第一章 30話 「首狩りの悪魔 襲来編 3」
首のない悪魔は、その巨大な鎌を大きく振りかぶり、一足で雷の間合いへと踏み込んできた。
(速い!)
雷の体中に鳥肌が立つ。その体からは考えられないほどの猛烈な速度で、その凶刃が彼の首へと迫る。寸前のところでファルシオンをその軌道に割り込ませ、かろうじてその勢いを首に切り傷を付ける程度に留める。
痛みにはすでに慣れている。軽い切り傷ならば、魔法で簡単に直せるということもわかっている。だからこそ、彼は愛美に背中を任せ、恐れを知らずに戦えるのだ。
「雷くん、しゃがんで!『偽・束魔狼鎖』!」
愛美が使う魔法の中でも特に強力な、束縛魔法。対象を縛るだけでなく、その力を吸い取ることもできるという優れものである。
今までの戦闘では、愛美が遠距離から攻撃と拘束を行い、雷が近距離から剣で叩く。それが次第に作戦となっていっていた。
しかし、今回の敵は格が違った。愛美の拘束魔法が展開されようとしていた魔法陣を発見した瞬間、雷を差し置いて鎌で破壊したのだ。
結果、魔法は不発に終わり、拘束は失敗。雷と愛美の連携に、乱れが生じる。
雷の後ろにいた愛美へと、悪魔の狙いが移る。鎌が唸りを上げ、愛美へと迫る。
「愛美!危ない!」
雷は手に持ったファルシオンにありったけの魔力を込め、投擲した。まだ魔法の使い方を完全に理解したわけではないが、それでも魔力の流れをある程度制御することはできる。それが、彼の感情が高まっている時ともなれば、威力はより増大する。
ファルシオンは愛美を狙った敵の鎌を破壊はできなかったものの、その軌道をそらし、彼女の腕に長い傷を付けるに留まった。
「うぅっ!」
愛美の口から抑えきれない悲鳴が漏れ、その場に崩れ落ちる。命こそ助かったが、どうやら傷は浅くないようだ。
悪魔は無情にも動きを止めず、再び鎌を振り上げた。
ファルシオンの刃が魔力で光り輝き、愛美の、返り血を浴びてなお可憐なその顔を明るく照らし出す。
その瞬間、悪魔は手を止めた。存在しないはずの目で、まるで愛美の顔を凝視しているかのように、その頭のない首を愛美へと向ける。
「アメリ...アメリ!」
その存在しない口から、人名のような言葉が滑り出る。
悪魔は頭を抱え、呻き始める。明らかに異常で、不気味なその姿。しかし、何故か雷はその悪魔からとてつもない哀愁を感じ、動くことができなかった。
膠着状態の戦況を変えたのは、愛美だった。どうやら、長い呪文をこっそりと詠唱していたらしい。痛みに涙を流しながら、彼女は唱えた。
「...どうかわたしたちを守り、救いたまえ!『聖なる力の守護領域』!!」
白光が、路地を満たす。悪魔は悲鳴を上げ、その歪な姿を一瞬で消した。
光に照らされた空間で、雷はうずくまる愛美に駆け寄った。
「愛美、大丈夫?今治すよ。」
肩を震わせ、嗚咽を漏らす彼女の肩をそっと抱く。しかし、彼女は首を振り、蚊の鳴くような声で言った。
「怖かったっ...!本当に死んじゃうかもって思った!」
そう言って体を震わせ、涙を流す彼女はとてもか弱く、今にも壊れてしまいそうに見えた。
「『治癒』」
愛美の傷に治癒魔法をかけながら、雷は静かに囁いた。
「君は一人じゃない。それに、僕達は生きてるじゃないか。今回の敗北は、次の勝利につながるんだよ。」
愛美は、驚いたように顔を上げた。ずっと一人で戦ってきた彼女は、そのように励ましてくれる人もいなかったのだ。ならば、せめて心の支え程度にはなってやりたい、というのが雷の願いだった。それに、と言葉を続ける。
「僕の傷、治してもらえると嬉しいかな。ちょっとまずいかもしれない。」
実は先程から出血が激しく、雷は目眩を覚え始めていた。愛美が慌てて治癒を施し、傷は塞がったものの、倦怠感は残ったままだった。
「雷くん、しんどそう。家まで送ってあげるね。」
先程までの今にも泣き出しそうな少女の顔とはうって変わり、その表情は戦いに慣れた、余裕のある微笑みへと変わっていた。
そんな彼女の表情が、優しさが、雷の緊張の糸をほぐした。体から力が抜け、彼はその場にへたり込んだ。
「...やっぱり、ちょっとだけうちで休んでこっか。雷くんの家よりも近いしね。」
「うん、お言葉に甘えて、そうするよ。ありがとう。」
愛美に半ば担がれるようにして、暗くなりだした街を歩く。愛美はどこか照れくさそうに目を伏せ、雷の耳元で囁いた。
「なんか、こんな感じのことって前にもあったね。雷くんが初めて悪魔に襲われて、わたしの血で助けた時。」
その言葉に、雷はその時の出来事を鮮明に思い出した。あれは、4月の出来事。現在は7月なので、すでに3ヶ月が経過したことになる。
忘れられるはずもない。あの日、雷は一度死にかけたのだから。それにあの出来事がなければ、愛美との関係はただのクラスメイトのままだっただろう。そして、愛美は一人で戦い続けることになっていた。
「愛美、僕は後悔してないよ。君を一人で戦わせずに済むし、何より、君とこんなふうに話すことができるんだから。」
愛美の頬が赤くなり、その目から涙か再び溢れた。
「うん、ありがとう...!」
学校では常にアイドルのように明るい表情しか見せない彼女が、自分だけには感情を隠すことなく接してくれる。その状況が、雷にとってはたまらなく嬉しかった。...たとえ、自分の好意が彼女に届くことがなかったとしても。
愛美の家につき、二人はソファーに倒れ込んだ。慣れてきたとはいっても、疲れないはずがない。
二人はまだ高校生なのだ。精神的にも、身体的にもまだ未熟な面がある。
大きく息をつく愛美の頬についた血を、手を伸ばして拭う。愛美は猫のように目を閉じ、嬉しそうにその小さな手で雷の手を包むと、静かな寝息を立て始めた。
急いでスマホを取り出し、母に連絡を終えた瞬間、睡魔が襲ってきた。抵抗を試みるが敵わず、雷は目を閉じた。意識を手放す直前まで、彼の視界には愛美の微笑みが映されていた。
◇
女の後ろから、金属とアスファルトの擦れる不快な音が響く。
「こっ、来ないで!」
怯えたように叫び、彼女は後ろに鞄を投げた。静かな音とともに鞄は真っ二つに切り裂かれる。
「誰か!助けっ...!」
続く一撃が女の首を刈り取り、悲鳴は突然途絶えた。
「アメリ、アメリ、アメリ!オ前ノ首ヲ取リ戻スマデ、私ハ止マッタリナドシナイ!」
狂ったように鎌を振り回し、刈り取った首を握りつぶす。そんな悪魔のもとに、さらなる巨悪が舞い降りた。黒い翼をはためかせ、余裕のある足取りでゆっくりと悪魔の背後へと近づく。
「何をしているのですか、『サイズ』?貴方の求める首は先程まで目の前にあったでしょう。」
金髪に、金縁の眼鏡。特徴的な紋様が光を放つ、不思議な目。
「マモン様...!」
巨大な鎌を背負う首無しの悪魔は、敬うかのようにひざまずいた。
「貴方の目的は、アメリ、宵月愛美の首を獲ること。そのためには、横にいる真雲雷が邪魔なのです。」
『強欲』は、その目を細めて冷酷に告げた。
「...あの少年を、殺しなさい。そうすれば、あなたの悲願も叶うでしょう。」
「...仰セノママニ、王ヨ。」
...微笑ましい日常の裏で、陰謀は確実に進行していた。
首狩りの悪魔:個体名『サイズ(鎌)』
マモンによって創造された悪魔で、巨大な鎌で人の首を刈り取る。その体には頭がなく、自身の首として使うために人の首を求めている。
また、言葉遣いは男のものだが、体は女性。圧倒的な戦闘能力を持ち、何故か愛美の首に執着している。




