27話
エトーリア
今日はルークが来られないと伝えてくれたのは、騎士団副団長のオリバーさんだった。
着替えを済ませて寝室を出ると、アナがそわそわとしていて異変にはすぐに気がついた。
居室の入り口からほど近いところに立っていた彼は、私と目が合うと左胸に手を当てて頭を下げる。
「オリバーさん?おはようございます」
「おはよう、エトーリアちゃん」
敬礼の緊張感はすぐに解けて、驚く私に彼はひらひらと手を振った。
すたすたとテンポよくこちらへ歩を進めると、私の前でぴたりと足を止める。
「今日はルークが来られなくなっちゃって。代わりに俺が護衛につくよ!」
ビシッ、と音がしそうなピースサインと笑顔を真正面から受け、少し狼狽えてしまう。あの初対面から何度も騎士団の訓練所を訪れているけれど、彼のペースはまだ掴みきれないでいた。
「そう、なんですか。ルークはどうしたんですか?」
事情を知らないだろうかとアナを見てみたものの、彼女の視線はオリバーさんに釘付けで、こちらには気づきそうにない。
オリバーさんはアナの憧れの的で、 その端正な顔立ちと小動物的な人懐っこい愛らしさで、王宮内の侍女だけでなく貴族の女性たちにも相当な人気があるのだそうだ。
「えーっと、ルークはね。ちょっと用事があるんだって!」
「用事、ですか。昨晩は何も言っていなかったんですが……それほど急用ということですね」
「あー、そうみたい!でも、エトーリアちゃんには心配しないように伝えて、って言ってたよ」
どうも、怪しい。
オリバーさんは、明るくはしゃいでいるように見えて、頭の中は常にクールであらゆる物事に冷静に対処する人だ。ルークがそう言っていた。
そんな彼が、私から度々目を逸らし、まるで誤魔化すような話し方をしている。
まるでわざと、何かを悟らせようとして、そうしているように思えた。
「……オリバーさん、ルークに、何か口止めされていますか?」
「えっ!?そ、そんなことないよ。どうして?」
彼は大袈裟に目を見開いてから、「エトーリアちゃんってば、心配性なのかな?」と戯けて見せる。
これは、絶対に何かを隠している。そして、彼はその秘密の内容を私に無理やり聞き出されたという体にしなければならない理由がある。
ただし彼は王宮に仕える立派な騎士団の副団長で、重要な任務に関わる案件であれば、こんな風にあからさまな態度は取らないはずだ。
彼が理由さえあれば破っても問題ない秘密。
つまり任務ではなく、部下であるルーク本人に何らかの口止めをされている可能性が高いと予想できた。
「話してください。ルークに何かあったんですか」
「……聞いちゃう?」
「聞いちゃいます」
神妙な顔をした私をほぐそうとしているのか、彼は唇を少し尖らせる。
「んー、そこまで言うならしょうがないか」
「はい、しょうがないです。オリバーさんに非はありません」
私が自信を持ってそう返すと、彼は「あはは」と大きな声で笑った。
「エトーリアちゃんはさすがだね」と、私を見て、眉を下げる。
「実は、ルークが熱を出して、今朝早く宿舎に帰ってきてるんだ」
「熱?病気ですか」
「んー、ただの風邪みたいだから、今は自室で眠ってる」
「そう、ですか」
「君には知られたくないって、一番に言ってたんだよ。俺が代理で行くって言ったら、すんごい嫌そうな顔して」
その時のルークを思い出したように、彼は顔を歪めて見せて、すぐに笑顔に戻った。
「”あなた絶対に言うでしょう”って言われちゃったから、”絶対言わないよ!”って返したんだよね」
「大丈夫です。私がオリバーさんを脅したことにでもしてください」
私が即答すると、彼は目をぱちぱちと瞬いて、「君ってほんと」と続きを質問したくなるところで言葉を止める。
「それじゃあ、この後用事を済ませたら、ルークの様子を見にいっちゃおうか!」
そう言うオリバーさんの笑顔は、少しだけ翳りが見えたような気がした。
きっと、私と同じことを考えているとわかる。ルークが私に知られまいとした理由が、なんとなく予想できたからだ。
騎士団の訓練所を抜け、宿舎へと足を踏み入れる間、ある言葉を繰り返し耳にした。
“聖女様”と、騎士団員が口々に言っていたのだ。
その名称を見聞きしたことがあるのは、子どもの頃に読んだおとぎ話の中だけ。
一体何のことだろう、と疑問に思い、隣を歩くオリバー様に聞いてみた。
「あの、聖女様、という方がいらっしゃるんですか?」
私の質問を受けて、彼は「あー」と困ったように後頭部に手を回す。
「えーっと、それ、君のことだね」
「私ですか?」
予想を裏切る答えに、思いの外大きな声が出てしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。ここは既に宿舎の中で、あまり騒ぐとルークに聞こえてしまうかもしれない。
「そう、みんな君のお茶を飲むとぐんぐん疲れが取れて元気になるからって、いつのまにか”聖女様だ!”って言い出しちゃって」
「……そういうことですか」
「あ、嫌だった?もし君が嫌だったら、やめさせるから、言ってね!」
オリバーさんは立ち止まり、私の表情を伺うようにこちらへ体を傾けた。
私が首を横に振ると、ほっとしたように「ありがとう」と言う。
聖女様だなんて大それた呼び方はとても似合わないけれど、彼らにとって私の力が役立っている証拠だ。悪意のある陰口ではなく明らかに称号なのだから、気恥ずかしいけれど、有り難く受け取っておくべきかもしれないと考えた。
フィロー師匠に聞かれたら、笑われてしまいそうだけれど。




