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『アポロン/太陽の神 ①』

 今日の夕暮れの演奏も完璧だった。

定番だけど「G線上のアリア」が一番喜ばれてる気がする。

俺が神世(かみよ)で若気の至りを尽くしていた頃は、竪琴(たてごと)ばかり弾いていたけど──ここ数百年はヴァイオリンが一番のお気に入り。


女性の体に似ている形に色気を感じる人もいるらしい。でも少なくとも俺は違うかな。この完璧からほど遠い造りや扱いづらさに、魅せられてるんだと思う。


常に音程(おんてい)を探さないといけないし、ミスしやすいし、不確実さが折り重なっているというか。そのくせ頻繁に花形を務めるし。

もちろん俺は失敗なんてしないよ? でも短い人生でこれを習得する人類は中々やるね。


ふう、と溜息をつくと聴衆たる牛が「モオォー」と鳴いて(ねぎら)ってくれてるみたいだ。


────そう、ここは牧場。

俺は北の果てで牧畜を営んでいる。

完璧な音色を聴いてくれるのはただ動物のみ。っていうか、大体牛と羊。


(なんで俺、こうしてるんだっけ…………)


ふと、「まだ結婚しない」と言い張るヒヨリとのやり取りを思い出す。

何度目か分からない回想は、どうしたって切ない──。


◆◆◆◆


 「結婚する気になるまで人世(ひとよ)で待ってろ」という指示に(あらが)える者はいなくて。

だってさ、世界滅亡がイヤなら結婚しろって迫った俺たち神も大概だったワケじゃない?

俺なんてエンキに誘われて「へーいいよ」くらいの軽いノリだったしさ。


だから仕方ない、人世で適当に働いたりして暮らそーって思ったんだけど。

今まで通り口説く毎日になるから、ヒヨリのそばにいられる仕事にしようと思うじゃない?

なのに彼女、本当に扱いづらいっていうか。

ヴァイオリンに似てるっていうか。


「母と就職が優先だし、何より不誠実な事をしたくないから誰にも会わない。メッセージのやり取りは可」なんて塩対応だよ?


ちょっとちょっと、《白金律(はくきんりつ)》どうした?

「私のこと愛してる神は、私の望むことを望むでしょ」みたいな風に言ってたけどさ。


下手したら他の男を選ばれるかもしれないまま、会わずにひたすら待てってこと?


不老不死だからいいよねって?

少なくとも俺はそこまでマゾじゃないよ?

イヤなのは俺だけなの?

みんなオッケーなの???


もちろん全員何とも言えない顔はしてたけど、既に新たな戦いはスタートしてるもんだからお互いに戦略を相談できるわけもなく。


しぶしぶ職探しをしていたわけ。この俺が。

さりげなく下心ない感じで、ヒヨリに相談してみた結果が以下の通り。


────────────────────

◆1日目◆

【モデルならすぐに採用されるかな~?】


【今は生成AIがあるからどうだろ。個性的なら需要はありそうだけど、あなたは……】


【没個性みたいに言うのやめてくれない!?】


【そういえば神様たちの画像って、消えるんじゃないっけ】


【忘れてた、そうだね】


◆2日目◆

【俺、医学生だった。医者でいいじゃん】


【看護師と(ただ)れた日々を送りそう】


【俺ずっと一途だったよね? ねぇ?】


【そもそも人世(ひとよ)で生命に関わる仕事していいの?】


【神の力を使わなければいいけど、確かに線引きが曖昧だなあ】


◆3日目◆

【アーティスト系ならどう? カッコいいって思う?】


【その発想が既にちょっと】


【……まあズルした気分になるし、さすがにやめとく】


◆4日目◆

【真剣に悩んできちゃった。何でも出来過ぎて逆に困る】


【はいはい、そうだね】


【ヒヨリ、もう少し真面目に一緒に考えてよ】


【オーケー。アポロンさん《牧畜の神様》でもあったよね】


【……え? うん】


【AIの台頭で、そういう仕事の方が注目されてるよ】


【でも俺、ヒヨリのそばにいたい】


【会わないからどこでも同じでは?】

────────────────────


……あまりにも素っ気ないヒヨリに「寂しい」って思って欲しくて。わざと遠い北の果てを選んだのは俺だけど。なんか大学で彼女の気を引きたくて、女の子と一緒にいた頃とやり口が変わってない気がしてきた。


音楽を聴かせれば家畜や農作物に良いっていうのは本当だから、神がかった成果は挙げられてる。人類の皆さんの食卓に上がってるんで、どうか美味しく食べてね……。


ちなみにヒヨリの職場である児童養護施設にも定期的にイロイロ送ってて、大変満足してもらってる。


「タダじゃ悪いよ」とお金を払おうとするのを止めたら、彼女は子供たちと焼き菓子にしたのを毎度返してくれるようになった。ああ、唯一の幸せ。


「牧場で動物たちと触れ合いたい」とか送って来たけど、いつでも来てよ~…。


◆◆◆◆


 俺は回想を終えると、夜空に輝く星をしばらく眺めた。周囲に灯りが一切無いお陰で、やたらとよく見えるね……。風に吹かれて薫る草の匂いが物悲しい。


今夜は金曜日だし、センチメンタルな気分がどうにも増してしまったので、俺はいそいそと小屋みたいな家に帰ってベッドに入る。

寝る前に彼女を描いた絵に「おやすみ」と話しかけるあたり、結構ヤバいと思う。


何処(どこ)にいてもいいワケだけど、

「もしかしたらヒヨリが来るかも!?」

って思うと身動きが取れなくて。そんでここは娯楽が無くてさ、無駄に寝る時間が増えた次第。


……来る前にメッセージ入るだろって?

彼女は予想外のことばかりするから警戒してるんだよ。神世(かみよ)は電波通じてないしね。

そんな風に何度目か分からない溜息をついていると。


(ん~…? スマホ鳴ってる……。こんな時間に電話、珍しい……ってヒヨリ!?!?)


思わず飛び起きて、震える手で通話を始める。


「も、もしもし!? ヒヨリ?」


「アポロンさん、こんばんは」


「…………声、すごく懐かしい」


「そうだね。ねえ、実は助けて欲しくて」


ほ、ほらね~!?

なんでこう、驚くことばかりするかな。

一体どんなトラブルだろうと焦って尋ねる。


「どうしたの? 俺どうすればいい? 何でも言って」


「道に迷っちゃって」


「え? GPSどうしたの?」


「圏外になりやすくて。今ようやく電波繋がったの」


どうしよう。ヘルメス(伝令神)とか派遣すればいいのかな。アイツいっつも出掛けてるから、捕まえられるかな……。


「ヒヨリ、今どこにいるの?」


「? だからアポロンさんの所に向かってるんだってば」


「??? ………え?」


「もう、なんでこんなに遠い所で暮らしてるの? 不便すぎるよ」


「──けっこう理不尽だね!?」


そうだった。彼女はいつもそうだった。

俺は呆れと、ほんのちょっとの怒りと、抱えきれない愛しさを(たずさ)えて。

出荷用のトラックを走らせて探しに行く。


ずっと演奏のプレゼントとか、美術館とか、高層階レストランとか、シチュエーションとロケーションにこだわってきたのに。何なのこれ。


……振り回されるの、ちょっと気持ち良くなってきた。


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