表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/101

第77話『役割』

 私はカップを持ってソファにいるロキの隣に座り、あえて軽く尋ねる。


「そういえばさ。ロキは北欧神話で、何の神様なの?」


「……………今更なんだよ」


不愉快そうな空気は出されず、ただ薄い反応で返される。私とは目を合わせないでグータラとスマホをいじったまま。


「変わってるなあって思ってさ」


「何が」


「初めて家に来た時、寝袋でグッスリ寝てたじゃん? 眠ってる姿って、七人の中でロキしか見たこと無い」


「気持ちイイのは同じだって言ったろ」


彼は用意した飲み物に手もつけず、すっかり黙ってしまう。ひと時、テレビのしゃべり声だけが部屋に響いた。──これでは駄目だと反省して仕切り直す。


「ごめん、こんな探り方は良くないね。……あのさ、私なりに《愛し方》ってものを見つけた気がして」


「……………」


「寄り添うとか慰めるとか、あなたはそういうの嫌いかもしれないけど」


ようやくロキは私の方を見て、挑戦的な声で(わら)う。


「《愛し方》に《慰める》ねぇ? 随分とエロい言葉使うようになったじゃねーか」


「怒らないでよ。私だって散々あなたに暴かれて、無様な姿を見せたんだから……おあいこでしょ。悩んでる事があるなら聞かせてほしい」


部屋の温度が低くなったかのような緊張感。

彼は私から目を()らさず、何かを探っているようだ。

伏羲(フーシー)さんがしてくれた、嫌われてでも助けたいという行動の有難さが身に()みた。


「人間の事、好きだよね? だからアニメとかに興味を持つ訳で。その中でもお気に入りの私に、ぶつけてみたら良いんじゃない?」


「……………」


「お気に入りの私に、」


「……ハァ、聴こえてるわ。お前、マジで思い上がりが過ぎるんじゃねーの?」


興味なさげな声で言うロキは、ソファに座る私の(ひざ)に頭を乗せた。

後ろ頭を向けられているから、その表情はまるで見えない。

そして彼は静かにボソボソとしゃべり出した。

私は口を挟まずにいる。


(オレ)には()()が無いんだよ。他のヤツらにはあるだろ、夜だの水だの太陽だの。でも、己には無い」


「その代わり(オレ)がいると場を引っ()き回すっつーか、なぜか勝手に場が動く。時には最悪な方にも」


「神と人間の違いは少ない。せいぜい《不老不死》と《絶対の存在理由》、その《権能》くらいだな。……(オレ)だけやること無いまま永遠を生きるんだぜ? マジでクソ食らえ」


淡々と重ねられる言葉からは、絶望も怒りも感じられない。

ただひたすらに「無」で私の方が切なくなる。


「ロキは、それで寝るんだね」

「だいぶ時間つぶせるからな」


「だから転移に失敗したの?」

「わざとじゃねーんだってば」


「あなたにも神様の力はあるじゃない」

「あれは《権能》じゃなくて魔術」


少しの沈黙の後、彼は寝返りを打って私のお腹あたりでしゃべり出した。

うっかり顔を見ないであげられるよう、彼の髪を撫でながら過ごす。


「死ねるお前達が(うらや)ましい、役割が無いのは(オレ)と同じなのに。……なんで(オレ)は生まれて来たんだよ、これじゃエラーみたいだろ」


「………………………」


それはおそらく人間が避けては通れない、根源的な問い。

私も伏羲さんの前で大泣きして同じ事を言った。

「こんなに出来(そこ)ないなのに、どうして生まれて来たのか」と。


彼はずっと一人きりで、何百年、もしかしたら何千年も──?

ひたすらに(しば)られているのかと思うと、私の方が泣きそうだった。


「…………私でいいじゃん」


「? 何が」


「だからさ、私におかしな()()を与えたのが、あなたの()()って事でいいじゃん」


シン……と広がる静寂。

出来るだけ優しく言ったけれど、これは(すべ)ったかもしれない。ロキ、息してない? って不安になっていると、ようやく口を開かれた。


「お前……。ホントお前。マジでとんでもなく思い上がった、勘違いキャベツ女だな」


「……そうだよ? 症状はご存知の通り」


そして頭をポンポンと叩きながら、

「まあ考えといてよ」と言えば、

やっぱり「ウゼー」と呆れられる。


けれど彼はそのまま私の膝から動こうとはしなかった。まるで大きな猫のように。


◆◆◆◆


 時刻はあと三十分くらいでロキの帰る時間──お昼の十二時になる頃。

母の元へ行く支度をしていると、ふと鏡に映った自分の耳が目に入る。


「この髪型、わりと耳が見えるよね。ピアスしたら映えるかも」


「そういや穴、開けてねーな?」


「ロングを下ろしてる事が多いと、あんまり目立たないからね」


思ったより短くならなくて、もうちょっとイメージを変えたいなと思っていたから、良い思い付きかもしれない。

すると彼がアッサリ「んじゃ開けてやる」と言うから「ピアッサー無いけど」とたじろいだ。


「要らねーよ、力でやれる」


「物理的じゃなくて、魔術的な力だよね!?」


完全に怯えている私はそんなに面白いのだろうか。ロキは鼻歌を歌いながら、勝手に冷凍庫から保冷剤を出して当ててくる。


「や、優しくしないと、一生髪の毛さわらせないから」


「へえ~? そういう小生意気な人間風情(ふぜい)には、思い知らせてやらねーとなあ?」


舌を出した極悪な顔つきで言われ、もっと心配になってきた。冷やされた後に彼の指が耳たぶに触れて、恐怖で思わず目を(つぶ)る。

……二、三分は経ったんじゃないだろうか。


「………………まだ?」


「もう終わってる」


その言葉に驚いて目を開けば、本当に終わっていた。自覚したせいか感じる、ジン……と熱を持ったような痛み。


鏡の向こう、私の耳で鈍く光るのは小さい銀色の(つぶ)。どこかで見覚えがあるような──?

って、これは。


「ロキと同じやつ?」


返事を貰えないまま彼の耳をじっと見れば、幾つもの穴のうち二つだけが空白で。

ああ、自分のやつを()めてくれたのね、と納得して私は言う。


「人のって、ばい菌大丈夫かな」


「一応コレでも、神なんで」


感染症は無いらしいので安心する。

鏡を見ればシンプルだから気に入った。


(それにしても、やっぱり私の事を気に入ってるんじゃないの~? もうこれ、親友じゃない?)


からかおうと思って振り向けば、素直じゃないから消えていた。もうっ。


◆◆◆◆


 取り残された部屋の中。

まだ寒い春に始まった一人暮らし。

けれど私はもう孤独じゃない。


夏の陽射しに照らされるのは、何の個性も無いワンルームだけれど。

友人や神々に与えられた、大切なもの、大切な思い出で埋められた空間は宝物。

幾つもの想いや言葉に支えられ、私の足は母の元へと歩き出した。

※次回は同日2/21(土)13時10分に投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ