第76話『土曜日/ロキ ⑥-2』
思った以上に抵抗したロキを引きずって、二つ隣の駅に移動。説得には三十分もかかったけれど「父の頭に見立ててスカッとしたいの」と言えば、何だかんだで付いて来た。
もちろんあの男に暴力で訴える気なんて無い。
ただ気合を入れる一環で、一度はやってみようかと。
この間のプールで実感したのは、体を動かすと心や頭に良いという事だったから。
受付を済ませてコインを買い、軽く準備運動をする。ヘルメットを被ってから、どんな風に打つべきかというイメトレの反芻をした。
(スマホで動画は見たから……うん、まあ、やってみれば分かるかな)
隣の打席にいるロキはまるでやる気が無さそうだけれど、とりあえず放置。そして一回目。
…………ハイ打った!
心地よい程に乾いた音がして、真っ白な球が一直線にネットへ吸い込まれる。
さすが私。初めてやるのに、いいじゃない。
ロキの方を見ると、ちょっと驚いた顔をしていて悪くない気分だ。
二回、三回、四回、回数を重ねるごとに更なる小気味良い音が響く。
「ふふん、中々やるでしょう」
「……自分を優秀だって思い上がる、勘違い女だったもんな」
一言多いよ、本当に。
しゃがんだままスマホばかりイジるマナーの悪い彼に、わざと煽るように言った。
「あーあ、ロキは私に負けるのが怖いんだ?」
「つまんね。もうちっと捻った言い方できねえの?」
全身で「やりたくない」というオーラを放ちながら、ロキがバットを持って構え……振りかぶった。
想定内なことに、この場の誰よりも上手だ。
無駄な力が一切入っていないコンパクトな動きで、まるで猫科のようなしなやかさ。
美しいと思える程だけど──。
まあ、表情は完全に無。
そのままお互い続けて、十五分もしない内に私は言う。
「飽きた。来るのは一回でいいや」
「…………そーだろ!!!?」
彼がここまで声を荒げたのは初めてかもしれない。汗もかいたしさっさと帰ろうとせがめば、
「ワガママが過ぎねえ?」と文句を言いながらも、人目につかない所ですぐに自宅に移動してくれた。
◆◆◆◆
月読やエンキさんに、
「男がいる時にシャワーを浴びるな」と注意されたのを思い出す。
あの後、プールだの温泉だの行ったから、なんだか今更な気もするけれど。
脱衣所で蒸しタオルを使って身体を拭くだけにして、その後はロキと雑談する。
「ロキってアウトドアのイメージ無かったから、運動音痴の心配してた」
「どんな間抜けな神でも、人間に遅れは取らねーよ」
「いつかみんなでスポーツ大会開きたいね。ちょうど偶数で割り切れるし」
「……せめてオンライン対戦で」
もっと嫌がると思ってたのに。
それぞれがコントローラーを持つ姿を思い浮かべて、ケラケラと笑ってしまう。
そんな私を表情も変えずに見ていたロキは、ふと壁に掛けた物を見て言った。
「なあ、あの絵ってアポロンが描いたんだろ?」
「そうだよ、家宝だから触らないでね」
「己の顔、おかしくねえ?」
「十分イケメンでしょ」
言いたいことは分かってる。
こんなに優しい表情してないわ、ってことなんだろう。私がニヤニヤ笑っていると、ロキはしみじみ言う。
「ホント、お前ら人間は楽しそーでイイよな」
「………………?」
その一言にはいつもの嘲笑めいたものが無くて引っ掛かった。どこか切なそうな……というよりも、私が今も覚える感情に似ているような。
何だっただろう。いつ感じただろう。
…………そう、あれは。
円満そうな家族連れを見た時に抱く──。
憧れの混じった、わずかな嫉妬……?
紅茶を淹れながら、今までの彼との会話を思い出す。
「生命なんて何の意味もない」
「人類って、目的がないのに終わりがあるから、サイコー」
初日に言われたこの言葉には、冷たさを覚えたものだった。さらには。
「得意分野は驚かせたり、楽しませたり、やり返したり」
「睡眠とか食事とか、フツーは摂らなくても問題ない」
この辺りを言われた時は、特に違和感は無かったのに。なぜ今思い出すのか。
他にもある。ロキが違反をした時に月読が言っていた、
「ロキだしね。それなら大した罰じゃないと思う」
オシリスさんが彼を推薦したと告げた時、
「悪意をもって口添えたのではない」
何よりも私自身が言っていた。
「ロキだけ、他の神様たちと違うと思ってた」
「あなたと私は似ている」
────ああ、と。
閃くものがあったけれど、それは彼の傷に思えた。不躾に刺激するのでは、それこそロキの悪い癖と同じになってしまう。
そんな事を考え過ぎていたせいで、当の本人が隣に居ると気づかなかった。
「茶葉、そろそろヤバいんじゃねーの?」
「っ、そうだね。牛乳入れて、誤魔化すよ」
慌てて取り繕えば怪訝そうな顔をされて、私の後ろ髪をサラリと撫でられる。そして言われた。
「午後は母親のトコ、行くんだろ? まだウジウジ考えてんのか」
彼の言葉には抜き切れない程の棘がある。
だけどその奥には、豊かな感受性が隠れているのだともう察していた。
私達は友人だ。向こうはそう思っていないとしても、私にとっては。
神々を残していつ死ぬのかなんて、当然分からない。大切にされてばかりでは、愛することなんて出来ないまま。
エンキさんが言う通り「結局は行動」だ。
(これからは私も寄り添うと、決めたじゃないの)
たとえ嫌われたとしても。
私は愛を探しているのだから。
※次回は同日2/21(土)8時10分に投稿します




