『アポロン/太陽の神 ➁』
どうにか探し当てたヒヨリを家に招いて、ホットミルクをお出しする。
「搾りたてって美味しいね!」と感動してくれてるけど、俺の美意識だともっとこうロマンチックな……ううん、この笑顔が見られたんだから完璧だった。
「それにしても随分と急に来たんだね? 俺は嬉しいよ、でも動物は寝てるかも」
「……? ──! 別に……。ちょっと近くまで来たから」
いやいや、明らかにココ目当てでしょ? 大自然の牧場見てみたい、動物に触れ合いたいってメッセージ送って来たことあるし。
正直に「会わないルール」の手前、遊びに行くって言いづらかったって白状すればいいのに。妙な意地張る時あるよね、そういう素直じゃないところも可愛くて好きだよ。
俺がニヤニヤしているとヒヨリはもじもじしている。
何年ぶりだろう。どれだけ見ても見飽きない。
あの頃も綺麗な子ではあったけど、危うい繊細さが影を潜めて──代わりに清廉さが増している。
しかも俺が昔プレゼントした真っ白いワンピースと小物一式で来てくれた。あの頃はカットアウトの部分に照れてたのに、今は堂々と着ててもっと似合ってる。
そんな感じで微笑みながら見つめていたら、なぜか睨んで凄まれてしまった。
「ねえ! そういうのいいよ、私が悪かったからやめて」
「え? そんな唐突に言われても……何が?」
戸惑う俺を見るヒヨリは、ちょっと泣きそうになっていて焦る。
向かい合ったテーブル越しに座っていた彼女は、椅子から大きな音を鳴らして立ち上がり、俺の方に近寄って来て言う。
「駆け引きなんでしょ? 待たされたから、そう簡単には靡いてやらないぞっていう事だよね?」
「……………………………」
────時が止まってた。
ん? え、それって……もしかして。
ヒヨリは悲しそうな顔で俺に尋ねる。
「それとも、もう好きじゃない?」
「……愛してる、ままだけど」
やっぱりコレってあれか!? と理解した瞬間──ヒヨリが俺の唇の端にキスした。
下手なことに安心して、ゆっくりじっくりと技巧の限りを尽くした深いやつでお返しする。
(うわ……幸せ……。脳内麻薬出まくり。俺ダサすぎる流れだけど、もう何でもいいよ)
抱き締めると彼女から漂うウッド系の香水が、以前自分が使っていた物と同じだと気付いて胸が一杯になった。
なんだよもう、ヒヨリも寂しかったんじゃん。
そのまましばらく浸っていると、彼女の腰が砕けて我に返った。
「危なっ! ……ごめん、ちょっと感動しちゃって」
「れ、れ、恋愛弱者のくせにっ………なんで………?」
もしかしてキスに慣れてるって言いたいの? ヒヨリの中では俺って相当モテない男扱いだったんだね……。
遊ぶ相手に困った瞬間なんて生まれてから三千年、ただの一度も無いっていうのに。
彼女の認識は不本意なので、改めさせるためにベッドまで運んでしまう。
「これ、さすがに同意取れてるでしょ?」
「と、取れてないっ。かもっ」
「!? ウッッッソだよね!?」
日本は嫌がる素振りを見せる文化があると聞いてたから。押し倒したのはいいものの、これはどっちだ!? とかなり真剣に悩んでいると。
「ふふっ。アポロンさんはそういうポンコツな所がいいと思う」
「……………はぁ。俺をそんな風にさせるのは、ヒヨリだけだよ」
「──大好き。眩しい笑顔が恋しくて、あなたの音色を聴きたくて。気づいたらこっちに向かってたの、自分でも驚いちゃった」
顔を真っ赤にして、俺の目をしっかり見ながら言ってくれた。彼女の真っすぐな視線には、相手に嘘をつかせない妙な力があるかもしれない。
「俺もずっと恋しかったよ。毎日ヒヨリのことしか考えてなかった。君を描いた絵を見て話しかけるくらい、ヤバい所までいってた」
みっともないことを、つい告げてしまえば。
「それ私も……。あなたが描いてくれた絵があるから、毎日頑張れた」
いつも素直じゃないのにハッキリ言うからさ、上がり切ったテンションのまま彼女を隅々まで可愛がれば、どんな楽器よりも理想的な声で鳴いてくれた。
◆◆◆◆
移動でも体力を使っていたヒヨリはぐっすり眠ってるけど、少しの間はお話してくれて。
プロポーズは「あなたが駄目になるくらい幸せにする」だった。もうなってるんだけど?
指輪のサイズよく分かったねと感心したら、天照が教えてくれたらしい。……いつ測ったんだろう、ちょっと怖いよあの女。
「ヒヨリの指輪はどんなのがいい? 一緒に買いに行く?」と尋ねると「《芸術の神様》なんだから自作してほしい」とリクエストされた。
その時の彼女の顔は「滑ったら滑ったで美味しい」と思ってそうな意地の悪い表情だったので、苦笑いするしかない。
まあ、これからは彼女のそばにいたいから、牧場は知り合いに任せて彼女をモチーフにした創作を再開しようかな。自分のためだけにヒヨリのすべてを表現したい。
ちなみに俺が話しかけてた絵に描いてあるのは、美術館で俺に手を差し伸べてくれた時の彼女。ピアノの演奏を見抜かれた時から女の子として気になってたけど、あの夜の「ちょっと悪いことしてみませんか?」と言った姿は、今まで見た何よりも美しかった。
本人は自覚してないみたいで、「私ってこんな風かな?」なんて照れてたけど。してたんだよ──今でも時々見せる慈悲の微笑み。完璧に俺が恋に落ちてしまった瞬間だね。
ふと隣に目を遣れば、熟睡しているヒヨリはほんの少しだけ大人になっていた。彼女たち人類の歩む速さに不安に駆られ、自分の仕業なのに早く起きて欲しいと願って頬にキスをする。「愛してるよ」と囁いても、まだ眠ったまま。
(今夜の最後は失敗しちゃったな……)
行為が終わった直後、彼女に「なんで悲しそうな顔してるの?」と訊かれてしまった。そうだった、感性が鋭い子だった。
「これは切ないって顔だよ」と誤魔化したけど、バレたかもしれない。
いつか永遠に眠る彼女を想うと苦しくて。
俺が演奏した『美しい夕暮れ』なんて詭弁もいい所だ、どうせ自分は沈まないのに。
ギリシャの神世に、人間を不老不死にする方法が無いってワケでもない。ただそれは「永劫に神々の僕となる」ことを強制させるから、抑圧に苦しんだ彼女をそんな目に遭わせられない。
もしも本人が望んだとしたら──?
その時は好色なヤツらに狙われないように、樹にして神殿に閉じ込めちゃうかも、なんてね。
(幸せになった途端、苦しくなるなんて。自分が本気になった子に愛してもらえると、こんなに怖くなるものなんだ……)
だけど根暗なことばかり考えてたら《太陽の神》らしくないでしょ。
ヒヨリの毎日は俺が輝かせるから。
ずっとずっと、笑わせてあげる。
美しい景色と音色で包ませて。
俺のこと、好きなだけ振り回してよ。
そしていつか、君がいなくなったら。
その時はもう何も照らさない。
君がいない世界には、太陽なんて昇らなくていいから。




