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名もなき物語〜主人公のいない物語〜  作者: 真黒
第一章 「世界の“矛盾”」
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第一章 27話 「覇者の中の紅一点」

今回は筆が乗ったので、かなり早く更新できました。

物語も少しずつ動き出します。

 優しく、しかし逃げることを許さない声が僕を捕える。恐る恐る振り返ると、紫花(シーカ)は相変わらずの笑顔でそこに立っていた。

 彼女に促されるままに、だだっ広い石造りの広間の真ん中に座り込む。


「レイちゃんはグレちゃんのこと、嫌い?」


 突然の質問に、僕は瞬きをした。僕が紅煉のことをどう思っているのか。少なくとも、嫌いではない。むしろ、好きな方だとは思う。でも、それはあくまで「相棒」として好きなのであって、彼自身の性格や言動に起因する感情ではない。

 僕が主人公で、紅煉はその相棒。相棒に敵意を抱く主人公なんて、そういないだろう。だから、僕は首を横に振った。


「いえ、嫌いじゃないですけど...」

「タメでいいんだよ?無理にとは言わないけど...そっか。嫌いじゃないんだ。」


 そういった彼女の顔には、なぜか少し影が差していた。一応タメで話してもいいというお許しをもらったので、ゆっくりと口を開く。少し直球すぎる気がしなくもないが、流石に殺されはしないだろう。


「紫花は、紅煉のことが好きなの?」

「...えっ?」


 完全に予想外の質問だったようで、彼女の目は大きく見開かれた。そして、次の瞬間、その顔が真っ赤に染まっていった。


「...わかる?そんなに。」

「まあ、なんとなく。」


 彼女は手で顔を覆い、恥ずかしそうに首を振った。案外人間らしい一面もあるんだな。

 というより、紅煉は何なんだよ。こんな美人に好かれて、仲良くしているのに。なんであいつはあんなに消極的なんだ。


「思ってることを言えばいいのに。紅煉だってきっと、嫌な気はしないと思う。」


 なんの気なしに言った言葉だった。しかし、彼女の動きがピタリと止まる。


「それ、本気で言ってるの?」


 なぜかは知れないが、僕の迂闊な発言が彼女の逆鱗に触れたようだ。空気が電気を孕み、音を立てる。紫色の火花があたりを照らし始める。


「ちょっと待って!なんでそんなに怒るんだよ!」


 必死で後退りして、弁明する。僕の招いた結果だとはわかっていても、言い訳に過ぎないとわかっていても、せめて理由くらいは知りたい。

 いや、でも記憶がないのは僕だ。何か、触れてはいけないものにがっつり触れていたとしたら、非は間違いなく僕にある。

 ところが、紫花の怒りは次第に静まっていった。空気中の電気も次第に勢いを失い、光が消えていく。そして、彼女は疲れたように呟いた。


「そっか。記憶がないんだっけ。」


 どうやら、紅煉が話しておいてくれたらしい。紫花はゆっくりと腰を下ろし、その紫紺の瞳を潤ませて言った。その表情に、思わずどきりとしてしまう。それほどまでに、その表情は魅力的で、悲劇的だった。


「わかった。あんまり話しすぎるとグレちゃんに怒られちゃうから、ちょっと端折って説明するね。」

「うん。」


 紫花はかろうじて笑みを浮かべると、話し始めた。


「グレちゃんは、ホントは優しくて大人しい子なの。責任感が強くて、人の分まで背負い込んじゃうの。だから、許せなかったんだと思う。」

「許せなかったって、僕のことが?」

「それは、私にはわからない。私が知ってるのは、あの子が自分の不手際で大失敗をしてしまったってことだけ。あの子、ああ見えて繊細なの。だからね、あの子は誰よりも努力して、強くなった。弱いと蔑まれていた能力で、誰もが認める覇者になったの。」


 恋する乙女の顔だ。実際に見たことはないけれど、はっきりと分かった。

 それに、ただの脳筋戦闘狂だと思っていた紅煉が、ストイックな主人公タイプだったことも意外だ。というか、やっぱり何回見てもこの人、紫花。美人だ。

 紅煉に殴られそうな気がして、慌てて思考を切り替える。

 大体、弱いと蔑まれていたって言うけど、あの炎が弱いわけがない。ものすごい勢いで燃え広がるし、なかなか消えないし。正直言ってまともに正面からやり合いたいとは思わない。

 でも、今それについてどうこう言ったところで何も生まない。


「紫花は、輝いてるね。恋してる。僕、応援するよ。」

「えっ?嘘、ホントに?嬉しいけど...レイちゃん、そんなこと言っちゃうような感じじゃなかったよ?」


 嬉しそうながらも戸惑った様子の彼女に右手の親指を立て、突き出す。


「なんてったって僕は、主人公だからね!」


 紫花は明るい笑みを浮かべて、親指を立てた。




 ◇


「それじゃあ、僕は紅煉を呼んでくるよ。一度みんなで話し合ったほうがいいしね。」


 そう黎は告げ、紫花のもとを離れていった。その様子を、彼女は優しく見守っていたが、やがて嬉しそうに呟いた。


「思い出すな。あの子が、グレちゃんがここに来たときのこと。」


 霊の姿が見えなくなり、一人きりになる。目を閉じると、当時の情景がまだ鮮明に思い出せる。記憶に身を任せて、体の力を抜く。そうしていると、かつての出来事がまるで映画を見ているかのように蘇ってきた。




「はじめまして、紅煉といいます。」


 そう言って無表情に一礼したのが、紅煉だった。当時覇者の中で最年少だった紫花にとって、自分よりも年下の覇者が増えることは喜ばしいことだった。

 次期覇者として実績を期待されていた彼は、紫花にとって可愛い後輩のような立場だったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、紫花が話しかけてもあくまで冷静に対応してきた。とはいえ、彼も感情が全く無かったわけではない。次第に心を開き、自身の悩みなどを紫花に話してくるようになった。

 いつしか、紫花自身の心も、紅煉へと向き始めていたのだろう。もっともそれに気付くことになるのは、この関係が壊れた瞬間だったのだが。

 ある事件を境に、紅煉は変わってしまった。彼の能力だった儚い炎は、彼自身の怒りによって地獄の業火へと大きく躍進したのだ。

 その炎は残影の掃討に大きく貢献し、紅煉は無事、「紅の覇者」となった。

 しかし、二人の関係は大きく変わってしまった。全てに怒り、自身の負の感情を燃やす紅煉。静かで優しい少年は、激しく燃える青年へと変貌してしまったのだ。


「グレちゃん、大丈夫?私で良かったら、いくらでも付き合ってあげるよ?」


 純粋な、心配する気持ち。それは彼にも伝わっていたようだった。覇者になる前の関係の影響で紫花にだけ心を少し開いていたこともあり、彼は滅多に見せない表情を見せた。


「紫花。ありがとう。...でも、駄目なんだ。俺は、幸せになったら、心を救われたら駄目なんだ...!!」


 その赤い瞳を抱えた目の端から、涙のように火花が零れ落ちた。しかし、瞬き一つで彼の表情は切り替わる。


「俺は全ての残影を燃やす。俺の不甲斐なさで起こった悲劇は、もう二度と起こさせはしない。だから...」


 紫花が彼の頬に伸ばした手をくすぐったそうに受け入れながら、彼は獰猛な笑みを浮かべた。その笑みの片隅に、かつての物静かな表情の片鱗を感じ、紫花の目から涙がこぼれた。


「だから、俺が怒りに飲まれて、自分すらも燃やし尽くしてしまいそうになったら、お前が止めてくれ。こんなことは、お前にしか頼めない。()()だった頃を誰よりも知っている、お前にしか。」


 その誓いが、紫花の紅煉に対する想いを決定的に定めることとなった。




 突然の足音に、追憶が遮られる。紫花が慌てて顔を上げると、紅煉と黎、白夜の3人組が帰還したところだった。


「戻った。勝手に飛び出してすまねえ。」

「いいのよ。気分転換は大事でしょ?」


 なぜか随分とすっきりした顔の紅煉に疑問を抱きつつも、ひとまず彼女は想い人の明るい表情に喜びを覚える。しかし、その矢先。


「よぉ紫花ァ。来てやったぞォ。」


 緑髪に、翠緑の瞳。大胆に露出した、筋肉質な上半身には、緑色の入れ墨がいくつも刻まれている。


「ジンちゃん、久しぶりね。」

「ッハハ、紅煉の時よりずいぶん冷たいじゃねぇか。」


 腕組みをして、下品とも言えるほどの笑みを浮かべる緑の男。一陣の風が吹き荒れ、その髪を乱す。


「『翠の覇者』、迅嵐。招集に応じて見参。なんてなァ。そんな堅苦しい挨拶は、俺には似合わねえ。」


 迅嵐は、両の拳を打ち付けた。その瞬間、理解する。紅煉の表情がやけに爽やかだった理由を。


「言葉は無用!さあ、拳で語り合おうぜェ!」


 覇者随一の戦闘狂、迅嵐。きっと、先程まで外で紅煉と手合わせでもしていたのだ、ということが紫花の出した結論だった。


「じゃあ私も、手加減する理由はないね...!」


 疾風と紫電が、交差する。

僅かですが、紅煉の過去が明らかになりました。

竜という種族でありながら、覇者の面々はかなり人間くさい性格をしています。

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