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第82話『前夜 ①』

 部屋に連れ帰ってくれたオシリスさんがプレゼントをしてくれた。

アンティーク調の小瓶に入った青い蓮、ブルーロータスのアロマオイルらしい。


キャップを外すと漂うのはエキゾチックで濃厚な花の香り。ディフューザーが無いのでコットンに数滴垂らし、ハンカチを敷いて枕元に置いてみた。


ふわりと蓮の香りに包まれてオシリスさんの別れ際の言葉を思い出す。


月読(つくよみ)がピアスを見て暴走しなければ良いのだけれど」


かなり真剣に心配をしてくれて、

「ペナルティがあっても構わないから、このまま部屋に残ろうか」とまで言い出して。


天照(あまてらす)様がどんな罰を下されるか分からないから、それはやめて下さいと固辞(こじ)はしたものの。


場合によっては例の言葉『大嫌い』を使うか、話し合うにしてもエンキさんを呼んだ方がいいとまで付け加えられて、かなり不安になってきた。


コツコツと窓を叩く音がして体がビクッと反応する。

無駄な抵抗かもしれないけれど耳は出来るだけ髪で隠しておいた。

招き入れた月読は薄茶の和装で、いつもとやや異なる色調が秋の訪れを感じさせる。


「……日和(ひより)、あれから大丈夫だった?」


「うん、言った通り楽しく過ごしたよ」


先週は私が不安定な状態で別れてしまったから、かなり気遣わせてしまったのだと胸が痛んだ。

──それと同時に彼の桔梗(ききょう)色の瞳が、すっと細められる。


「髪型変えたんだ?」


「うん……」


褒められるでも、嫌がられるでも無く。

これはやっぱりバレたのかもしれないと背中に冷たい汗が伝う。


私の耳に彼の指がゆっくり沿い──銀色を辿(たど)って。

つい体がピクリと揺れた後「ふーん」と言われた。

ただ、それだけだった。


お茶を()れるねと言っても「ありがとう」と返されるのみ。

不機嫌という空気は一切出されず、無表情ないつもと異なって彼はやたらと微笑みを浮かべている。


(これは怒ってるの? いや、何か違うような……。ハッキリ言ってよ、なんて詰め寄る展開になってないのが逆にキツいかもしれない)


混乱しながらカップを出していると月読がゆっくりと、でも私の返事を待たずにしゃべる。


「部屋の中、色んな物が増えたよね」

「気づいたらおれ以外にも六人の気配、ぜんぶある」

「この花の香り、オシリスでしょう」

「ってことは元の姿を見たんだ? 彼、いい男だよね」

「枕元に添えてるなんて、夢の中でも逢いたいの?」


……こんなに一気に話す人じゃないのに。

私は(のど)を鳴らしながら「使わないと勿体(もったい)ないでしょう」と言うのが精一杯。

彼は「それはそうだね」と綺麗な顔で笑うだけ。


デスクの上に飾った月と星がきらめく八角形の瓶、その光が彼の笑顔を照らして──。

まるで別人のように冴え冴えと見せた。


(月読、やっぱりおかしい──!)


いつもの無表情が恋しくなって私は自分の体を守るように抱えながら言う。


「ねえ、怒ってるなら言って欲しい。私も迂闊(うかつ)だったから」


すると彼は楽しそうに首を(かし)げて問いかけて来た。


「日和はさ、《夜》って聞いてどんなの連想する?」


「……? 月とか星とか。あとは……睡眠とか、かな」


意図が分からないままに答えると、物凄く嬉しそうな顔をされた。

そういえば彼はずっと立ったままだ。

圧迫感が──ある。


「ふふ、可愛いね。子供みたいだ。本来はもっと、()()な響きの言葉じゃないの?」


「…………そういう風にも、使われるね」


「むしろそっちが普通だけど。《夜》は暗闇──不安や恐れ、そのものだった。そして後ろ暗い事を隠し……(みだ)らな心が騒ぎ出す(とき)


あまりにも彼に似合わない言葉ばかりで、私はそれこそ恐怖を覚えた。

息苦しい程の緊張を破りたくて「何が言いたいの?」と少し大きい声で尋ねる。


「おれは《夜の神》。もしかして、純情な男だと思ってた?」


「じ、実際に。誠実に接してくれてたよ」


抱き締められた事は何度もあるけれど、一度もどこにもキスしなかった唯一の神。

私がいいと言うまで無茶な事はしないと約束を守ってくれている人。


やっぱり彼は楽しそうに(なめ)らかにしゃべる。

日頃のように言葉を選んで()めたりせずに。

次々と。


「すぐに(たが)が外れるからね。必死に我慢してたんだ」

「おれは結構、怒るとめんどうだと言ったのに」

「百歩譲って、他の物はもういいよ」

「でもこれは駄目だな。ロキってのも無理」

「【(オレ)の物だ、渡さない】だってさ」

「体に穴まで開けられちゃって……」


気付けば詰め寄られ、私はベッドにまで追い込まれて声も出せない。


「このピアス、外れないか試してみるね。出来ない時はアイツを殺そう……!」


月読はずっと笑っている。

しまった、という風に

「あれでも一応神だから、死ななかったか」

なんて……残酷な言葉を付け加えた時にまで。

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