、彼女に朝ごはんをねだるべく「仕事でもしよう」なんて言っちゃう。……も、もちろん僕が用意する時もあるよ?


今も人類は時々助けてるけど、正直かなり後回しにしちゃっててごめん。最優先してることがあってさ。


(日和ちゃんがノーリスクで不老不死になる研究、けっこう難しいな~)


え?「人類は有限の命を精一杯に生きる姿が愛おしい」んじゃないかって?

だからさ、僕は結構テキトーなんだよ。

ここまでの話で分かるでしょ?

最愛の奥さんは手離したくないに決まってるじゃん、何がなんでも実現させるつもり。


彼女の手首に揺れる、真珠を繋いだ銀の鎖。

まるで囚人みたいだね、ホントにこの欲望を象徴してる。


僕はこの高慢な愛を証明するから。

彼女を失う未来なんて許さないから。


この星に生まれて六千年、僕こそ世界最古の《知識の神》。

出来ないことなど有るはずもない。

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