表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/101

第73話『金曜日/アポロン ⑤-1』

 翌日、金曜日。

久々に大学が始まったので昼休み中にアポロンさんを探してみる……という程の労力もかからず、女子の嬌声(きょうせい)で居場所が分かった。


一度私と絶縁した際、周囲の噂で「金髪の彼、しばらく自国のギリシャへ帰ったらしい」と嘆きの声を聞いていたけれど。

久々の帰国(?)によってか、寄り付かなくなっていたはずの女子が再び群がっている。


いかに私の心臓が強くなったと言っても、声をかけるのはもう少し人が減ってからがいいだろう。

彼と目が合ったのをあえてスルーして目的の講義室へ歩みを進める。すると。


(う、うわっ!? 空気読めない神様が、こっち近づいて来た……!?)


走って逃げるべきだと本能が告げたその瞬間、私の手は握られて。


「ごめんね。俺、この子が好きなんだ」


「ヒィッ………」


熱っぽく言われた私は、締め上げられたニワトリのような悲鳴を上げてしまった。

アポロンさんを取り巻いていたキラキラ女子たちの方を見れば、時が止まったかのように固まっている。


更に追い打ちと言わんばかりに、彼は私の左手にキスして何かを握らせる。

紙……というかチケット?

何これ、と彼の顔を見れば、胸がグッと来るほどの切ない顔と声で言われた。


「今日、サークルの助っ人でオーケストラに参加するんだ。ヒヨリに聴いて欲しいな……」


以前の私なら「無理です」と言ったかもしれない。でも、共に大切な時間を重ねて来たから。

これから女性陣に呪い殺される気がしたけれど、私は諦めの表情で、

「も、もちろん行くよ…わーい楽しみ…」と答えた後、ちょっとこっち来てとキャンパスの奥──空き部屋に連れて行く。


静まり返った講義室の中で、一応事情を聞いてみた。


「さすがに目立ち過ぎて焦ったよ、急にどうしたの?」


するとアポロンさんは一瞬困った顔をした後に、爽やかな笑顔で答える。


「先週のことがあったから。ヒヨリが俺の一番だよって実感してもらおうかと」


「先週……? ……あっ」


父に「売女(ばいた)の娘」とか暴言を吐かれた事か。

あれくらいは私にとって日常茶飯事でも、初めて聴く人には衝撃だったのかもしれない。確かに久々に被害に遭うとキツいものがあったし。

うっかり(うつむ)いてしまった私の髪を撫でながら、彼は優しく言う。


「一部の人に傷つけられても。たとえそれが近しい人だったとしても。こうやって君を大切に想う存在っていうのは、必ずいるものだからさ」


「…………うん」


本当にその通りなんだと思う。私は家庭の中、自分の中にばかり閉じ(こも)っていたんだろう。

アポロンさんは完璧な微笑みと共に囁いた。


「負ってしまった傷よりも、美しい世界に目を向けてよ。つまり俺ってことだけど」


「……そうは言うけどさ。私に好意を向けてくれた男子学生の対策してたって、本当?」


「!? そ、それは。えーと……。 ──エンキだな!?」


「世界に目を向けさせる所か、私に目眩(めくら)まししてたんじゃん~。さすが太陽だね~?」


嬉しくて涙が出そうだったから、それを隠すためにふざけてしまって。

結局二人で騒ぎながら、それぞれの行き先へ戻って行った。


そして講義室に到着すれば──噂が早すぎるんだよね……。あからさまにチラチラ見られている。すると私に気づいたマリがこそこそと、でも結構大きい声で話しかけてくる。


「ねねね、ひより! モデル男と付き合ってるって、ほんと!?」


「ガセ!」


私も出来るだけ大きい声で答えた。


「お、おお。否定早いね……」


「付き合ってはないの。でも……でも彼、見た目だけじゃなくて、すごく良い人なんだ」


私がぽつりと零すとマリはハッとした顔をした後に、嬉しそうに笑う。


「ひよりが言うなら、間違いないね」


以降は「モデル男」ではなく、アポロンさんの人間名で呼ぶマリは──私の自慢の、最高に美しい世界だ。


◆◆◆◆


 チケットに表示されていた時間より少し早い、夕方六時前。

私は大学内のコンサートホールに到着した。

既に席が一杯で、座れる所はあるだろうかと思っていると、サークルの生徒らしき人に一番前を案内されてしまう。

そして「演奏がすべて終わっても、最後まで席で待ってて下さい」と伝えられた。


座席に置いてあるパンフレットを見ると、アポロンさんが参加するプログラムは一つだけらしい。

……なぜか彼だけ太字で囲って明記されている。

もしかしなくても、この満員っぷりは彼の効果か。


「あの人ヴァイオリンも超上手いらしいよ~」

「彼女いるんだってー、早く交代しろ」

「何ならシフト制にしてほしい」


(シフトはある意味、組まれてるけど……)


顔が割れてないか不安で後ろを振り向けないまま大人しくしていると、次第に照明が落ちていく。


それまでざわざわとしていた話し声が止まり、ステージ上の各人が音合わせを始め、指揮者であろう男性とアポロンさんが入場。

一斉に拍手が鳴って、タクトが振り上げられる。


曲目は「メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲」というらしい。

スマホで調べた時、ヴァイオリンといえばコレという程に日本でも人気だとか。

さわりだけ聴けば、憂愁の魅力あふれるドラマチックな曲。


(……………!!! す、凄すぎるでしょう)


──始まった途端、これが最初の曲で良いのだろうかと、余計な心配をしてしまった。


(彼が外れた以降のプログラムは、一体どうなってしまうの……)


それ程までにヴァイオリンを奏でる彼だけ、光が当たっているかのようだったから。

彼の《完璧コンプレックス》が根深いのも納得だ。

なんせ文句のつけようが無い程に美しく、頂点に立つ者の演奏。


聴衆の感動というのは背中だけでも感じるらしい。(せき)払いすら許されない程の時間は、彼が去るまで続くのだろう。


そういえばストリートピアノを弾いてもらった時、「弦楽器の方が得意」と言っていた。

あの時も圧倒的だったのに、それ以上……。


誰が見ても、聴いても、アポロンさんは確かに一般人じゃない。

彼こそ、神だった。鳥肌が止まらなかった。


そして一瞬だけ不思議に思う。

モーツァルトの「トルコ行進曲」と違って、あまり彼らしい選択ではない気がしたから。


(ああ、そういえば助っ人って言ってたか)


そう納得してからは、最高の演奏に浸っていられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ