第一章 25話 「すべてを識る賢王」
久しぶりの投稿となりました。
紅煉を連れ、僕は白夜の目の届かない茂みに潜り込んだ。
「何だ?ここまでしておいてくだらない内容だったら承知せんぞ。」
イレギュラーに次ぐイレギュラー。紅煉の機嫌が悪いのも仕方がない。しかし、今はそんな悠長なことを言っていられる状況ではない。もしも本当に白夜が断雷様の片割れだったとして、何も企んでいないとは到底言い切れないからだ。
少なくとも僕がその可能性に気づいていることを向こうに悟られるのは避けたい。
「紅煉、聞いてくれ。あの白竜、白夜は断雷様のもう片方の片割れかもしれない。」
予想していたとおり、彼の表情はなんとも言えない苦々しい顔に変貌していった。
「それで…何か策はあるのか?」
予想していたよりも当たりが弱く、少しだけ意外だ。てっきり敵意をぶつけられるものだと考えていたが、読み違えたのだろうか。まあ、頼られているのだ。悪い気はしない。
さて、どうしたものか。少し考えてから口を開く。
「僕は、白夜を天龍様のところに連れて行くのがいいと思う。少なくとも、僕達だけでどうにかできる問題じゃない。」
その点においては彼も同感だったようで、不機嫌な顔で頷いた。
「そうだな。お前の異変もよくわからん。一度それについても調べてもらわなくては。」
相変わらず冷たい奴だ。そろそろ打ち解けてくれてもいいと思うのに。
その後、口頭で簡単な状況説明を行い、僕達は白夜の下へと帰った。
「二人で何の話をしてたんですかあ?」
「お前には関係ない。黙れ。」
「紅煉の愚痴に付き合ってたんだよ。」
「お前も黙れ。頭が痛くなってきた。」
なんだかコントみたいなノリで話が進んでいくが、内容は真剣そのもの。僕達は世界の侵食と、残影の跋扈を食い止めるために戦っているのだから。
正直なところ、自分でもあまり状況に実感がわかない。
一旦状況を確認してみるか。
第一に、僕達は覇者である。その任務は、残影を狩り、世界の秩序を保つこと。
第二に、僕達の当面の目的は逃亡した断雷様を追跡し、その暴走の原因を探るとともに彼の狂気を鎮静させること。
第三に、僕の記憶は断片的なものでしかないということ。紅煉は記憶を失っていないが、どうやら僕のことを嫌っているようで、何も教えてくれない。
こうして改めて並べてみると壮観だ。スケールがすごく大きい。
ただ、まあ自分の理想とする「主人公」の座につけたことだけはとても嬉しい。僕は水を操ることができる竜で、その技には我ながらうっとりするほどのものがある。特に【羅舞渦】という技。使い勝手もいいし、見た目もいい。
「呆けていると置いていくぞ。早くしろ。」
紅煉の苛立った声に思考が遮られる。慌てて彼の方を見ると、すでに白夜は紅煉に腕を掴まれ、困った表情を浮かべていた。
「飛んでいくんだろ?君の速度になら僕は追いつけるぞ。」
「今回は違う。念には念を入れて、隠密行動をするからな。」
そう吐き捨て、紅煉は僕の右腕を掴んだ。
「俺から離れると効果も中断される。せいぜい離れないことだ。」
次の瞬間、紅煉を中心にして風景が揺らぎ始める。
「【陽炎ノ膜】」
風景がまるでピントの合っていない望遠鏡で覗いてでもいるかのように歪み、輪郭がはっきりと認識できないまでになる。
「これは?」
「隠密・奇襲に特化した俺の権能の一部だ。熱で周囲の空気を歪め、視認できなくしている。」
へえ、脳筋の戦闘狂だと思ってたけど、意外と便利な能力なんだな。まあ、戦闘向きではあるけど。
あれ、ちょっと待てよ。外が全然見えないぞ。
「なあ、紅煉。気のせいかな。僕には一向に前が見えないんだけど。」
「お前はいちいちうるせえな…気のせいじゃねえよ。俺にも前は見えない。だから離れるなって言ってんだろうが。」
何だよ、それ。まあ、かっこいいしいいか。
「かっこいいし、いいんじゃないか?」
そういった瞬間、彼は何故か唖然として立ち止まった。
「...どうしたんだよ。」
「いや...やはりお前は、変わったな。以前のお前ならば、『相手の意表を突く技など、卑怯にもほどがある』と言って忌避したはずだ。」
「誰だよ、それ...」
相変わらず、昔の僕の冷たさには驚くものがある。本当に同一人物なのか、僕自身ですら自信が持てないほどだ。効率厨の、ロボット。昔の僕はまさにそんな感じだったらしい。
突然、紅煉に掴まれた腕が強く引かれた。体がとてつもない勢いで移動し始める。紅煉の方を見ると、彼の背中からは炎が吹き出し、翼のように広がっていた。
なんか、僕の権能よりもよっぽど主人公向けの能力な気がする。
少しだけ複雑な気持ちのまま、僕は紅煉に引きずられていった。
「起きろ。」
唐突に手を離され、落下する。慌てて浮かび上がる。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。紅煉が実に不機嫌な顔で見下ろしてきている。
「うわあ、広いですねえ!ボク、こんな広いところ始めてみました!」
白夜がおどけた声を上げる。そう言われて初めて、僕もあたりを見回す。そこは、見上げるだけで首が痛くなるような、巨大な城だった。天井まで続いていると思われる柱の上部は、雲に隠れて見えない。夢で見た場所だ。覇者たちが集い、天龍様の前に頭を垂れていた場所。ということはつまり...
背後で、空間のひび割れる音がした。
「久しいな、黎。」
紅煉が一瞬で頭を垂れ、僕の頭を地に押し付ける。
空間を歪め、そこに顕現したのは、8つの頭を持つ巨大な、言葉で表すことすら憚られる龍だった。
「あなたが、天龍様ですか?」
世界の最上位たる存在。ひと目見ただけで、理解できた。強いとか、怖いとか、そんなものじゃない。存在自体が世界の規律。
僕の力でも、絶対に勝てない。
8対の目がそれぞれ、僕を正面から凝視する。
「随分と、変わったものだな。」
その言葉は、奇しくも紅煉が僕に投げかけたものと同じだった。
「そう、でしょうか。僕にはよくわかりませんが。」
心の内を隠すことは、悪手だと思えた。天龍様が僕に投げかけた言葉は、それだけだった。続いて、僕のすぐ横でこけている白夜に目をやると、8つの首はそれぞれ目を細めた。
「お前の名は、なんという?」
「あ、ボクの番ですか?ボクは白夜といいます。」
細い目で笑う白夜の顔からは、一切の感情が感じられなかった。
「天龍様。こいつは奇怪な力を使います。おそらくは、『片割れ』の一部でしょう。」
普段の態度からは考えられないほどに穏やかな口調で、紅煉は呟いた。こんなふうに冷静に話せるのなら、僕と話すときもこうしてほしいんだけどな。
天龍様は何も言わず、ただ頷いた。
「すでに未来は閉ざされた。余の力はなんの役にも立つまい。」
「ですが...」
「他の覇者を集めよ。詳細はその後でよい。」
空間が再びひび割れ、天龍様はその姿を消した。途端に紅煉が態度を切り替え、刺々しい口調で愚痴を言い始める。
「面倒くさいことになったな。お前が記憶を失ったりするからだ。」
「僕のせいか?君が一人で黒竜を倒せなかったのも悪いだろ!」
「お前は変わったな。確実に、悪い方に!」
「まあまあ、二人とも、落ち着いて...」
口喧嘩がエスカレートし、殴り合いに発展しそうになったその瞬間だった。
「は〜い、そこまで!」
僕達の拳は、間に割り込んできた女性によって受け止められた。
「レイちゃんが変わっちゃったって聞いたのに、喧嘩するところは全然変わってないのね。」
そう言って微笑む彼女の長い髪は、紫色に輝いていた。右目の下から、小さな角が生えている。
「あなたは確か、『紫』の...」
「そう!覇者の中の紅一点、担当は紫!紫花で〜す!」
紫花は、明るく笑って手を振った。
天龍様が現在の時間軸では初登場です。
補足しておくと、天龍様はこの世界における『空間の監視者』であり、世界を管轄する存在です。そのため、直接登場人物として動くことはできませんし、すでに確定している筋書きを変えるような言葉を発することもできません。強そうな雰囲気を出してはいますが(というか実際に強いですが)、戦うことは基本的にありません。
人物というよりも、システム的な存在です。




