第77話『役割』
私はカップを持ってソファにいるロキの隣に座り、あえて軽く尋ねる。
「そういえばさ。ロキは北欧神話で、何の神様なの?」
「……………今更なんだよ」
不愉快そうな空気は出されず、ただ薄い反応で返される。私とは目を合わせないでグータラとスマホをいじったまま。
「変わってるなあって思ってさ」
「何が」
「初めて家に来た時、寝袋でグッスリ寝てたじゃん? 眠ってる姿って、七人の中でロキしか見たこと無い」
「気持ちイイのは同じだって言ったろ」
彼は用意した飲み物に手もつけず、すっかり黙ってしまう。ひと時、テレビのしゃべり声だけが部屋に響いた。──これでは駄目だと反省して仕切り直す。
「ごめん、こんな探り方は良くないね。……あのさ、私なりに《愛し方》ってものを見つけた気がして」
「……………」
「寄り添うとか慰めるとか、あなたはそういうの嫌いかもしれないけど」
ようやくロキは私の方を見て、挑戦的な声で嗤う。
「《愛し方》に《慰める》ねぇ? 随分とエロい言葉使うようになったじゃねーか」
「怒らないでよ。私だって散々あなたに暴かれて、無様な姿を見せたんだから……おあいこでしょ。悩んでる事があるなら聞かせてほしい」
部屋の温度が低くなったかのような緊張感。
彼は私から目を逸らさず、何かを探っているようだ。
伏羲さんがしてくれた、嫌われてでも助けたいという行動の有難さが身に沁みた。
「人間の事、好きだよね? だからアニメとかに興味を持つ訳で。その中でもお気に入りの私に、ぶつけてみたら良いんじゃない?」
「……………」
「お気に入りの私に、」
「……ハァ、聴こえてるわ。お前、マジで思い上がりが過ぎるんじゃねーの?」
興味なさげな声で言うロキは、ソファに座る私の膝に頭を乗せた。
後ろ頭を向けられているから、その表情はまるで見えない。
そして彼は静かにボソボソとしゃべり出した。
私は口を挟まずにいる。
「己には役割が無いんだよ。他のヤツらにはあるだろ、夜だの水だの太陽だの。でも、己には無い」
「その代わり己がいると場を引っ掻き回すっつーか、なぜか勝手に場が動く。時には最悪な方にも」
「神と人間の違いは少ない。せいぜい《不老不死》と《絶対の存在理由》、その《権能》くらいだな。……己だけやること無いまま永遠を生きるんだぜ? マジでクソ食らえ」
淡々と重ねられる言葉からは、絶望も怒りも感じられない。
ただひたすらに「無」で私の方が切なくなる。
「ロキは、それで寝るんだね」
「だいぶ時間つぶせるからな」
「だから転移に失敗したの?」
「わざとじゃねーんだってば」
「あなたにも神様の力はあるじゃない」
「あれは《権能》じゃなくて魔術」
少しの沈黙の後、彼は寝返りを打って私のお腹あたりでしゃべり出した。
うっかり顔を見ないであげられるよう、彼の髪を撫でながら過ごす。
「死ねるお前達が羨ましい、役割が無いのは己と同じなのに。……なんで己は生まれて来たんだよ、これじゃエラーみたいだろ」
「………………………」
それはおそらく人間が避けては通れない、根源的な問い。
私も伏羲さんの前で大泣きして同じ事を言った。
「こんなに出来損ないなのに、どうして生まれて来たのか」と。
彼はずっと一人きりで、何百年、もしかしたら何千年も──?
ひたすらに縛られているのかと思うと、私の方が泣きそうだった。
「…………私でいいじゃん」
「? 何が」
「だからさ、私におかしな役割を与えたのが、あなたの役割って事でいいじゃん」
シン……と広がる静寂。
出来るだけ優しく言ったけれど、これは滑ったかもしれない。ロキ、息してない? って不安になっていると、ようやく口を開かれた。
「お前……。ホントお前。マジでとんでもなく思い上がった、勘違いキャベツ女だな」
「……そうだよ? 症状はご存知の通り」
そして頭をポンポンと叩きながら、
「まあ考えといてよ」と言えば、
やっぱり「ウゼー」と呆れられる。
けれど彼はそのまま私の膝から動こうとはしなかった。まるで大きな猫のように。
◆◆◆◆
時刻はあと三十分くらいでロキの帰る時間──お昼の十二時になる頃。
母の元へ行く支度をしていると、ふと鏡に映った自分の耳が目に入る。
「この髪型、わりと耳が見えるよね。ピアスしたら映えるかも」
「そういや穴、開けてねーな?」
「ロングを下ろしてる事が多いと、あんまり目立たないからね」
思ったより短くならなくて、もうちょっとイメージを変えたいなと思っていたから、良い思い付きかもしれない。
すると彼がアッサリ「んじゃ開けてやる」と言うから「ピアッサー無いけど」とたじろいだ。
「要らねーよ、力でやれる」
「物理的じゃなくて、魔術的な力だよね!?」
完全に怯えている私はそんなに面白いのだろうか。ロキは鼻歌を歌いながら、勝手に冷凍庫から保冷剤を出して当ててくる。
「や、優しくしないと、一生髪の毛さわらせないから」
「へえ~? そういう小生意気な人間風情には、思い知らせてやらねーとなあ?」
舌を出した極悪な顔つきで言われ、もっと心配になってきた。冷やされた後に彼の指が耳たぶに触れて、恐怖で思わず目を瞑る。
……二、三分は経ったんじゃないだろうか。
「………………まだ?」
「もう終わってる」
その言葉に驚いて目を開けば、本当に終わっていた。自覚したせいか感じる、ジン……と熱を持ったような痛み。
鏡の向こう、私の耳で鈍く光るのは小さい銀色の粒。どこかで見覚えがあるような──?
って、これは。
「ロキと同じやつ?」
返事を貰えないまま彼の耳をじっと見れば、幾つもの穴のうち二つだけが空白で。
ああ、自分のやつを嵌めてくれたのね、と納得して私は言う。
「人のって、ばい菌大丈夫かな」
「一応コレでも、神なんで」
感染症は無いらしいので安心する。
鏡を見ればシンプルだから気に入った。
(それにしても、やっぱり私の事を気に入ってるんじゃないの~? もうこれ、親友じゃない?)
からかおうと思って振り向けば、素直じゃないから消えていた。もうっ。
◆◆◆◆
取り残された部屋の中。
まだ寒い春に始まった一人暮らし。
けれど私はもう孤独じゃない。
夏の陽射しに照らされるのは、何の個性も無いワンルームだけれど。
友人や神々に与えられた、大切なもの、大切な思い出で埋められた空間は宝物。
幾つもの想いや言葉に支えられ、私の足は母の元へと歩き出した。
※次回は同日2/21(土)13時10分に投稿します




