第一章 33話 「夜影強襲 1」
荘厳な神殿の中に、暴風が吹き荒れる。その中心で拳を振るい、狂ったように笑うのは迅嵐。『翠の覇者』だ。その体に刻まれた刺青は彼が風を巻き起こすたびに緑色に光り、その力の発動を示す。代償とかがありそうな見た目だけど、特にそんな感じもしない。
見た目はかっこいいな。少しやってみたいかもしれない。
その暴風と相対するのは、紫電の火花を身に纏う、長髪の女性。『紫の覇者』、紫花。
こうして(目測で)30mほど離れ、呑気に実況している僕のところまでその余波が飛んでくるほどなのだから、戦いの凄まじいことといったらない。
それにしても不思議だ。明らかに体格のいい迅嵐の猛攻を、紫花は押されてこそいるものの軽くあしらっている。
「なあ紅煉。紫花って、ああ見えて力が強いんだな。」
「違う。紫花は、受け流している。迅嵐の手の内をすべて知っているからだ。戦闘能力が低い分、あいつはその分析力を武器に戦っている。」
僕が何気なく放った言葉に、紅煉はなぜか得意げな表情で言い返してきた。
さては、なんだかんだ言って紫花のことが好きなんだな。僕は紅煉の過去を知らないからよくわからないけど、さっさとくっつけばいいのに。
傍観する僕たちを差し置いて、紫花と迅嵐は相変わらず激闘を繰り広げている。
「いい加減にして、迅嵐。私たちが招集された理由を理解しているの?」
先程まで僕たちに向けられていた優しい声色とはうって変わり、怒りをはらんだ声が迅嵐へと向けられる。呼び方も、「ジンちゃん」から「迅嵐」と、硬い呼び方に変わっている。
「あぁ、理解してるさ。『残影の活性化及び断雷様の片割れの発見』だろォ。戦いが始まる...ハハッ、これを聞いて動かずにいられるかよ!」
ああ、わかった。この迅嵐という覇者は、紅煉とは違った方向の脳筋...わかりやすく言えば、戦闘狂だ。紅煉も大概だと思うけど、迅嵐はもっと話が通じない。
「わかってるなら今すぐに暴れるのを止めて。今はこんなことをしてる場合じゃない。結託して、脅威に立ち向かわなくてはならないの。」
「ハッ!笑わせるぜ。結託だと?俺達は覇者。圧倒的な力を持つ存在。戦う相手には不足してばかりだ。だが、今はどうだ?この場にはすでに紅、蒼、紫、そして俺の4人がいる!3対1で構わねえ。俺を楽しませろォ!」
「このバカ...!」
駄目だこいつ。戦闘狂の上に優先順位もわからない馬鹿だ。天龍様はよくこんな爆弾をうまく扱えるな。
「避けてばっかりじゃなくてよォ、もっと当たってこいよ!【裁断の竜巻】!」
「ちょっ、バカ!こんな狭いところでその技使ったらみんな細切れじゃない!」
別にこの神殿、狭くはないけどな。
刻一刻と激化していく戦闘を前に、僕が割り込んで止めることを考え始めた頃だった。
「お前たち、いい加減に止めろ。天龍様の城内だ。」
新たな声が現れた。それと同時に、無数の結晶でできた壁が、激闘を繰り広げる二人の覇者の間に現れる。僕の記憶が正しければ、たしかこの声は『橙の覇者』の...
「来たな、老害。」
「邪魔すんな!橙の老害!」
あれ?あまり歓迎されていないみたいだな。記憶の中では、迅嵐はこの橙の覇者のことを尊敬する素振りを見せていた気がしたのに、気の所為だったのか?こともあろうに、老害呼びなんて。しかも、紅煉まで老害呼ばわりしていた。
「最年長に向かって、何たる言い草だ。刃を納めろ。」
そう言って空中に無数の結晶を浮かばせる橙の覇者。すごく綺麗だし、その出で立ちも相まって威厳しかない。
「なあ、紅煉。なんで最年長の偉い人を老害なんて言うんだよ。普通に失礼だろ。」
紅煉は信じられない、といったように目を見開いが、すぐに諦めたように首を振った。
「ああ、お前は記憶を失ったんだったな。面倒くせえ。いいか、橙の覇者、晶はな、覇者の統率者のくせして賭けが大好きで、自分の核さえもベットするような賭け狂いだ。」
「リーダーがギャンブラーなんて、この組織終わってるだろ!」
なんなんだ、この組織は。僕は記憶喪失、紅煉は脳筋、迅嵐は戦闘狂、リーダーはギャンブラー。この中だと紫花が唯一のまとも枠だ。
世界を守る存在、とは言ったものの、僕たちが一番世界を壊してそうだな。
「それだけじゃねえ。この老害、俺達の核まで元金にしやがった。危うく覇者が3人一度に消滅するところだったんだよなァ!」
迅嵐のその言葉に、激しく頷く紅煉。2人とも脳筋なせいか、話はよく合うみたいだ。
先程まで紫花vs迅嵐だった構図が、気づけば晶vs紅煉&迅嵐へとシフトチェンジしつつある。空気は最悪だ。二次戦争が勃発しようとした、その時だった。
突然、背筋に悪寒が走った。その場にいた覇者たち全員が、僕と同じものを感じたらしく、一斉に動きを止め、神殿の外を凝視する。
「何だ、あれは...」
晶の口から、呆けたかのような声がこぼれ出る。仕方がないだろう。そこにあった光景は、とても現実のものとは思えない、認めたくもないものだったのだから。
影が、そこにはあった。蠢くそれらの一つ一つに目があり、口がある。鳥肌が立つほどに不快な空気を醸し出し、こちらへと迫ってきているのは、残影の軍団だった。そして、その中心で凶悪に嗤う存在。それこそが...
「ッハハ、お出ましかよ。断雷様の、黒い方の片割れ。」
戦いをこよなく愛するはずの迅嵐でさえ、そうして乾いた笑い声を上げることしかできなかった。それほどまでに、今僕たちの目の前に迫っている敵は強大で、そして邪悪なのだ。
「各自、戦闘態勢。今は眼の前の残影の掃討に尽力せよ。」
晶の声を合図に、僕たちは神殿の外へと踏み出した。
補足説明
橙の覇者、晶は大層な賭け事好きで、ちょくちょく人間の世界へと赴いてはギャンブルを楽しんでいます。また、彼の権能は取り込んだ宝石を再び結晶として顕現させられるというものですが、賭けに負けすぎてストックが無くなると、自分の核をチップに賭けを始めます。(竜の核は自ら光を放ち、とても美しい見た目をしているのです。)
ひどいときには他の覇者たちから核を強奪し、それを取り戻すために覇者たちが総動員されたこともありました。




