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名もなき物語〜主人公のいない物語〜  作者: 真黒
第一章 「世界の“矛盾”」
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第一章 46話 「蹂躙 1」

 氷の破片を纏い、主役と言わんばかりに神々しく舞い降りる青年。彼もまた縦長の瞳孔と、透き通った角を持ち合わせている。つまり、僕たちと同じ竜だ。


「お前は、一人で先走りすぎだ」


 冷静な声と眼差し。間違いない。……こいつ、強い!

 僕がそうやって一人でわくわくしている間に、他のメンバーの間でテレパシーによる会話が進んでいく。


『戦況は劣勢。儂らの権能では極夜に決定打を与えられず、黎に頼るしかないのだが、肝心の黎は思念伝達が使用できない』

『連携が取れねぇんだよなぁ! 面倒くせえがよ!』

『私なら彼の援護に回れるが……』

『私なら? 俺にはできないって言いたいのか?』

『君は黎のことを嫌っているのではなかったのか。まあ、あれだけのことを涼しい顔でやってのけられては少々腹が立たないでもないが』


 うん、なかなかにカオスだ。僕が必死で極夜の斬撃を捌いてあげているというのに、お礼の一つもないのがむかつくところだ。とっととテレパシーを習得してこの会話に乱入したいところだが、生憎そんな暇はない。


「おい、みんな! いい加減にっ……!」


 そう口に出して叫んだ後、嫌な予感に慌てて振り返る。

 意識を他にやりすぎたのか、気づけば極夜は僕の頭上に舞い上がるとその刃を大きく振りかぶり、大技を打つ体勢に入っていた。大気がぞわぞわと虫の蠢くような音を立てて蠢く。

 なんだ、これ。気味が悪い。


「【断界(離反する境界)】」


 それは、一瞬で放たれた。黒い、暗い、闇の斬撃。まるで、世界にそこだけ切れ目が入ったかのような。

 本能的に、これを受けてはいけない、と理解した。

 防御技を全面展開し、体を流体化させる。異変を察知したのか、晶の障壁と雹の氷が同時に防御壁へと形を変えて僕の前に立ちふさがる。

 しかし。

 黒い世界の裂け目はぬるり、と音もなく。まるで熱したバターナイフでバターを切るみたいに容易く。あれだけ多重に展開した壁を切り裂いて、一直線に僕へと迫る。

 当たってはいけない、とわかっていても。避けなければならない、と理解していても。ときはすでに遅かった。

 流体化した僕の体を、水という存在ごと。

 ……その斬撃は僕という存在を真っ二つに断ち切った。




 ◇

 紅煉を始めとする覇者たちの前で、それは起こった。つい先刻まで。本当につい先刻までたった一人で極夜を相手どっていた黎が、抵抗も虚しく、いとも簡単に真っ二つに切り裂かれてしまったのだ。

 落下していくその姿が、ひどく遅く彼らの瞳に映った。

 記憶の欠落と性格の激変という異常を抱えながらも、すでに覇者たちにとって黎は、この歪んだ世界の中で自分たちを導く希望へと変化していた。そんな希望の象徴が無様に敗北したのだ。気分が明るくなるはずもない。

 一方で極夜はひとしきり黎を睨めつけると、その口もとを凶悪な笑みで染めた、


「ケヒ匕、ヒヒハハ、キヒハハハ! そうか貴様カ! 貴様がそうだったか! 判ってはいたガ、なんとも理不尽なもノだな!」


 ゲラゲラと笑い続ける極夜。その真意を図りきれないながらも、覇者たちは行動を始める。戦場において、敗者に情をかける余地はない。数多くの戦いを超え、それを痛いほどに知る彼らだからこそ、それが可能であった。


 紅煉は怒りと憎悪の炎をその身に宿し、

 迅嵐はその手に暴風の化身たる剣を生み出し、

 紫花は雷鳴の如き速度を誇る強弓に矢をつがえ、

 雹は無数の氷塊を身に纏わせ、

 晶は色とりどりの結晶を輝かせて。


 各々が一つの意思をもって、彼らの主となる可能性のある存在へと刃を向ける。先陣を切り、飛び出したのは紅煉と紫花。


「脇役どもが。身の程を知レ」


 心底くだらない、といった表情で無数の斬撃を繰り出す極夜。しかし。


『迅嵐、手筈通りに』

『応(オウ)! やってやんよ!』


 強風が二人の体をあおり、紙一重のところで攻撃を躱させる。続けて紅煉の体から炎が次々に流れ出る。


「炎よ! 全てを灰燼と化せ!」


 目元から順にその体に罅が入り、更に炎の勢いも増していく。赤黒い炎は風に乗り、生きているかのように極夜の体を絡め取らんと迫る。

 視界に広がる炎を一太刀で切り払い、続けて刃を振りかぶった極夜。しかし、その視線の先にすでに紅煉はいない。真反対の方向へと飛び出していた紫花のもとへと移動し、次なる攻撃の体勢に入っている。

 紫花の権能、【雷光石火(ツガウヒバナ)】。対象を「電極」として設定し、本人の意思で反発、もしくは引き合わせることを可能とする……

 紅煉の炎を目眩ましとして極夜の背後に移動。自らの身体を雹の氷で固定。そして、紅煉を自身に引きつけ、続けて反発させる。


「脇役なんだろ、なあ! だったら避けてみろよ!」


 流石というべきか、強襲にも一切表情を動かすことなく回避行動をとろうとする極夜だが。


「儂らの存在も忘れてもらっては困るな」

「私たちは個はもとより、集にて心に力を発揮する。もっと早く、数のいないうちに始末しておくべきでしたね」


 完全に同時に、覇者の最年長二人は権能を発動する。


「【結晶ノ牢獄(ガラスノオリ)】!」

「【結(フー)】!」


 極夜が、特大の結晶の中に封じ込められる。


「あんたは俺達を舐めすぎだ。一度痛い目見てもらわねえとな」

「ムカつくが、今は同意見だぜぇ! 細切れになって、消えちまえ!」


 完全に動きを封じられた標的に、紅煉と迅嵐が迫る。


「【砕(サイ)】ッッ!」

「【業火(カイメツノホノオ)】ァ!」


 風の刃に切り刻まれ、赤黒い炎に灼かれて。澄んだ結晶が、甲高い音とともに塵となって消えた。

 そしてそれは、中に封じられた黒竜も同様……

 熾烈な戦いは、一人の犠牲の上に集結したかに見えた。



 そして。先程敗北し、犠牲になったはずの水竜。彼の手が僅かに動き、その剣を強く握りしめたことに気づく者は誰一人としていなかった。

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