24話
ルーク
エトーリアが自室に帰った途端、待ち構えていたアナが「おかえりなさい」と駆け寄ってきた。
食事の後いくつか街の商店に寄って、購入した土産の荷物を部屋の隅に置く。
彼女の首にかかるネックレスを外してやりながら「ルーク様とのデートはどうでした?」とアナが発言したのに、思わず振り返った。また余計なことを、と口を出そうとしたところで、彼女の笑顔が目に入る。
「とっても楽しかったです。アナにもお土産があるんですよ」
「本当ですか?私に…?」
「ちょっと待ってくださいね、今出しますから」
否定、しないのか。
私がどきまぎと何度も瞬きをしている間にも、あくまで普段通りの彼女が「ルーク、運ばせてしまってごめんなさい」と私に声をかけ、一番大きな箱を手に取る。
「はい、これです」
「ありがとうございます!開けても良いですか」
アナが早速箱を開け、言葉にならない感嘆の声を出す。彼女がそれなりに時間をかけて選んだ、洋服だった。
先日の店主が書いた地図を頼りに、わざわざあの店まで出向いたのだ。
勘のいいアナは「エトーリア様、これってもしかして」と店の店名を出し、笑顔で答える彼女に勢いよく抱きついた。予想以上に喜んでくれたようで、彼女は「エトーリア様、最高です」とはしゃぐ侍女の背中を優しくさすっている。
目の前で交わされるそんな光景を前に、引っかかったままの言葉が頭の中で反響していた。
今日一日のあれは、デートだったと、そう思ってもいいんだろうか。
自室に設置されたバスタブに湯を張り、今日はゆっくりと浸かることにした。
エトーリアは寝室で既に眠っている時間。その間は私も休憩時間となっていて、夜間は部屋の扉の前に二人の護衛が立っている。
静まり返る空間に、水の音だけが響いた。
目を閉じると、昼間のことが思い出される。
アナへのお土産を買った後、彼女は私に質問をした。
「アシュベル殿下に、なにかお礼をしたいんですが、何をお渡しすればいいのかわからなくて。ルークは、どんなものがいいと思いますか?」
失礼にあたらず、できればちょっとした役に立つようなもの。
彼女の条件を聞き、律儀な人だと思いながら私が提案したのは、小さな懐中時計だった。
「懐中時計、いいですね!ご公務もお忙しいようですし、時計をお持ちになっているのは見たことがないです」
殿下のことを思い出すように左上に視線を向ける。
嫉妬心が湧き出してくるのを掻き消して、次の店を提案した。
彼女はアナへの贈り物と同じくらいの時間じっくりと悩み、ショーケースに並ぶうちのひとつをプレゼント用に包んでもらっていた。明日の朝、殿下に渡すのだという。
人混みで手を繋ぎ、一緒に食事をとり、ほぼ一日をふたりきりで過ごしたというのに、一人になった時間に流れてくる記憶がそれかと溜息を吐く。
扉をノックする音がしたのは、ちょうど浴室から出て髪を拭いていた時だった。
扉越しに「ルーク、今、少し話せますか?」と声が聞こえ、思わずはっと息をのんだ。
エトーリアだ。何かあったのだろうかと、慌てて服を身につける。
「ちょっと待ってください」と応答したものの、彼女の身に何かあったのではという思いが急がせ、シャツを羽織って、扉を開けた。
彼女の寝室と私の部屋を繋ぐ居室は既に灯りが落とされ、月明かりだけが差し込む空間が広がっている。
白の薄い夜着に、厚手のカーディガンを羽織った彼女が立っていた。
「どうしました」
「遅くにごめんなさい、あの」
「なにかありました?」
私と目が合った彼女の視線が濡れた髪と、胸元に移動する。
「いえ、あの、ごめんなさい。休んでいるところに」
直視しないように彼女がさっと顔を逸らしたのがわかった。
自分の服装が原因であることに気がつき、急いでシャツのボタンを止める。
「すみません、こんな格好で。あなたに何かあったのかと、気が急いてしまって」
「いえ、あの何も。何もないです。ただ、ルークに渡したいものがあって」
私がわずかに首を傾げて「はい」と返事をすると、彼女は背中に隠していた手をこちらにすっと差し出した。
両手の上に、小さな布袋が乗っている。青いリボンで結ばれたそれからは、微かに甘く、爽やかな香りが漂っていた。
「……これは?」
「ポプリです。日頃の、お礼のつもりです」
「私に、ですか」
彼女から自分に対しての贈り物、という喜びといつの間に購入していたのかという驚きが同時にやってくる。
私が彼女から離れたのは、アナの服を選んでいる時、店の入り口で待っていたあの時間だけだ。あの店には、こういう雑貨類は売っていなかったように見えたのだが。
「ありがとうございます。でも、いつの間に」
彼女の手からそれを受け取り、顔を近づけた。香りがより強く感じられる。
頭の奥が癒されるような、優しい香り。どこかでこの香りを嗅いだことがある、とすぐにわかった。
「この前、茶葉園で花の香りを嗅いだ時、ルークが気に入っていたように見えて。師匠にお願いして、少し分けてもらいました」
「……もしかして、作ったんですか」
「はい。他にもいくつかハーブを混ぜました。お茶を飲んでいる時の反応で、ルークが好きそうなものを集めたんです」
そう言ってはにかむ彼女に、思わず鼓動が早くなる。
私のために、何が好きかを把握して、計画的に準備してくれていたのだと告げられたのだ。嬉しくないはずがなかった。
「……もらってくれますか?」
私の反応を伺うように見上げる彼女は、夜着のせいもあっていつもより艶っぽく見え、余計なことを考えてしまいそうになる。
そんな不安げな顔をしなくても、答えは初めからひとつしか用意されていないのに。
「もちろんです。あとから返せと言われても返しませんよ」
そう答えると、彼女が嬉しそうに笑う。
「もし香りが弱くなったら、教えてください。また作ります」
「ええ、それはぜひ。ありがとうございます」
彼女を寝室まで送り届け、自室へ戻りベッドに横になった。
枕元にお手製のポプリを置き、息を吸い込む。様々な植物が調合されていることはわかるのに、感じる香りはまとまっていて、とても優しい。少し甘くて、爽やかで、お日様のような。
呼吸していると、まるで隣に彼女がいるみたいだ。
彼女が結んだ青いリボンを、そっと撫でた。
香りと共に段々と頭の中が解れて、幸福感が押し寄せてくる。
明日の朝、もう一度ちゃんと礼を言おう。
そう決めて、目を閉じた。




