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第59話『金曜日/アポロン ④-1』

 私は泣きすぎて潰れた声のまま、かつての自分をぽつぽつ伏羲(フーシー)さんに語った。

今の今まで忘れていた、好きだった物、嫌いだった物、したかった事、欲しかった物、なりたかった存在。


彼は何も否定しなかった。

「今からやればいい」なんて陳腐(ちんぷ)な慰めも言わない。人にただ話を聞いてもらう事が、こんなにも心を軽くするなんて。


腕時計を見ると、いい加減バイトへ行く支度をしなければならなかった。

そろそろ戻りますねと伝えれば伏羲さんは(うなず)く。でも、大切なことを付け加えておく。


「そういえば私を大切にしてくれる理由……不十分な気がします」


「──と、()うと?」


「私のどこを気に入ったのか、結局は具体的に言及されていません。来週は聞かせてほしいです」


其方(そなた)矢張(やは)り面倒な(ところ)が有るのだな」


愉快そうに微笑まれる。

いやいや……女子なら誰しも気になるでしょう、と主張すれば。


(つぶさ)に訊かせる事は構わぬが、()の場合は日和(ひより)も──(われ)をどの様に思っているか伝えねばならぬのではないか? (ほどこ)されるだけで良いのか?」


「ぐっ……」


以前、自宅に招いた時のやり取りを持ち出された。

金銭の話だけだったはずなのに、確かに自分だけ受け取るのはフェアじゃない気が……。


悔しいけれど「この件は保留で。来週もバイトがありますから、朝の八時にお越し下さい」と返事をすれば……。

彼は意地悪そうな顔で「では()の時間に」と手を振った。


紙を閉じたことで、ゆるゆると自分の部屋に戻る。洗面所で確認すると鏡に映っているのは見るに()えない()れあがった顔。


どうにもならないままカフェへ行けばスタッフの皆さんに心配をかけてしまい、やっぱり伏羲さんを恨んだ。


◆◆◆◆


 翌日、金曜日のお昼十一時。

汚いものを思い切り吐き出したせいだろう、久しぶりにぐっすりと眠れた。


夏休みのため当然大学には行かない訳で、アポロンさんとも時間を決めていない事を思い出す。


(他の神様たちに言伝(ことづて)をお願いするべきだった。このまま家に居ればいいのかな)


バイトはないから時間は問題ない。

ただ食事に行こうと誘われていたから料理をする必要もなく……。


どうしたものかと思いながら窓を開けると、マダム達のきゃあきゃあと嬉しそうな声が聴こえた。


まさかシヴァさん? と気になってマンションの下に降りれば──。

大きな紙袋を手にしたアポロンさんが囲まれていた。

夏の太陽光で金髪が目に痛いくらい輝いてる。


「ま~、シヴァさんのお友達だなんて。道理で日本語がお上手だわあ」


「イイ男のお知り合いは、やっぱり同じレベルなのねえ~!」


「もしかして蒼野さんにお会いに来たのかしら?」


…………なんか既視感が凄い。

彼女たちに応対するアポロンさんは無駄にキラキラした笑顔で、


「ええ、ヒヨリさんとお約束をしていて」


と、余計な事を言っている。

この中に割って入るのはよそうと思って(きびす)を返すと、


「あ、ヒヨリ~!」


…………ああ、そういえばこの神様は空気を読めないお方だった。

女性陣に「それでは失礼しますね」と言ってこちらに向かってくるので、私も愛想笑いをしてエレベーターに逃げるしか無い。


「アポロンさん、私はやはり引っ越すべき時かもしれません」


「なんで? あ、敬語もうやめない?」


「……私の言葉の(とげ)が強力になっても知らないよ……?」


部屋の扉を開けて冷蔵庫から麦茶を出しつつ、ソファに座って問い詰める。


「なぜ地域交流を?」


「朝から部屋に行くのは悪いかなって思ってさ。昼になるまで待ってたんだけど、ザ・外国人って見た目のせいかなあ。さっきのレディたちに『道に迷ってるのか』『エントランスで涼まないか』って世話焼いてもらっちゃって」


不可抗力というやつか、これは文句を言いづらい。しかしこんなハリウッド産に声をかけるなんて皆さん(たくま)しいですね。

納得しかけている所で、さらにアポロンさんは言う。


「あと、シヴァはただの保護者だからヒヨリとは何もないってアピールしといた」


「なるほど……?」


「俺が口説いてるトコなんで、他にも何人か男が来るだろうけど追い払って下さいってお願いもしようかと思ってた」


「!? やめろぉっ!!!」


ただでさえマダム達と()れ違う時に「なんかこの女スレてきたな」って視線を感じてるのに。

だから引っ越したいとか思ってたのに。

一人暮らしの家に何人も男が来るって、そういう女だと思われるでしょう?


窓を開けるのが遅かったらどうなっていたかと思うとゾッとする。

アポロンさんは「冗談、冗談だよ」と笑っているものの目が本気に見える。

これ以上は何を言うつもりだったのか聞くのが怖いので、本題に入った。


「と、とにかく。食事のお誘いをしてくれてたよね? どこにする?」


「もう予約してあるんだ。高層階にある眺めの良いホテルのレストラン」


「ご手配ありがとう……だけど、そんな所に行っても大丈夫な服、あったかな」


クローゼットの中は悩むほど数が多くない。

当然大して高価な物もないので、尻込みしてしまう。


「大丈夫、用意したから。はい、これ。前に借りてた服も入ってるよ」


手渡されたのは誰でも知っているハイブランドの紙袋。

中を見ればいかにも高級そうな真っ白い服やバッグ、サンダルと──ヨレっとした部屋着が綺麗に(たた)んであった。


あの三人で楽しく過ごした夜。翌日から急に会わないと言い張る私を、アポロンさんやエンキさんはどう思ったのだろう。

どれだけ傷つけたのだろう。


申し訳なさに身を小さくしつつ、

「こんなに高そうな物はちょっと」と押し戻そうとしたけれど、


「もう買っちゃったしタグ切ってるし。俺のためだと思って、着てみてよ」


哀しそうな顔で言われてしまっては……。

返品出来ないなら仕方ないか、どうお返ししようかと悩みながらも脱衣所に入る。


広げてみるとロングワンピースで全体に花をかたどってカットアウトされていた。

さすが《芸術の神様》、センスが良いなと思って着てみると……。


「ヒヨリ? 着られた?」


「……あの、これ。ぱっと見よりも、なんていうか」


グズグズしていても仕方ないので扉を開ける。

私を見て、アポロンさんは実に満足そうだ。


「やっぱりすごく似合ってる。サイズもピッタリだね」


「だ、だけどね。思ったより全体の隙間(すきま)から肌が見えるんだけど!?」


褒めてもらった通り、確かにサイズは合っているし文句なしに素敵。けれどもここは日本。

布が(おお)う役目を放棄しがちなデザインは如何(いかが)なものなのか。

顔を赤くしていると、(みどり)色の瞳が寂しそうに揺れる。


「イマイチだったかな?」


「……う、身に余る品かと。ありがとう」


お礼を言えばダイヤモンドのように輝きがうるさい笑顔を浴びせられる。

まあ、我ながら結構似合っているし。

得意な自己暗示で、自分は女優だと思い込むとしよう。


──いや、さすがにそれは無理だけどね。

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