23話
ルーク
こうして彼女と一緒に食事をとるのは初めてのことだった。
彼女は基本的に、食事は自室に運ばれてくるため毎回一人でとるし、私やアナはそれぞれ騎士団と使用人専用の食堂で別々にとっている。
「やっぱり、誰かと一緒に食事ができるのって楽しいですね」
一口ごとに美味しそうに目を細めながら食べ進める彼女が言う。
そういえば、前に私やアナが使う食堂で自分も一緒に食事をとってみたいと言われたことがあった。一人で食事をとるのは寂しい、と眉尻を下げる彼女に「できません、規則なので」としか返すことができず、申し訳なく感じたのを覚えている。
「王宮ではなかなか、そうはいきませんからね」
「はい。もちろん食事はおいしいですけど、ルークとアナと一緒だったらなって、毎回思います」
「……ええ」
わかっている、という思いが伝わるように、小さく二度頷いた。
彼女がなにかひらめいたように、ぱっと顔を輝かせる。
「あ、そうだ。今度師匠にお願いして、茶葉園でピクニックしましょう」
「ピクニック、ですか」
「はい。サンドイッチやお菓子をつくって、持っていくんです」
「そうすれば、みんなで一緒にお昼ご飯が食べられますよね」と彼女が目を輝かせる。いい考えだ、と率直に思った。
フィロー様も喜ぶだろうし、アナも羽を伸ばせるだろう。なにより、これほど食事を楽しんでいるエトーリアの姿を眺めていられるのは、私にとって何ものにも代え難い時間だった。
「戻ったら早速、師匠にお話してみます」
せっかく久しぶりに街へ出ることができたというのに、彼女の頭の中はもう王宮に戻っている。
王宮で暮らすことは決して彼女が望んだことではないはずで、こちらにいた時よりも随分行動の自由は奪われている。強いられた環境の中で前向きに生きようとするその姿に、また心が揺れた。一体、一日のうち何度彼女を大切だと、かけがえのない存在だと愛おしく思えば、私は満足するのだろう。
「そういえば、さっきの子どもたちは、」
「いつも店の周りで遊んでいた子たちです。たまに一緒に遊んでいたら、懐かれてしまって」
「あなたは子どもに好かれそうですからね」
そうですか?と首を傾げる彼女に頷きを返しながら、カップに注がれた水を一口含む。
彼女が食事を終えたことを確認して、再び口を開いた。
「実は、私も子どもの多い環境で育ったんです。昔を思い出して、なんだか懐かしくなりました」
「ルークがですか。意外です」
「何が意外なんですか」
「もっとこう、立派なお家で、厳しい教育を受けて育った方なのかと」
「そう見えていたのなら、努力の甲斐がありました」
私が軽く口角を上げると、彼女は話の続きを聞きたそうに、目を合わせる。
彼女にはいつか、話しておきたいと思っていた。
他の誰かには決して自分から話すことはない、私の過去について。
どうしてか彼女には、知っておいて欲しかった。
ひとつ呼吸をして、覚悟を決める。
「私は、物心ついた時から、小さな村の孤児院で暮らしていました」
彼女の表情は一瞬にして曇り、「すみません、私、余計なことを」と先ほどの自分の発言について謝罪する。
その目の色が私に対する幻滅を映していないことに、ほっとした。
「いえ、いいんです。……あなたが良ければ、もう少し、話してもいいですか」
「もちろんです」
快く返事をしてくれたことに礼を言い、目を細めた。
「私が暮らしていた村も、孤児院も、それは貧しく、日々の食事にも困るような状況でした。
子ども同士で少ない食料を分け合って、寒い日には一枚の毛布に皆でくるまって寝るような。
私はそんな状況から抜け出したくて、騎士になったんです」
明るい声色で話すよう努めていたつもりだったのだが、エトーリアはまるで今しがたその光景を見たかのように、悲しげな表情をする。
「でも、その状況から騎士になるというのは、簡単なことではないですよね」
「そうですね。でも、私は生まれ変わりたかったんです。暮らしを楽にしたかったのはもちろんですが、何故子どもが寝食に困るほど、あの村が困窮していたのかも知りたかった」
彼女は頷きながら、真剣な表情で聞いてくれていた。
試験という形はあれど、騎士という職業につくものは本来貴族の家柄から優先的に選ばれる。残された僅かな枠を一般市民が奪い合う構図になっていて、それは針の穴に糸を通すような狭き門だ。
運良く騎士団に入れても、貴族出身か否かで入団後の扱いも異なり、心折れて辞めていくものも多い。
そんな中で耐えることができたのは、貧しさから抜け出したいという執着に他ならなかった。
死ぬほど、という言葉が決して大袈裟ではないほど訓練をこなしたし、誰よりも長い時間基礎的な体力作りをした自負がある。
「騎士になってから、団長の協力を得て調べてみたところ、領主の汚職が判明して、現在は村と孤児院の状況も改善されたと聞いています」
「それは……ルークが、その村と子どもたちを救ったんですね」
「いえ、私は少し調査をしただけで」
私の言葉を謙遜と受け取ったのか、彼女は「それでも、すごいことです」と微笑んでくれる。
「あなたにこの話をしたのは、努力を褒められたかったわけではなくて」
彼女は、私が続ける言葉を聞こうと、ほんの少し首をかしげた。
またひと呼吸して、聞くのが恐ろしかった質問を、投げかける。
「エトーリア。私の素性がわかった今も、あなたの傍に護衛として立つことを、許してくれますか」
私は、騎士として理想とされる出自も、経歴も持ち合わせていない。
このまま傍にい続けることは、どこか彼女を騙しているような気がしていた。
きっとほんの少しの沈黙だったのだろうが、私にはしばらく続いているように思えた。
彼女は驚いた顔をして、それからどこか呆れたように、目を細め、私にまっすぐな視線を向ける。
「ルーク。あなたの素性なんて、とっくに知っているつもりでした。毎日一緒にいてくださってるんですから」
「……いや、それとこれとは」
「素性は、出自で決まるものではありません。そもそも、そんなこと私が気にすると思いますか」
彼女はいつもよりも少しだけ強い調子で良い、それから悪戯を企む少女のような笑顔になる。
「もしかして、ルークには、私が貴族様の娘に見えているんですか?」
「……はい?」
「王宮で暮らして間もないのに、いつのまにか完璧に品が身についたんでしょうか」
わざとらしく唇に指先を当て、斜め上を見上げながら軽口を言うものだから、思わずふっと笑ってしまう。
そうか、もしかしたら彼女も、今までは私にどこか遠慮していたのかもしれない。
いくら毎日傍にいるとはいえ、彼女にとっての私は元々店の客であり、騎士という絶対的な王宮側の人間だったのだ。
「ルーク、話してくれてありがとうございます」
「……いえ、私こそ。こんな話、聞いてくださってありがとうございます」
「ルークのことがまた少しわかったような気がして、なんだか嬉しいです」
いつもの柔らかな表情で微笑むエトーリアに、喉の奥がぎゅっと締め付けられる。
一体、私は何を恐れていたのだろう。
目の前の彼女はどこまでも、清らかで温かい人だと知っていたはずなのに。
「エトーリア、もうひとつわがままを言っても良いですか」
「もうひとつ?初めてではないですか?」
目を細めて笑う彼女にペースを握られそうで、コホンと咳払いをする。
「この後、王宮に帰ってからも、私のことはルークと呼んでください」
「……自室でも?」
「はい。その方が呼ばれ慣れているんです。あなたくらいですよ、使用人以外で私に様をつけて呼ぶのは」
はぁ、と軽くため息を吐くと、彼女は迷っているようにテーブルを見つめ、少しだけ頬を膨らませる。
エトーリア。彼女の名前を呼ぶと、再び視線が噛み合った。
「あなたには、そう呼んでほしいんです」
彼女は一瞬目を見開いた。それから表情を緩めて、「わかりました」と頷く。
「では、私のことも同じように呼んでください」
「……それは立場上難しいとお伝えしたはずです。あなたは保護対象で、」
「ルーク」
お願いします、と今度は彼女がまっすぐに私を見て説得する番だった。
「もしルークがそのことで誰かに叱られたら、私が説明します」
「いえ、叱られることはないでしょうが……」
「では、決まりですね」
私の返事を待たずに話に決着をつけた彼女は、「さて、次はお土産を買いに行きましょう」と席を立つ。
さらに抵抗する気にはなれず、ただ、ほんの少し彼女との距離が縮まったかもしれないと緩みそうな頬に緊張感を持たせるので精一杯だった。




