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名もなき物語〜主人公のいない物語〜  作者: 真黒
第一章 「世界の“矛盾”」
40/44

第一章 28話 「首狩りの悪魔 襲来編 1」

今回で40話目らしいです。

これからもよろしくお願いします!

 カツ、カツ、カツ。


 夜道に、足音が響く。


 カツ、カツ、カツ。


 硬い音が街灯の下を通り過ぎる。空に昏く厚く垂れ込めた雲は、まるで地上からの光を天に渡すまいとしているかのよう。

 月明かりもなく、ポツポツと設置されている街灯の微かな灯のみが、道を歩く男の道標となっていた。仕事の疲れで、がっくりと肩を落とすその男には、一刻も早く家に帰りたいという思いが重く立ち込めていた。

 ここまで視界の悪い状況でなければ、彼も気付いただろう。前方から近づいてくる足音の主が、明らかに異常な姿をしていることを。

 恐ろしいほどに規則的な足音が、男とすれ違う。


 チャリン。


 音を立て、足音の主から一枚の硬貨が転がり落ちる。男が、それに目をとめた。

 それを拾い上げ、男は疑問に目を細めた。この国の通貨ではない、黒ずんだ硬貨。金貨だ。

 しかし、疑念を振り払うようにして男はすれ違った相手へと一歩を踏み出す。その一歩を踏み出さなければ、彼の運命も変わっただろうか。


「すみません。これ、落としましたよ。」


 それを聞き、すれ違った相手はぴたりと足を止めた。


「...シ、マシタヨ。」


「はい?」


 疲れ切った男は苛立ちを隠せぬ声で聞き返す。すると、相手の体が小刻みに痙攣を始めた。


「あの...?」


 次第に疑惑が恐怖に変わり、男は一歩後ずさる。

 すると突然その相手は男にぐっと顔を近づけ、頭のない顔を見せつけた。


「貴方ノ首、落シマシタヨォ...!」


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」


 首から上のない相手は、その反応を見て嘲笑うかのように体を震わせた。

 男は恐怖のままに逃げ出そうとして...できなかった。

 彼の首は、すでに刈り取られていた。頭をなくした男の体がゆっくりと倒れ、首から血液が大量に吹き出し、黒いアスファルトを暗く光らせる。

 恐怖の表情のまま固まった男の頭を、首なしの怪物はその青白い細い腕で持ち上げ、自身の何もない首に嵌めた。

 続いて、その顔をペタペタと触る。


「これも違う。」


 先ほど殺された男の声で呟くと、怪物は頭を握り潰した。


「アメリ、お前の首は一体どこにある?」


 虚空から紡がれる言葉は次第にしぼみ、消えていく。その代わりに、狂気的な決意が果てしない悪意となって溢れ出す。


「いや、お前の首でなくともいい。お前の体にふさわしい首ならば、なんでもいい。私は全てをかけて首を見つける。それが私にできるただ一つの贖罪なのだから...」


 鎌を引きずる耳障りな音を立てながら、冷たい足音は、夜の闇に紛れて消えた。




 ◇

 雷はいつものように、歩き慣れた迷宮のような道を抜けた。と、そんな彼の背中に何かがぶつかってきた。


「おはよ!雷くん!」


 振り返ると、そこには天使のような笑顔を浮かべた少女がいた。詳しく説明するまでもない。艶めく黒髪に、人を魅了する不思議な瞳。少しはねたくせ毛が特徴の彼女は、


「おはよう、愛美。今日も元気だね。」


 宵月愛美。この絶世の美少女は、奇しくも雷と同じクラスで、隣の席の住人である。

 雷もうわべこそ冷静なふりをして過ごしているが、ここまで距離を詰められては、流石に顔が赤くなるのを抑えられない。


「赤くなった!今日はわたしの勝ちだね!」


 そう言って愛美は、ぺろりと舌を出した。ここ最近、彼女はなぜか雷を「照れさせる」ことに夢中なのだ。


「君にそんな風に言われたら誰だって照れるだろ。」


 無論、雷は全戦全敗中。彼女の魅了の前では、得意のポーカーフェイスも続かない。側から見れば微笑ましいカップルか、あるいは羨望の眼差しで見られるであろう2人。しかし、2人には想像を絶する秘密がある。


「ところで、雷くん。」

「何?」

「聞いた?昨日のニュース。最近この辺で、首無しの死体が見つかったんだって。」

「ああ、あのニュース。僕もみたよ。怖い事件だよね。治安のいい街なのに。」

「怖い、よね。もしも、もしもだよ?遭遇したら、その時はわたしを護ってね?」


 上目遣いにそう頼まれ、雷は勢いよく頷いた。


「ああ。君は絶対に、僕が守る。」


 それを聞いた愛美は満足げに微笑んだが、次の瞬間には吹き出した。


「なんで笑うんだよ。」

「ふふっ、ごめんね?あんまり真面目に答えるんだもん。可笑しくなっちゃった。それに、早ければ今日の夜にでもわたし、その犯人に会いに行く予定だよ?」

「...え?」


 愛美は髪をさらりとかき上げ、ゆっくりと笑みを消した。


「だってこれ、悪魔の仕業だもん。」


 雷の口が、あんぐり開いた。

 二人の共有する、二人だけの秘密。それは、この世界にはびこる悪魔に関する情報。

 二人はこれまでに、数体の悪魔を倒してきた。もっとも、雷が討伐に参加するようになったのはたった数ヶ月前のことなのだが。

 悪魔との初めての邂逅を思い出すと、今でもとてもいい気分にはなれない。

 彼は、三ヶ月前に悪魔によって致命傷を負わされた。その状況から雷の命を救ったのが、他でもない愛美だった。彼女は、その血を雷に飲ませ、傷を癒やした。

 彼女は幼い頃から悪魔と闘っており、血を飲ませたことは苦渋の決断だったと話す。血を飲むことは、契約であり、その契約を結んだ以上、雷も悪魔と闘わなくてはならないという。

 愛美は魔法で悪魔を倒すことができるが、身体能力は普通の人間と同等。さらには、魔法は近距離線を得意としない。

 よって、前衛となってくれる存在が欲しいらしい。

 その契約に応じ、雷と愛美は悪魔と戦っているのだ。


「大丈夫だよ。魔法だったらわたし、強いもん。それに、雷くんが護ってくれるんでしょ?」

「う、うん。」


 その可憐さに思わず雷が頷くと、愛美は首を傾けて微笑んだ。その瞳が淡く光ったように見えて、瞬きをする。


「じゃあ、大丈夫!行こう!作戦会議は昼と、放課後ね!」


 相変わらずマイペースな愛美に、雷は苦笑した。

 走り出す彼女を追いかけ、川沿いを走る。と、彼の横を一陣の風が吹き抜けていった。疾走する少年が二人の前でターンを決め、にやりと笑みを浮かべる。


「よお、雷。あと宵月さん。」

「おはよう、純也。」

「おはよ!風間くん。」


 雷の幼なじみであり、クラスメイトの風間純也が二人の目の前に立っていた。見るからに運動のできそうな彼は、どのスポーツでも大会で優勝してしまう正真正銘の怪物だ。

 正直なところ、雷よりも純也に前衛を頼めば良かったのでは、と思うこともよくある。素の戦闘能力が強い彼の方が、悪魔と戦うのには向いているだろう。

 愛美にそう伝えたこともあったのだが、彼女は首を振り、寂しそうにこう告げた。


「わたしが今まで誰にも一緒に戦って欲しいって言わなかったのは、この契約が血を使ったものだからなの。血を使った契約は、その人の運命まで縛ってしまう。だから、それをよく知らない人に契約をお願いするのは、嫌なの。」


 雷が彼女と契約を結んだのは、彼が大怪我をして、生死の境を彷徨っていたとき。愛美の血がなければ、雷は助からなかった。だから、彼女にとってもこの契約は苦渋の決断だったのだ。

 そんな話をするときの彼女の表情は本当に辛そうで、雷は二度と彼女にそんな顔をさせたくはなかった。彼女に一番よく似合うのは、笑顔なのだから。


「どうしたの、風間くん?もしかして、また宿題が終わってないの?」


 愛美のその台詞に、純也の顔が痛いところを突かれた、というように歪む。図星だ。そもそも、朝二人で登校しているときは純也は空気を読んで近づかないことがほとんどだ。

 それをかなぐり捨てて割り込んできたと言うことは、それなりの理由があるはず。そして、いつでも話しかけられる雷ではなく愛美のいるところにやってくるということは、理由は一つ。

 終わっていない宿題を、勉強のできる愛美にやってもらおうと交渉しに来たということだ。


「英語の宿題がわっかんねーんだ。俺、馬鹿だからよ。」

「いいけど...自分で解かないと授業で困るよ?今日、17日でしょ?風間くん17番だったよね?」

「そうじゃん。どうしよ。」

「お前が宿題やらないのが悪いんだろ...」


 雷がどうしようもない幼なじみに呆れていると、愛美がぽん、と手を打った。


「じゃあ、解説も書いといてあげる。教室に着いたら...」

「あざっす!邪魔して悪かった!」


 皆まで言わぬうちに、純也は駆けていってしまった。雷は愛美と目を合わせ、苦笑した。


「ごめん。純也がいろいろと。」

「ううん、いいの。あんな風にわたしと普通に接してくれる人、雷くんと佳奈ちゃん以外では初めてだから。」


 そう言って嬉しそうに自分の頬を指でなぞる彼女を見て、少しだけ反感を覚える。


(僕だけに頼って欲しい。)


 そんな自分の考えに少し驚き、雷は愛美が歩き出していることにも気づかずに立ち止まってしまっていた。愛美の支えになることが、一番の目的のはずだった。しかし、いつの間にか愛美に自分のことを好きになって欲しいという気持ちの方が強くなってしまっている。


(駄目だ。今は、首なし死体の悪魔から愛美を護ることだけ考えないと。)


 一人で葛藤していると、頬に暖かいものが当たった。驚いて顔を上げると、目の前にはこちらをのぞき込む愛実の顔が当たった。その右手の人差し指は、雷の頬に当てられている。


「ちょっ、近っ。」


 その距離感の近さに雷が顔を赤らめると、愛美がしてやったりと言わんばかりに表情をやわらげた。


「雷くんは、特別だよ?だって、わたしの秘密を知ってるのはあなただけだもの。」


 そう言って愛美は微笑んだ。その言葉に、心の中のわだかまりが消えていく気がした。


(馬鹿だ、僕は。護る、護ると言って結局助けられてばかり。)


「僕も、君が大切だから。だから君のために戦うんだ。」


 そう言って心の中を素直に吐露する。愛美は人を惑わすのが上手い割に、自分が距離を詰められることには免疫がない。予想通り、その可憐な顔が真っ赤に染まっていく。

 しかし、今日はそれだけでは終わらなかった。


「いっつもそんなこと言って...!」


 赤い顔もそのままに、愛美が耳元に口を近づけてくる。


「え、ちょっと、愛美?」


 思いがけない反撃に一歩後ずさると、愛美は妖しく光を放つ瞳で微笑んだ。


「わたしだって仕返しくらいするんだよ?」


 小さな形のいい唇がその言葉を紡ぎ、その熱い息が耳にかかる。そして、一瞬だけ湿った感触が耳に触れた。顔が赤くなるのを止められず、雷は思わず頬を押さえた。


「もっとして欲しい?」


 魅惑の声が、理性を誘惑する。


(違う、そんなことのために僕は愛美といるんじゃない。)


「いや、いいよ!」


 意志力を振り絞り、なんとか彼女から顔を離す。

 不満げな愛美を眺めながら、そっと胸をなで下ろす。近頃、愛美の雷に対する距離感が本当に近い。もちろん、雷にとっては嫌どころか嬉しいくらいだが、愛美が周りに人がいてもかまわずに近づいてくるせいで周囲の目が怖い。


「嫌なわけじゃないんだ、断じて!」


 愛美が少しだけ傷ついた顔をしたので、慌てて言い訳をする。


「ふ~ん。じゃあ、何でダメなの?」

「僕の心臓が、持たない。」

「...まあ、それならいいけど。」


 機嫌を直した様子の愛美を見て、ほっと一息つく。


「じゃあ、行こっか。」


 愛美に手を引かれ、雷は歩き出した。

今回から悪魔編の一つの転換点となります。安直ですが、題して「首狩り編」です。

相変わらず行ったり来たりのストーリですが,気長にお付き合いください。

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