第一章 37話 「夜影強襲 5」
さて、堂々と宣戦布告を行ったわけだが、残念ながら勝算があるわけではない。極夜の権能は得体が知れないし、対処法だって確立できていない。
それでも戦うのが、主人公というものだ。
黒い刀身から、斬撃が再び放たれる。あれだけ攻撃を乱発しておいてガス欠にならないのだから、本当に得体の知れない奴だ。
僕たち竜は概念生命体であるため、基本的にエネルギーが切れて行動不能、といったことはないのだが、それでも一度に消費できるエネルギー量には限度がある。
僕は燃費が良く、連射できるが一撃の威力で劣る。「傾き」が小さい権能だ。一方で紅煉は燃費が悪く連射はできないが、一度放てば絶大な威力。相当「傾き」が大きい。
それに対して極夜はどうだ? 馬鹿みたいな威力に、とんでもない密度の攻撃。理不尽にもほどがある。
断雷様は種族が「半龍」。僕たち一般の竜よりも種族としての格が上だから、そのへんはどうにかなるのか。
「もう理不尽には、慣れたさ」
そう呟いてから、防御壁を展開する。
「【大海ノ渦盾】」
渦をなす水を盾として敵の攻撃を巻き込み、圧縮して無力化する盾。とにかく見栄えがいい。前使ったときには今よりも不完全な極夜に突破されてしまったが、時間稼ぎ程度なら可能だ。
「【水面ノ虚影】」
数でゴリ押す作戦は、前回ので相手に知られている。それならば、今回は数を絞って威力を上げる。
「【羅舞渦】」
「【水獣ノ槍】」
「【衝天瀧昇】」
海洋生物の名を冠する3つの技を、3つに分身した体で同時に発動する。仲間がいないのなら、自分を増やせばいい。僕にはそれだけの力がある。一人だとしても、何だってできる。
羅舞渦で上から逃げ道を塞ぎ、衝天瀧昇で下から斬り上げ。そして、水獣ノ槍で正面から攻撃。
これだけしておいてなんだが、通用する保証はない。
次を考えろ。常に相手の一手先、躱された時の対応を。
「…ただの虚勢かと思ったガ…なるほど、確かに少しは愉しめそうダ」
黒い刀身を反転させ、極夜は嗤う。
下からの攻撃を受け流し、刺突を躱して腹に蹴りを入れ、上からの斬撃を受け止める。見事に3人の攻撃に対処してみせる奴が僕よりも上手な気がして、腹が立つ。
…でも、大丈夫だ。ここまでが計画の内…
「【天海月】」
羅舞渦を放った分身体に本体を移し、再び、体を実体の水に転ずる。ただし対象は、先程蹴飛ばされて未だ滞空している僕の分身2体。条件は揃った。本当ならあと数体の分身を消費したかったのだが、仕方がない。
小細工は通じない。ならば、圧倒的な質量で押し潰す。
「僕は主人公だ! 孤独でも負けたりなんてしない! 【大海ノ鉄槌】!」
全身の力を込め、一閃。しかし、断海ノ剣から放たれた巨大な水の斬撃はとても極夜に届くとは思えないほどに薄く、軽い。僕の瞬間出力はやはり紅煉に比べて小さい。だから…
「後付けで威力を増大させればいい!」
最早分身としての役割を終え、滞空しているだけの高密度の水の塊と化した分身2体。その2つと極夜が一直線上に重なる今こそ、僕が狙っていた反撃の機会。
「呑み込め、白鯨!」
2つの給水地点を通過し、必中の一撃は巨大な鯨へと姿を転じ、必殺の一撃となる。そして、人の姿の極夜を一瞬のうちに呑み込んだ。
神殿の石造りの床に衝突し、鯨は弾け、もとの水へと戻っていく。
僕が創り出した技の中で最も威力の高い攻撃。【大海ノ鉄槌】は、周囲の水を吸収し、威力を何十倍、何百倍にも増大させて敵を呑む。
欠点としては今みたいに水がないところだと威力を上げるのに一工夫必要なところだが。
「完璧に決まったぞ…!」
分身を資源として、極大の一撃。我ながら自分の才能が恐ろしい。
と、次の瞬間。優越感に浸っていた僕を目掛けて黒い虫の足のようなものが無数に襲来した。これは、極夜か!? あれだけやってまだ動けるのかよ。
体制が悪い。避けきるのは無理だ。かと言って威力の相殺もおそらく難しい。数が多すぎる。
「くっ! 【渦逆護】!」
申し訳程度に防御体制に入る。でも、駄目だ。この技は体表に纏わせるという性質上、表面積の小さい人の姿では意味がない。
しかし、残念ながら体を竜の姿に転じさせることはできない。この狭い神殿内であの巨大な姿になろうものなら、身動きが取れず一瞬で殺られる。
一方でこのままでは、核を貫かれて一巻の終わりだ。
…うん、駄目だな。詰んだ。せめて皆と連携が取れてさえいれば…
『黎! とにかく水を出せ!』
紅煉の怒鳴り声が、脳内に響く。
連絡も受信しかまともにできず、意思疎通のできない仲間にすべてを賭けるなんて、正気の沙汰じゃない。だけど…
「やってやるよ、相棒!」
こういうのも、主人公っぽくていいじゃないか。
言われたとおり、自分を包む泡を作るイメージで。全方位に水を放出する。これで防げるとは到底思えないが…
「お前は先走りすぎだ。もう少し、私たちを頼れ」
「っ!」
新たな声が、可能性の到来を告げる。それに、寒い。体の芯まで冷えていくようだ。
「【結】」
冷気を切り裂いて放たれたその言葉は、僕を取り囲む水を一瞬で凍結させた。敵の攻撃は氷に阻まれ、かろうじて食い止められたようだ。
割れ落ちる氷の欠片が光を反射し、幻想的な空間を作り上げる。そして、その中心に彼は舞い降りた。
「遅くなった、すまない」
水色、と言うにはあまりにも透き通った長髪。その整った口元からは、白い冷気がこぼれ出る。大気中の水が凍り、彼の周囲を白く、輝かしく彩っていく。
「6人目の、覇者…」
安堵のあまり、口から漏れ出たのはそんな間抜けな言葉だった。
「『空の覇者』、雹。遅ればせながら参戦する」
氷の竜は、そう言って地に降り立った。




