第一章 43話 「逆襲 5」
久しぶりの復讐編です。視点がうろちょろして大変読みづらいと思いますが、どうぞお付き合いください。
温かな色の照明が柔らかく照らし出す、喫茶のような学内食堂の一角。そこでは見た目と裏腹に、冷たい視線の応酬が続いていた。
空間を支配していた沈黙を、少女が口元に手を当てながら破壊する。
「それで、5年生の首席さんが私に何の御用かしら?」
薄い灰色の長髪をいかにもお嬢様、と言った風に縦ロールに巻いた少女は首を傾げ、貼り付けたような微笑みを少年に向けた。しかしその目には冷たく、少年の真意を図ろうとする詮索の光と、一筋の困惑が現れている。
リリアナ・ワーレンス。6年生の首席。少年がこうして彼女を呼び出し、二人きりで密会している理由はほかでもないアメリアのためである。
「大変失礼なことをしました。僕ごときが先輩の貴重なお時間を奪うような真似をしてしまって」
だからこそ少年も徹底的に仮面を被り、本心を偽る。ここで彼女に借りを作ってしまえば、アメリアの立場を脅かす存在になりかねない。
「今回お呼びしたのは明日の宴会について、貴女と少しお話したいことがあったからなのですが……」
金髪の少年は自然な仕草でメニュー表を手繰り寄せる。
「ご注文は? 今日は僕がおごりますよ」
紳士然としたこの仕草も、全ては母の復讐のために身に着けたもの。しかし、結果としてこうした情報戦に応用することができている。
「ふふ、紳士ですのね。それでは遠慮なく、カフェラテを」
リリアナの注文を受け、少年は店員にそれを伝えると再び彼女に向き直る。
(本当に、アメリアの真逆だな)
仕草は全て非の打ち所がなく、笑い方も上品。さらには甘いものを好む。どこまで行っても完璧なお嬢様である。
「さて、本題に入りましょうか」
しかし、そんな雑念は思考の彼方へと追いやる。今処理すべき作業と、私情を切り分けて考える。機械のように復讐を突き詰めているせいか、少年はそんな割り切った思考を可能としていた。
「明日の宴会ですが、僕は一人の人物を失脚させようと考えています」
「あら、想像していた内容とは違いましたわ。てっきりアメリア様に関係があることかと」
様、と敬称をつけながらも、アメリアの名前の後に失笑の色が紛れたことを少年は見逃さなかった。リリアナはアメリアとは幼馴染に当たる関係であり、表面的な関係では少年の次にアメリアとの仲が良い。
だが、理想のお嬢様の代名詞とも言えるリリアナにとって「おてんば」のアメリアは軽蔑の対象となっているのだ。それは少なからずアメリアと親密な少年に対しても適応される。
(これだから貴族様は嫌いなんだよ)
内心ため息を付きながらも続ける。
「はは、アメリア様にも関係ありますよ。もちろん、貴女にもね」
少年の爽やかな笑みに、リリアナの表情が消えた。彼女はちょうど運ばれてきたコーヒーを手に取り、スプーンで混ぜ始める。少年は自分の分のブラックコーヒーを目を閉じて一口すすり、片目を開けてリリアナを見つめた。
「聞きましょう」
「では、単刀直入に。レイス・ロスノックという名前に聞き覚えは?」
スプーンを回す手が、止まった。必死で動揺を隠そうとしているのだろうが、青ざめた顔と震える手が焦りと恐怖を何よりも物語っている。
「知っているも何も、同じ学年の友人ですわ。彼がどうかしまして?」
この期に及んで白を切り続け、なおも口調を変えないのは流石と言うべきか。だが、残念ながら少年はこの程度で同情する人間ではない。アメリアを侮辱した時点で、誰であろうと粛清の対象である。
「白を切る必要はありませんよ、リリアナ先輩。貴女はレイスに好意を抱いていた。だが、レイスの趣味につきあわされ散々弱みを握られた上に心を傷つけられ、捨てられた。最も、そんな状態から今の状態まで立ち直れたことは称賛に値すると思いますが……」
「貴方、どこまで知っていますの?」
それ以上聞いていられなかったのか、声を被せるようにしてリリアナは口を開いた。
(滑稽だな。先程まであれだけ余裕ぶっておいて)
軽蔑の意を表に出すことなく、社交辞令としての笑みを彼女に向ける。
「もちろん、貴女の弱みもすべて知っていますよ。今ここで挙げてみましょうか?」
レイスの悪趣味なアルバム。部屋に侵入した僅かな時間で、少年はめぼしい情報を全て頭に叩き込んできた。その情報の中にリリアナの情報があったおかげで、今に至る。
彼の脅迫に反論を諦めたのか、リリアナは口を閉じたまま。会話の主導権は完全に少年にある。
「僕は明日、レイスを潰そうと考えています。ですが、彼には第二殿下の後ろ盾がある。僕一人でやるのは難しいでしょう。そこで、生徒会長の貴女に協力をお願いしたい」
要件を端的に、理解する暇を与えずに叩きつける。
少しの沈黙の後、少年のカップにはすでに何も入ってはいなかった。
「よいお返事を期待していますよ、先輩。もしその気があれば、今日の6時半に時計塔前でお会いしましょう」
すっかり冷めた液体に口をつけることもなく、ただ呆然とコップの持ち手に手をかけたままのリリアナをおいたまま、少年はその場をあとにした。
こつ、こつと冷たい足音を立てながら、少年は時計塔へと足を運ぶ。狭い窓から差し込んだ日光がその金髪に複雑な模様を映し出す。
やがて、彼の前方から数人の足音が現れた。先頭を歩く人物を認めた瞬間、少年の眉間に皺が寄る。
レイス・ロスノックが、得意のすました顔で先頭におり、その後ろに数人の男子が続いている。
互いに言葉は不要だった。すれ違うその瞬間、二人の視線が衝突し、空気が静かに張り詰めた。
(今に見ていろ。その余裕の面叩き潰してやる)
少年の怒りと、憎しみを込めたにこやかな笑みに対し、レイスの顔にも笑顔が浮かぶ。その中に一瞬だけ下卑たノイズが走ったことを、少年の観察眼は見逃さなかった。
一瞬の衝突。言葉を交わすことなく、足音は離れていく。全ては明日の宴会のために。
ここに戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
小さな窓から、時計塔前の噴水を見下ろす。そこに戸惑いと不安を抱えたまま佇む灰色の髪を認め、少年は再び微笑みを浮かべる。
しかし、それは先程目での怒りに満ちた復讐者の笑みではなく、獲物を見定めた捕食者の笑みであった。彼の計画は今、細い糸の上に成立しようとしているのだ。




