第60話『金曜日/アポロン ④-2』
私が駅に向かおうとすれば、アポロンさんは近くの駐車場に車を停めているとの事。
「こんなに色っぽいヒヨリが、狭い車内で他の男と触れ合ったら困るから」
……やっぱりこの服が露出多いのって確信犯だったのか!
そして今、私が助手席に乗っているのは空のように美しい青のフェラーリ。
「あのね、こういう所だと思うよ?」
「え、何が?」
「コンプレックスだよ! これだと完璧なままじゃん。軽で来なよ、軽で」
眉間を指で押さえながら、つい可愛くない事を言ってしまう。
すると爽やかな微笑みと共に返された。
「一緒に崩れる練習、ヒヨリがすぐに投げ出しちゃったからねえ」
「………それは、ごめん。そうだった」
意外とキツい角度で抉ってくる。
何の言い訳も出来ない。
アポロンさんは左手でハンドルを握りながらも、右手で私の手をポンポンと叩く。
「怒ってないよ。ただ、ショックだったんだ。やっぱり俺が追いかけるとロクな事にならないんだなって。ヒヨリが苦しんでるのは分かってるから、意地悪言うのはこれでお終い」
「ありがとう。……つまんない反応で、ごめん」
心から謝りたいのに、ありきたりな台詞しか言えない自分にガッカリする。
彼はそのまま目的地まで当たり障りのない話だけを振ってくれた。
◆◆◆◆
午後一時過ぎ、高層階の高級レストランへ到着する。
カジュアルな格好をしている小慣れた大人もいるものの、私のような大学生が同じくしては場違いだったに違いない。
プレゼントは申し訳なかったけれどホッと安心した。
二人で窓際にある奥の席に通されるまで、一斉に視線を浴びる。
女優たる私の美しさ……ではなく、もちろん隣の神のせいである。
ヒソヒソ話している声は何て言っているのだろう。
「釣り合っていない」などでも仕方がない。
アポロンさんはいつも通り無彩色でシンプルな服を着ている。
それが一層、自分の美しさを引き立てていると理解しているのかもしれない。
テーブルを横切られた女性が圧倒されて身を反らしてしまい、椅子が騒がしく鳴る。
その姿に少し視線を移した彼は、よくある事だと言わんばかりに彼女へ微笑んだ。
(前のわたしだったら、こんな人と外で食事なんて最悪トラウマになってた。ああ、素は割と図太くて良かった)
席について外の景色を見下ろす。
広々と一面ガラス張りの窓には幾何学的な黒い枠が走っていて、まるで額縁のよう。
そこに嵌る絵画のような風景は、真っ青な夏の空と都会のスティールなビル群。
遠くには山並みが見えて、そのコントラストに世界は広いのだと実感する。
注文を終えた後、満足そうにアポロンさんは笑みを浮かべる。
「俺だけ二人で食事したこと無かったから、やっと来られて嬉しいよ。何でも気にせず注文して?」
「こんな所は生まれて初めて。さすがに緊張するけど、ありがとう」
飲み物が運ばれて来たので乾杯をする。
運転があるから彼も私と同じくノンアルコールだ。
「車じゃなければ飲めたのにね」
「そうだね。でも、しばらくヒヨリの前ではやめておこうかな。迫り過ぎちゃう」
「ああ、酔うと抱き着くクセあったっけ。エンキさんに怒られてたの、なんだか懐かしい」
そう言えば彼、保護者みたいなこと言ってたなと思い出すと。
アポロンさんがビクッと体を揺らして、椅子がさっき位に大きな音を立てた。
「え──。待って、左手にしてるの……エンキの気配がする……?」
「あっ、一昨日もらったの。シンプルで合わせやすくて」
バイトの時は使えないから今日初めて付けてみた。
思った以上にしっくり来ているし、二人は仲が良いから許されるかと思って……つい。
とはいえ思ったよりマナー違反だったのかもしれないと彼の反応から察して言い訳をする。
「えっと、水曜日かつオシャレして出かける時ってなると、限定されすぎちゃうから。そういえば注意すれば分かっちゃうんだったよね」
「迂闊だったよ、いつの間に……。しかもブレスレットって、アイツかなり重い」
アポロンさんは私の手首を凝視しながら言う。
「そういうのは指輪じゃないの?」
さすがにそれならして来ないよと言う意味を込めて首を傾げる。
けれどアポロンさんは、苦虫を嚙み潰したような顔をして答えた。
「手錠、つまり束縛の意味があるんだよ。絶対分かっててやってる。そういう男ってことだから注意しといて」
…………まったく知らなかった。
ふと、この間言われた「愛するから」という言葉を思い出して、照れてしまい。
体がほんのり熱くなってくるのを感じる。
「……!? 何その反応。超、面白くないんだけど……」
「ごめん、外すね。私の常識が足りなかった」
いそいそとバッグに仕舞うと、アポロンさんがいつになくジットリと暗い目で追及してきた。
「ヒヨリ、なんで顔赤いの?」
「手錠とかほら、ちょっとアレじゃん」
「ね~、そうだね。やらしーね。 ……あのさ、俺がいかに恋愛弱者でも、そこまで鈍感じゃないよ。何かあったんだよね? ねぇ?」
「……………………」
目が泳いでいるのが完全にバレている。
察しが悪いアポロンさんのくせに生意気な。
気まずい空気が流れ始めた所に、都合よく料理が運ばれてきて助かった。
黙々と食事をする中、何か話題は無いかと必死になって、はたとベージュの手紙に書かれていた事を訊いてみた。
「そういえば、私のために曲を作ってくれたの?」
「グッ……げほっ……なんで、それを」
完璧な人が無様にむせた。
涙目になりながらこちらを見つめてくる。
「オシリスさんの手紙に書いてあったから。
……聴かせてもらえたり、する?」
「いかに《芸術の神》やってても滑ったら怖いって感情くらいはあるからさ。お願い、それだけは許して」
心無しか頬が赤く染まっている。
そうなんだ、そういう恥じらいあるんだ~と思うと、ついイジり心が騒ぎ出してしまって。
「まあ、自分に向けたオリジナル曲を男性に披露されるのって、女子にとって怪談になり得るもんね」
「ホントに聴きたいって思ってる!?」
ようやく明るい雰囲気に戻ってくれて良かった。やっぱり私は、意地の悪い事を言う方が生き生きするらしい。
◆◆◆◆
なんだかんだで、とても楽しく食事を終えた後。次はどこへ行こうかという話になったけれど、私が靴擦れをしてしまったので自宅に帰ることになった。
《医学の神様》印の塗り薬とか無いのかな、と図々しいことを考えているのが伝わったのか、アポロンさんが説明してくれる。
人世において、人類の生命に直接関わる神の力を使うのは禁止されてる事。
あの白い空間であれば許されるけれど移動するには条件があり、今は出来ない事。
初めて会った日にかかっていた風邪は、私が気を失った後にコッソリ薬を飲ませてしまった事。
マンションに到着すると手を繋いでくれる。
「俺のせいだし抱っこさせてよ」と言われたのは丁重にお断りした。
足をひょこひょこと引きずりながらエレベーターに乗り込み、二人でじゃれ合いながらフロアへ到着すると──。
扉の前に、父がいた。




