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名もなき物語〜主人公のいない物語〜  作者: 真黒
第一章 「世界の“矛盾”」
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第一章 24話 「逆襲 4」

「はあ、疲れた。」


 一日の授業を全て終え、その合間に諜報活動。その上に、アメリアのメンタルケア。しかも、彼は表向きは優等生の仮面をかぶって行動せねばならず、当然教師から声をかけられることも多くなる。

 そんな無数の視線を掻い潜り、情報を集めるのだ。彼にかかる心労は計り知れない。

 比喩ではなく、彼はそれこそ死ぬほど疲れていた。


(駄目だ。整理しないと。)


 目を閉じ、一日で得た情報を整理する。



 前提として、第二皇子であるシャレンは、第一皇子、つまり兄であるシグマと大変仲が悪い。というのも、シグマとシャレンは20ほど年が離れており、後から生まれたシャレンの方が王族の血が濃いのだ。

 結果としてシャレンを支持する貴族の方が多くなり、第一皇子派閥の方が少数派となっている。

 アメリアの父、レンドール・ロンドは第一皇子派閥の貴族だ。その娘のアメリアもまた、第一皇子派閥。この学院を運営する第二皇子派閥からしたら邪魔以外の何物でもない。

 そして、問題のレイス・ロスノック。奴は第二皇子派閥だ。

 普通なら公爵令嬢であるアメリアに侯爵の息子のレイスが手を出したりすれば、それも彼の気色の悪い趣味のためともなればなおさら、レイスが無事で済むはずもない。

 しかし、この学院の奇跡的な環境がそれを可能にしていた。第二皇子派閥で一番格が高いのは、皮肉にもレイスその人である。よって、この学院内では彼の趣味が黙認されている。そういった訳なのだろう。



(考えただけでも頭が痛くなるな。啖呵を切っちまった以上やるしかないんだが。勝ち筋が見えない。)


 頭痛を感じ、目を閉じる。


「はぁ。どうしたものか。」


 そのとき、突然扉がたたかれた。


「誰ですか?僕、今忙しいんですけど。」

「あたしよ。あ、た、し。アメリア。開けるわよ。」


 少年が承諾するよりも早く扉が開き、アメリアが入ってきた。


「お前なあ、人の部屋に入るんだったらきちんと承諾されてからにしろよ。」

「だって⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の部屋じゃん。あたしの部屋みたいなもんでしょ。」

「お前なあ、男の部屋に一人で入っていくお嬢様がどこにいるんだよ。変な噂でも流されたらどうする気なんだ。」

「有名でしょ。あたしたち、恋人みたいだけど普通の友達だって。だから、大丈夫よっ。」


 確かに彼女の言うとおりだ。それは、少年が一番よく知っている。その情報は、ほかでもない少年が広めているものなのだから。

 万が一にでも出自のよくわからない自分とアメリアに恋愛関係があるという噂を流してはいけない。彼女は、将来どこかの貴族の子供と結婚しなくてはならないのだから。


(俺の想いなんて、こいつの幸せの前では無意味だ。俺の感情で、こいつに嫌な思いをさせるわけにはいかない。それに、俺の復讐に関わってしまえば、こいつまで不幸になる。)


 少年はアメリアが好きだった。好きだったからこそ、彼女にとっての本当の幸せを望んでいた。自分がアメリアと結ばれることなど、考えてすらいなかった。


 そんな少年の思いを知るはずもなく、アメリアはドアを閉め、少年愛用の寝椅子に腰掛けた。足をぶらぶらさせて、少年を見つめてくる。


「ねえ、今日の地学の問題わからなかった。教えて。」


 銀髪を揺らしながらアメリアが当然のような顔で勉強を教えるよう迫ってくる。いつものことだ。

 今日はすっかり疲れ切っているにもかかわらず、少年はそれを顔に出さずに課題を取り出した。

 いつもなら、アメリアは天真爛漫な笑みを浮かべて熱心に勉強に励み出すのだが、今日は違った。眉をひそめて少年に近づき、両腕をつかんで押し倒してきた。

 運動の成績のよい少年であれば、ひ弱な少女の拘束はねのけることなど容易い。しかし、今日だけは違った。あまりの疲労で、手足に力が入らない。


「...何のつもりだ。」

「あんた、無理してるでしょ。

「何を...」

「隠しても無駄。あたしにはわかる。」


 上に乗られ、完全に抵抗できなくなる。


「どけよ。勉強、わからないんだろ。教えてやるから。」

「だめ。...っなんでわかんないのよ!」


 彼女の目から涙がこぼれ、頬を伝って少年の顔に落ちた。彼はその冷たい感覚に驚き、目を見開いてアメリアを見つめた。


「あんたが倒れたらっ、あたし、あんたがいないと壊れるわよ!だからっ、だから自分のことももっと大切にしてよっ...!」


 アメリアはそう言って少年の体を抱きしめた。


「ねえ、お願い。今は休んで。後で起こすから。」


 もがいても逃れられず、諦めて目を閉じる。疲労もあり、アメリアの体温に包まれるうちに急激に眠気が襲ってきた。

 意識が暗転し、泥沼のような不快な眠りに落ちる。深く、深く眠りの底へと沈んでいく。最近は夜もほとんど寝ていなかったため、ここまでぐっすり眠れたのは彼にとってとても久しい出来事だった。



 何かが顔にかかり、少年は眠りから引き戻された。辺りはもう真っ暗で、丁度真夜中を告げる鐘の音がかすかに聞こえていた。

 そして、少年の上に抱きついたまま、アメリアが寝ていた。彼女の寝息が先ほどから顔に当たっている。


(なんだよ。起こすとか言っといて結局お前も寝てるじゃん。)


 どかそうとするが、完全に下敷きになっているせいで力が入らない。今改めて近くで見て気付いたが、アメリアの方が少年よりも少しだけ身長が大きい。


(入学時は俺の方が大きかったのに。なんか複雑だな。)


「おい、アメリア。課題終わってねえだろ。起きろ。」

「...ふあぁぁぁっ、あれ、すっごい真っ暗。」


 アメリアはぼ~っとした顔であたりを見渡していたが、やがて自分のしている行動に気付いて飛び上がり、少年から離れた。


「なっ、なっ、何してんのよっ!馬鹿っ!」


 薄暗い部屋でもわかるほどに顔を赤くして、アメリアは手近にあったクッションをつかんで投げてきた。


「いや、お前が勝手にやったんだろ!大体、俺があんなことを自分からすると思うか?」

「...たしかに。しないかも。」

「...はあ。とりあえず歴史の課題出せ。終わらせないと先生に怒られるぞ。」


 しかし、アメリアは大きくあくびをしながら首を振った。


「ううん、明日の朝にリリアナちゃんに教えてもらうから、いい。あんたはちゃんと休みなさい。」

「そうか、わかった。...まて、リリアナってお前の幼馴染みで、生徒会長のあいつだよな?」

「う、うん。そうだけど。」


 アメリアの発言で、一つの考えが脳裏をよぎる。


(なんで今まで思いつかなかったんだ。もっと早く気付いてもよかったはずだ。...疲れもあったんだろうが。まあ、気付けただけでいい。これで、奴に思い知らせてやれる。)


 抵抗されるのにもかまわず、アメリアを抱き寄せる。


「なにすんのっ!」


 まんざらでもなさそうに抵抗するふりをするアメリア。しかし、少年はそんな目的で彼女を抱き寄せたわけではない。

 歪んだ笑みが、少年の口に浮かんでいた。それを見せないために、アメリアの頭を触るふりをして顔の向きを変えさせる。


(見ていろ。啖呵を切ったときは失敗だと思ったが、これで挽回だ。アメリアを傷つけたことを後悔させてやる。)


「アメリア、今日はありがとう。お前のおかげで疲れがとれた。」

「ふ、ふ~ん、あっそ。ならいいんだけど。」


 彼女を離し、目を見て言う。


「俺はもう大丈夫だから、帰っていいんだぞ。」


 正直なところ、もう寝るつもりはなかった。計画がはっきりした以上、後は詳細を考えるだけだ。しかし、


「嫌。帰らない。」

「なんでだよ。」


 アメリアは依然としてベッドの上に座り込み、動こうとしなかった。


「だって、さみしいんだもん。」

「お前、昨日もそれ言ってたよな?」

「あと一週間くらいは来るから。」

「どや顔で言うな、どや顔で。」


 ため息をつきながらも、再びベッドに横になる。


「まあ、頼られて悪い気はしないな。」

「あは、そういうと思った。」


 夜は更けていく。手を取り合い、主席と次席は眠りに落ちていった。

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