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第79話『母 ➁』

 私はあれから、ちょっと散歩に行ってくると言い外へ出た。

どう考えても暑すぎる気温だけれど、冷え切った心には心地よく感じる程で。


月曜日に訪れる父は、私と親子鑑定をしたいのではないか。

離婚に至る前に行うべきと思えたが、周到なあの父もミスはするらしい。

あれこれ考えていると、さすがに汗だくになったのでコンビニへ寄る。

肌に触れるのはスーッと体を冷やしてくれる人工の風。


(ああ、オシリスさん。《他者という風》っていうか《身内という嵐》に私は相変わらず乱されてますよ)


そういえば明日は先生の日だったじゃないの。

何か良いアドバイスとか、ささっと100%親子鑑定とか、してもらえないだろうか。

シヴァさんには「すぐ神に頼るのは」云々(うんぬん)と強がったものの、現状の人類ではクリアが難しいかもしれない問題でして。


とはいえ父が叔父になったり、叔父が父になる事にどんな意味があるんだろう。

母を大切にしなかった父への罰になるだけじゃないのか?


(…………私は何がしたいんだ?)


難しく考え過ぎていたかもしれない。

ロキが言ってた通りもっと気楽に、気楽に。

気分を上向けるべくソーダアイスを買って食べながら、母の元へ帰った。


◆◆◆◆


 鍵を受け取り忘れたのでインターフォンを鳴らしたら、母が出ない。暑い中に締め出されるのはキツいなあと思って、ダメ元で引き戸を揺らすとアッサリ開いた。


「ただいま。一人なんだからさ、鍵はちゃんと締めた方がいいよ」


助かったくせに小言を言ってから気づいた、男性用の靴が玄関にある。


「……どなたか来てるの?」


リビングの扉を開けると、見知らぬ男性。

先週目撃した母との逢瀬(おうせ)にいた人物とも明らかに違う。神経質な印象を受ける顔つきなのに、シャツが乱れているのが不似合いだった。

本能で気に入らない、と思う。


「あなたが娘さんか。私はこういう者です」


差し出された名刺には、弁護士と書いてある。


「……離婚の時にお世話になった先生です? その節はどうも。母はどちらに?」


あえて慇懃(いんぎん)無礼な態度を取ったのが伝わっているらしい。

私が年下にも関わらず、腕を組んで挑戦的な目で見ているから。


その男性は面白くも無さそうに浴室の方を指さし、

「小春さんにまた来ると伝えて下さい」

と言った後、出て行った。


嫌な予感がする……!

鍵をしっかり締めた後、慌てて浴室へ向かうと涙をいっぱいに溜めた母が立っていた。

──想像通り、乱れた衣服で。


「何をされたの!? 警察を呼ぶ!?」


「だ、だめ! 大丈夫だから、ちょっと言い合いになっただけで」


「……辛いのは分かるけど、私はもうそこまで子供じゃないから大丈夫。ねえ、どういう状況?」


私は怒りで震える自身の体を必死に(なだ)めつつ、怯えた母に精一杯の優しい声をかける。


「ちがうの、本当にまだ何もない。ただ、今でも時々、会いに来られて……」


「あのね、実は先週見ちゃったの。お母さんがさっきの人とも違う男性とキスしてる姿。彼と付き合ってるのに、言い寄られてるの?」


「…………? あっ、その人とも、付き合ってないよ」


「──ッ!?」


まるで後ろから殴られたような衝撃だった。

あんな往来で、あそこまでしておいて?

そりゃ私も品行方正な一人暮らしとは言いづらいけれど。


オドオドしている母を怖がらせても良くないと思い、ひとまず着替えてもらって温かいココアを()れる。

出来る限り穏やかに訊き出せば、先週キスしていた男は出版社に勤めているらしい。


母のwebエッセイを見出してベストセラーにまで押し上げてくれたのが彼だったというが、果たしてどこまで本当なのか。


母に見惚れた男が近づくための口実にしたという方が、私としてはしっくり来る。

彼女はSNSこそ好んでいたけれど、長い文章が苦手で読書を(たしな)まなかったのだから。


ふと、母の日記は《信用ならない語り手》による物じゃないのかという疑問が(よぎ)った。

彼女から見る世界はどこまで正確だったのか。


ロキが言っていた『この世に真実は無く、あるのは解釈だけ』という言葉。

……今はもう止そう、他に優先するべき事がある。


◆◆◆◆


 私は母にしつこく「二度と男を家に上げちゃいけない」と言い。母も(かたく)なに「むげにしたら今後の生活で、わたしにも日和にも良いことがないと思う」と抵抗し。

互いに困り果てながらも、最後は私の剣幕に負けた母が半ば泣きながら了承して眠った。


シヴァさんの言う『過ぎたるは、すべてにおいて避けよ』。それが生まれついて(そな)わった物であれば、苦しみだ。


美し過ぎれば良くないものも惹きつける。

(おさな)過ぎれば自身を守れない。

そして同時に、それらが優しさと清らかさをもたらすのだろう。個性ということなのだろう。


私はもう二十歳(はたち)

この人は最早(もはや)守るべき対象なのだと気が付いた。

なぜなら私は強く生まれ、育ったのだから。


なんだか無性におかしくなってきた。

ヤケになっている訳でもなく、ハイになっている訳でもなく。

これが私の()()な気がしてきたから。


(神様に保証された勘違い女だからね。もう何でもかかってきたらイイんじゃないの……!)


そばで丸まって眠る母の頭を撫で、荒れた手を握る。もう私は娘では無かった。

※次回2/22(日)は通常通り0時10分および20分=合計2話を投稿します

※お楽しみ頂けてましたら、ブクマや評価など頂戴できると嬉しいです!

 砂漠で2リットルのペットボトルを頂くレベルに有難いです!

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