第一章 41話 「首狩りの悪魔 墜落編 4」
目を閉じ、鼻歌を歌いながらふわふわとした足取りで歩く愛美。雷は黙ってそれを見守りながら、常に周囲に意識を向けていた。
一見すればただ浮かれている可憐な少女に思えるが、彼女の行っている内容はそのような微笑ましいものでは決してなかった。
放課後になり、雷と愛美は首狩りの悪魔の足取りを追っていた。マスコミがこぞってこの話題を取り上げるせいで、首無し死体が発見された場所付近には好んで近づく人などいない。しかし、それが逆に二人にとって助かっているということもまた事実だった。
愛美が発動している魔法。それは、あらゆる痕跡を発見、分析し、当時の状況を推測するというもの。名を『再現』という。
唯一の弱点は、発動時に目を閉じなければいけないという点であり、先程から雷が張り詰めているのもそれが原因である。
「う〜ん、あっちに行ったみたい。追いかけよっか」
目を開け、魔法を解除した愛美。その額には汗が滲んでいる。よくよく観察してみれば顔色も青白く、足取りもおぼつかない。先程の魔法は消耗が激しいのだ。鼻歌を歌っていたのも、きっと疲労を誤魔化すためだろう。
「大丈夫? 一回休まない?」
雷は驚いたように瞬きを繰り返す彼女にタオルを差し出し、言った。
「君が倒れたらと思うと、胸が痛くなるんだ。だから、少し休憩しようよ」
自分で言っていて恥ずかしいほどに、気取った本音が漏れ出した。顔が熱くなっていくことを感じながらも、今更目を逸らすこともできずに彼女を見つめ続ける。
今もなお驚きの表情を浮かべる愛美は首をほんの少し傾け、その大きな瞳に雷を映して、そして微笑んだ。彼女の頬もまた紅潮し、瞳は細かく震えている。
「ありがと。雷くんはやっぱりすごく優しいね」
ほんのひとときの沈黙の後、愛美は再び口を開く。
「……そのっ、頼っても、いい?」
「……」
(いや、それは反則だろっ!!)
うわべこそ顔を赤らめる程度でおさめてはいたが、雷の心臓は悲鳴を上げていた。一言一言勇気を振り絞るようにして言葉を紡ぐ愛美の姿は、可憐という一言で片付けることが憚られるほどに小さく、可憐で、守りたいと思わせる力を持っていた。だが、彼にとってはそれだけではない。
自分に愛美を守る資格があるのか。そう問い続け、悩んでいた。その問いに、他でもない愛美が答えを出してくれた。ならば、彼の取る行動は一つしかない。
「もちろん。僕は愛美を守るために戦うんだから」
虚勢でもいい。彼女の守護者として、頼られるにふさわしい振る舞いをすればいい。
近くの公園に入り、ベンチに二人で座る。もう気温もすっかり涼しくなってきたというのに、すっかり出遅れた蝉が孤独に鳴いていた。
二人の間に、言葉はなかった。こうして何の危険もなく、穏やかな風の中で並んで座っていられる時間がとても貴重であるということを、二人とも理解していたのだ。
風が止み、茜色の光が木々を染め始める頃になってようやく、愛美は口を開いた。
「そういえば文化祭! 来週だよね!」
「あっ、忘れてた!」
悪魔との戦いに気を取られすぎて完全に忘れていたが、来週は彼らの高校の文化祭である。誰もが楽しみにしているのはもちろん、カップル誕生のイベントとしても知名度が高い。
(どうしよう。愛美といっしょに回りたいけど、きっともう予定組んでるよな……)
せっかく巡ってきた大チャンスだというのに、完全に機を逃した。だが、やはり簡単には諦められない。
「愛美、もしよかったら、だけど。文化祭展示、一緒に回らない……?」
「……えっ」
「いや、友達と約束とかあったらいいんだ。もしよかったらってだけで……」
きょとんとした表情で雷を見つめる愛美。つづいて、その小さな唇から言葉が紡がれる。
「わたし、元々雷くんといっしょに回ろうと思ってたけど……」
「……えっ?」
今度は雷が困惑する番だった。
(これって、そういうこと、なのか? いやでも愛美に限ってそんな……)
あまりに突然のことで、思考がフリーズする。
だが、数秒の経過とともに喜びで心は完全に塗り替えられてしまった。
「じゃあ、約束だよ」
「うん! 一緒に楽しもうね! だから……」
彼女はその小さな拳を可愛らしく突き上げた。
「あんな悪魔、さっさと倒しちゃおう!」
雷も負けずと、拳を突き上げる。地平線に隠れる直前の、最後の夕日が二人の影を地に長く伸ばしていた。
◇
一陣の風とともに、日が完全に落ちた。細い道には、金属が地面をこする耳障りな音が響く。
「真雲雷、殺ス……アメリノ、タメニ……」
その体には、痛々しい火傷のような痕が刻まれていた。愛美の魔法が悪魔の命を奪うまでには至らずとも、絶大な破壊を首無しの悪魔にもたらしていた。
と、世界の音が消える。
「サイズ、ああ、可哀想に」
金髪と、金の瞳。刻印の刻まれたその瞳が首狩りの悪魔、サイズを捉える。
それぞれの指に2つずつの指輪をはめた手が開かれ、膨大な魔力が溢れ出す。それと同時に、サイズの身の傷は跡形もなく消えていった。
「オオ、我ガ王ヨ。感謝イタシマス……!」
より一層の力を得たサイズは天を仰ぎ、狂ったようにない首を振りはじめる。そんな悪魔の、本来なら耳の存在する場所に口を近づけ、マモンは嗤った。
「今から男が来ます。それを殺しなさい」
黒い翼がその背から広がり、金色に輝く髪と美しい対比をなす。
「あなたの大切なアメリを横から奪おうとする……真雲雷。ただ殺すだけでは物足りませんね?」
その甘言は、同じく悪魔であるサイズをもってしても恐怖を覚えずにはいられない命令であった。
「二度と立ち上がれないように。あの忌まわしい少年の羽を折りなさい」
膝をつき、マモンに敬服の意を示すサイズ。
そこに、一人の足音が響いた。マモンの姿はすでにない。
強欲の魔王の忠実な処刑人は、鎌を再び振り上げる。全ては、取り戻すべき自らの首のために。
◇
突如として、雷の全身を悪寒が走った。愛美と並んで家へと向かっている道中、それは突然訪れる。
鳥肌が立ち、吐き気、目眩も同時に彼を襲う。何者かの悪意を感じた。強い、強い悪意。それは憎悪と呼ぶに差し支えない。そして、何より……
「嫌な予感が、する」
鉛のように重い手足を引きずって、走り出す。愛美の引き止める声も、今は届かない。この予感が、気のせいであってほしい。彼に許された唯一の思考は、そう祈ることのみであった。




