『エンキ/知識の神 ①』
対象の心拍数が100bpmまで上昇。
瞳孔が散大。皮膚が紅潮。発汗が増加。
(あ~、日和ちゃんはココも弱いんだねえ)
今日も今日とて、恥ずかしがり屋の奥さんとベッドで仲良くしている。
僕は《知識の神》だから、相手の身体反応から感情を察することが出来る……どころか!
《水の神》でもあるから、汗とか涙とかは特に何でも分かっちゃうんだよ。
つまり気持ちイイかどうかは一目瞭然。
日和ちゃんが必死にそういうのを隠す姿が面白尊いから黙ってるけど。
あとシャワー浴びる音だけで身体のラインが完璧に分かっちゃうんで、昔いきなり彼女が浴室入った時は──。
……これは知られたらマズいな。窃視魔の烙印を押されて、さすがに距離を置かれるかもしれない。ただでさえ最近「ちょっとセクハラが過ぎる」って可愛く怒られてるのに。
まあそんな感じで今夜も楽しく過ごした後、すっかり寝入ってしまった日和ちゃんの隣で、僕らが出逢う前のことを思い出す。
あれはまだ三月だったかな。計画が始まる直前に、天照が《穢れ無き罪人》と呼んでるのを聴いちゃってから(もちろん偶然だよ、偶然)なんかヤバめな子でも紹介されるのかとドキドキしてた。
人類が大好きだからさ、これは相当な逸材が現れるんじゃないかっていう知的好奇心が騒いじゃってさ。
だから、日和ちゃんと初めて会った時の衝撃と言ったら──。
(ふ、ふつーじゃん!? いや可愛いけど。超、可愛いけど。普通じゃん……?)
何かの間違いじゃないのって正直疑った。
だって月読もああだし、天照もちょっとズレてる所あるし。
日本の神は僕らメソポタミアの神と比べてすごく若いから“人類救済計画”をちゃんと仕切れてるのか心配になっちゃって、ストレートに確認してみた。
「ねえ、天照。日和ちゃんって良い子だよね? 僕、《穢れ無き罪人》っていうの聞いちゃったんだけど。何か勘違いしてない?」
「ほほ、盗み聞きとは人が悪い。……あれは呼び名の通りの娘。これ以上は言わぬ」
えー、そうなんだ。じゃあもっと観察するしかないね、引き続きわくわくしてきた。
ついでにもう一つ確認しておく。
「肩書からしてさ、あの子はエッチなことしたら資格剥奪なの?」
「……《穢れ》とは人世の法に背いたことを指す。つまり、そうした意味では無い」
「! オッケー、分かった!」
「良いか、エンキよ……。日の本の女はすべて私の娘。過剰に不埒な真似をしたら──」
僕の顔を見つめた天照の顔が本当に怖かったので……。これはまずいぞ、紳士的な対応をしようと心に誓う。
怒るとかなり厄介な女神なんだよ。怖い怖い。
それからは毎週水曜日に日和ちゃんと会うことになったわけだけど、守ってあげなきゃとか、面白すぎるとか、可愛すぎるとか。
恐ろしいほどに僕のツボを押さえてきたよね。
恋リアのくだりは今思い出しても悶絶する。
一緒に過ごしている間、かなりじっくり彼女の様子を探ってたんだけど。観察すればするほど分かる、素直で嘘の無い反応。この子の罪状は「エンキをキュン死させそう罪」くらいしか無さそうじゃん、って思った頃に。
……例の置手紙が現れたっていうね。
◆◆◆◆
僕は相当落ち込んだ。あの子の何を見てたんだ、色んなサインがあったんじゃないかって。でも、しいていえば最初の週で僕に怒った時くらいしか違和感なんて無くて。あの時は「意外と激しい目をするな」って思ったけど……でも、それくらいで。
(これで人類を愛してるなんて、よく言えたよな。自分で自分に失望するよ……)
他のヤツらに聞いて回っても、大体この程度の認識だった。──そう、ロキ以外。
「あの女は最初から妙だったろ」なんて呟くんだよ。どこが? と聞けばこう答えた。
「人類は神を見りゃ大概のぼせ上がるじゃねーか? なのにアイツ体調が良くなっても、警戒心が解けてからも、まるでフツーに接してくんだぜ?」
「……美醜で判断しないタイプとか」
「だとしてもオーラで参っちまうもんなのに、あそこまで色ボケになんないのは異常。あとは会うたびキャラが微妙にズレてるし、外見と中身が微妙に一致してないこともあっただろ」
(うーん、そうだっけ……? いまいちピンと来ない)
ロキは特殊な神だからかな、僕みたいな《権能》に頼った観察眼じゃないからこそ見抜けたのかもしれないね。
ただ、僕が「そこまで分かってたんなら、もう少し慎重に探ってやれよ」と言えば、
「面倒くせー、人間なんて虫みたいなもんだろ」なんて言うから、ちょっと叱っておいたけど。
素直じゃ無さ過ぎるんだよ、あの子と逢えなくなってから一番人世をウロウロしてたくせに。何だかんだ気に入ってたんだろ。
それにしても返す返すも思い浮かべたのは、日和ちゃんの告白文。──あれは本当に悲しい。伝わってくるのは、燃えるような自分への憎しみ。罰を受けたいという望み。
彼女自身が表現する通り、たしかに高慢な人間だと憐れんだ。
ちらちらと透けて見える「自らにこそ罪がある」という考えは、一見殊勝だけど。行き過ぎた場合、その根底にあるのは違うと僕は思う。
(この子は、すべてをコントロール出来ると思ってるんだな……)
賢い人間が陥る典型で、「自分が悪い。自分がああすればこうだった」と結論付けてしまう過ち。
実際の世界は無数の因果が絡み合っていて、そんな風に単純に出来ていないのに、それを認められない彼、彼女らを僕はたくさん見て来た。
酷い家庭で育った子が優しく振る舞うなんて難しいんだよ。自分が悪かったなんて、背負いこんじゃダメなんだよ。責任はご両親にあるんだから。
もう一度逢いたい。日和ちゃんの考え方では辛いだけだと教えてあげたい。
だけど最後に書かれていた、「来たら人類を見下していると考える」という一文に恐れをなしてしまって。ひたすらに人世の手助けをする現実逃避の日々を送った。
そんな感じで情緒不安定になってる頃。オシリスがせっせと手紙を送っていると聞いて、それに細工をさせてもらった。
水……彼女の涙が手紙に落ちた時。
僕らに逢いたいという願いが込められていたのなら《全神の聖域》に飛べるようにと。
そして憎しみや後悔しか無かった時には、この計画から逃がしてあげようと。
だからあの夜、日和ちゃんがまた現れた瞬間。
──────うん、やっぱり僕は最低な男だと思ったんだ。
だってあの時に抱いた感情が……ひたすらに歪んだ興奮、だったから。




