第53話『火曜日/シヴァ ④-1』
ジャングルジムの上にて、私は月読に抱きしめられたまま。
ちょっと恥ずかしくなってきて、話題を変えて逃げるべく気になっていた事を訊いてみた。
「……スーツ。もしかして、告白するにはコレじゃないと駄目って思ってる?」
「ちがうの?」
やっぱりロキに聞いた情報で合ってたらしい。
家に来た時に緊張していた様子だったのも、こういう事だったんだろうか。
私を腕から放して、きょとんとしている姿が可愛くて、からかいたくなってしまう。
「ううん、合ってる。だけど実際どうなんだろうね。その日、何を言われるか分かっちゃうから」
「そっか。なんかそれって、良くない気がしてきた。サプライズ? にならないし。……これからは考える」
真剣に答えるものだから、こういう所が私は好きかも、と思った。
彼は気持ちを伝えてくれたのだから、私も怯えてばかりはいられない。
軽く息を吐いて、月を見上げながら白状する。
「月読に幻滅されるのが一番怖かった」
「……………………」
「夜の公園に行ってたのは、月に慰められたかったから。だから……あの光を裏切ったなんて自分を許せなくて。もう一度あなたの顔を見たら、罪悪感で耐えられないと思った」
すると月読が苦しそうに言う。
「おれ、ずっと逢いに行きたくて。でも日和に追い返されたオシリスに『今行けばもっと傷つける』って言われて……。どうするべきか、悩んでばっかりで」
「さすがオシリスさん、それで正解」
私が微笑むと、いじけたように言われた。
「月から覗くのも良くなさそうだし。そもそも万能じゃないし。イライラして、もう毎晩、日本だけ新月にしてやろうかって考えてた」
「……ニュースになるじゃん」
そして宥めるように私は告げる。
「もう逃げない。来週も楽しみにしてるね」
すると月読は無言のまま部屋まで一瞬で移動して、
「……もうすぐ0時だった。このままじゃ怒られることしそうだから、よかったかも」
やたらと小さな声で言って忙しなく夜へ消えていく。
彼の香りだけが、ゆったりと私に残ったまま。
◆◆◆◆
火曜日、午前八時。
引き続きよく眠れなかったのでインターフォンで起こされる始末だった。
ドアスコープを覗くと勿論シヴァさんで安堵する。あくびを隠す事もなく目をこすりながら迎えた。
「…………おはよう、ございます。顔、洗ってきます」
「──ヒヨ。夏だからって、さすがに男の前でその恰好はダメだろ」
確かに黒いキャミソール一枚とほとんど下着みたいなショートパンツを履いているだけだった。慎みが無くて申し訳ないです、これが本来の私でして……。
ボーッとしながらTシャツとジーンズという一切の色気がない服に着替える。
わたしが着ていたひらひらした物は、すべてフリマアプリで売却してしまった。
「お待たせしました。……シヴァさんには電車、狭苦しそうですね」
違うな、この風貌だと周囲は避けてくれるだろう。加えてこの顔面だし──と思っていると、なぜか遠い目をして言われる。
「……いや。最近はフツーに力使うようになってんだよ」
「ああ、あり得ない暑さですもんね」
インド出身者にも日本のジメジメした夏は堪えるということか。そう納得していると、
「お前はオレが神だってコト、いつも忘れてるよな。そうじゃなくて控える理由が無くなったっつーか。……まあウチに来れば分かる。忘れ物ないなら、もう行くぜ?」
本当はお宅に伺うのが物凄く気まずい。
カイくんの家庭教師をこちらの一方的な都合で辞めてしまっていたから。
あんなにも慕ってくれた、お母さんを亡くしている子に何て事を……。
胃の奥がズキズキしてくる。
つい黙っているとシヴァさんが、
「どうした?」と心配そうに声をかけてくれる。
(情けない……! カイくんには誠心誠意、謝って──。必要なら夜もお邪魔して、添い寝するよ!)
私は腹をくくって、
「大丈夫です、準備できました」と頷く。
すると彼は両手を組み、何か呟いたと思えば、あの懐かしい家の玄関にいた。
たった二度しか訪れていないのに、まるで家族の一員のように楽しい時間を過ごしたから。
感慨深いと思っていると……リビングの扉が開いてビクッとなる。
「日和先生、いらっしゃい」
目の前には知らない男の人が立っていた。
高校生? ……大学生かもしれない。
神レベルに整った容姿をしていて、どこか皮肉めいた表情だ。
想定外の事態に困惑しながら私も挨拶をする。
「朝早くからお邪魔します、初めまして。私は蒼野と申しまして、シヴァさんとは……」
そういえばシヴァさんとどんな関係だと言えばいいの?
私ってこんな時間から他人の家にあがる怪しすぎる女では。
唐突な試練にたじろいでいると、青年は「あはは」と高らかに笑って言った。
「やっぱり分かんないか。カイだよ、三か月ぶりかな?」
「───? ………???」
今、時間が止まった気がする。
絶対に変な顔をしてしまった。
そんな私を満足そうに見つめる彼が言うには。
「日本語では『男子、三日会わざれば刮目して見よ』って言うんだっけ?」
「…………それ、元々は中国の故事だけどね……」
「そうだった。国語も教えてほしいって言ってたでしょ、その辺の違いがまだ自信なくてさ~。やっぱ個人レッスン要るよね」
揚げ足とっておいてアレですけれど、どっちでもいいわ、そんな事。
教える必要なんて、もう無いよ。
私は後ろにいたシヴァさんにゆっくり振り向いて、下から睨み上げて言う。
「どうして事前に教えてくれないんです? そんなに私が動揺する姿は面白いです~???」
するとシヴァさんは複雑そうな顔で言い訳をする。
「カイから言うなって口止めされてて。それにオレだって戸惑ってんだよ、あんなに可愛いかったのに、みるみる昔の自分ソックリになっちゃってよ」
カイくんの方に向き直ると確かに顔立ちが瓜二つ。
シヴァさんよりも不遜な雰囲気を湛えていて、以前の記憶と一致するのは金色の瞳だけ。
「先生、マジで雰囲気変わったね」
「あなた程には変わってないかな……」
やたらと嬉しそうに言われたけれど、いやもう本当に。こちらの変化なんて大した事ないと言わざるを得ない。
カイくんは青年らしからぬ艶っぽい声で言う。
「前の清純系も良かったけど、俺は今の方が好きだよ」
「……オイ、父親の女を目の前で口説こうとするなんて、お前の道徳はどうなってんだ?」
「シヴァさんの女じゃないです」
「親父の女じゃないだろ」
まったく同じタイミングで言えばケラケラとカイ君は笑う。
肩に掛けたカバンには「お詫びとして真夜中に焼いたクッキー」があるのに。
それもアイシングで可愛くしたやつ。
これ、渡すべきなんだろうか。
溜息をつきながらシヴァさんは、
「こういうワケで、もう神の力は解禁してる。んじゃ、メシの支度してくるわ」
と言ってキッチンへ行ってしまう。
私はどうすれば良いのか。
「オレの見える所でカイと話しててくれ」と言われても。
この場を逃げるべく手伝いたいのにインド料理っぽいのでよく分からず、従わざるを得ない。
(女子校育ちに同世代男子は鬼門なんだけどな…………)
この家では、私は頭を使う運命らしい。
本当、どうしよう。何を話題にしよう。
もちろん添い寝はもうしません。




