7話 滅びた村
「ここはかつてクレクルと呼ばれた村……私の出身地でもあります」
しばらく歩いた先にあったのは、生々しい破壊の後と自然の侵食が色濃く残った小さな村だった。
都市部にはほとんど見られない原始的な家が並び、村の中央には何らかの祭事に使うと思しき立派な建造物が鎮座している。
「言葉を選ばずに言うのなら、酷い有様ね……」
「ええ、ここには貧しいながらも数百人の村人が暮らす立派な村がありました。しかしあの事件以降、生き残った村人もここで暮らし続けることは叶わず皆他の街へと移住することになったのです」
「エレナさんは先程自分こそが異形化事件の最初の目撃者であると仰っていましたが、やはりその事件というのは……」
「ええ、それに関連するものです。私が初めて人間の異形化を目の当たりにしたのが12歳の頃……今から約10年ほど前のことです」
「なるほど……つまりこの村は10年前に初めて異形化したその人に壊滅させられたと言うことですか」
「いいえ、正確には違います。彼女は異形化しながらも決して理性を失うことはなかった。最後の最後まで彼女が村を襲うような真似はしませんでした。この村が滅びたのはそれからおよそ1年後……誰もが恐れていた彼女以外の村人達の中で異形化する者達が現れ初め、彼らの手によって村は滅ぼされました」
「……では先ほど襲ってきた人達は」
「ええ、他の街から来た者もいるでしょうが、この森にいる異形の多くはかつてこの村の住人だった者でしょう」
「…………」
淡々と語るエレナだが、その表情はかつての惨劇を想起させるような苦々しいものだった。
最初は一人だけだった。だから、彼女だけが特別なのだ。
そうでなければおかしい。そうあってほしい。もしそうでないのなら——
当時の村人たちの言葉がエレナの頭の中で木霊する。もし仮に分かっていたとしても、彼らにそれを止める手段はなかった。この村は滅ぶべくして滅びたのだ。
幾度となく自分にそう言い聞かせ、原因はクレクルの村人たちに流れる血にあるものだと思い込み、自分達は呪われた存在なのだと認めざるを得なかった。
だからこそ、生き残った数少ない村人達はこの事実を隠し、あくまで未知の化け物に襲われた結果だと言い張って国に溶け込んだ。
いつ自分が異形化してしまうか分からない恐怖に怯えながら、いつ真実が明るみに出て迫害されるか分からない不安に苦しめられながら、いつか真実を明らかにするという宛のない目標に縋って生きてきた。
結果として現時点ではエレナは異形化しておらず、また、村の出身者以外の多くのソランディアの民が次々と異形化し始めた事からクレクル出身者への迫害の恐れはほとんど無くなったのだが、根本的な問題は何一つ解決していない。
だからこそ、こうしてハンターの仕事をしながら異形化事件の解決を目指して動いているのだ。
「立派なものではありませんが、近くに彼らを弔うお墓があります。森に来たときは必ず手を合わせているので、少しだけ待っていてください」
「構わないわ。あたし達も休憩代わりにこの当たりを軽く見させてもらうから」
「はい。ゆっくりと挨拶をしてきてください」
「ありがとうございます。では」
そう言ってエレナは村の奥の方へと消えていった。
急いでクロムとメイを探しに行きたいルフラン達ではあるが、一通り探しても見つからなかった以上仮に数十分待機したところで状況は大して変わらないだろうと判断した。
クロムもメイもこんな森のなかで一晩彷徨った程度で死ぬほど弱くはない。片や冥界の竜神の分体、片やここよりも遥かに危険な魔境で何日も生き延びた天才児。
放っておいてもいつかは必ず合流できるはずだ。そんなことを考えていると、急に周囲が暗くなり、慌てて上を見上げてみるとそこには巨大な何かがゆっくりとこちらへと降りてきた。
「ルフランさん! あれってもしかして!!」
「ええ、間違いないわね」
降りてきたのは深い紫の体を持つ巨大な竜。その背には彼女たちが探し求めていた少年が乗っていた。
(ルフランとアリア、見つけた。結構遠くまで移動してた)
「良かったぁ。メイが来てくれて助かったよ。僕一人だったらこんな簡単には見つけられなかったから」
(もっと褒めて。それにあとでお礼はたっぷり貰う)
「あー……せめて明日以降でお願いね」
(ん、仕方ない。ぼくも疲れたから明日でいい)
「助かるよ……ってな訳で、えっと、ただいまルフラン、アリア」
「おかえりなさい——っていうのもちょっと変だけど、それにしてもずいぶん遅かったじゃない。一応心配してたのよ?」
「ごめんごめん。ちょっといろいろあってさ……」
「クロムさん、随分とボロボロですが、いったい何があったのですか? とりあえずすぐに着替えを出しますからこっちへ」
「ああ、うん。助かるよアリア。ボロボロになるのは慣れっこだけど流石にちょっと冷えてきて寒かったんだ」
そう言ってボロボロの服から覗いた白い肌を擦るクロム。アリアは近くに待機させていた竜たちに背負わせていた荷物を回収し、その中から手際よく替えの衣服を取り出した。
一方、移動を終えたメイは一瞬にして小型の竜の姿へと変化し、近くの岩に力なく着地した。
「あんたまでボロボロになるなんて、本当に一体何があったのよ。どこかにあの化け物たちの親玉でもいたのかしら」
「変な吸血鬼の女がクロムを誘惑して食べようとしてた。だからお仕置きしようとしたら思いのほかつよかった」
「なんですって!? 吸血鬼——って何だったかしら。昔本で見たことがあるようなないような……」
「あいつ。不死身だった。確実に消したと思ったら、変な鐘が鳴ってすぐに復活したから倒せなかった」
「鐘の音で復活、ね。そういうことならあの異形達と同類と考えるべきかしら。これはエレナに伝えたほうが良さそうね」
「エレナ……? だれそれ」
「あんたたちを探してる時に出会ったハンターの人よ。もう少ししたら多分戻ってくると思うわ」
「ふーん……たしかにあっちの方に人間がいた」
「まさかとは思うけど、変なちょっかいかけてないでしょうね。今大事な用事を済ませてるところなのよ」
「そんな元気もうない。疲れたからぼくはすこし休む」
「……まあいいわ。あとでもう一度クロムから詳しく事情を聞かせてもらわなきゃね」
その言葉に対してメイが反応することはなかった。彼女が休むと言ったらしばらくの間は余程のことがなければ会話は不可能だ。
一応寝ているわけではないようだが、余計なエネルギーは一切消費しない休養モードに入ってしまっているのだろう。
「すみません、お待たせしました……おや、その子はいったい……?」
「おかえりなさい、エレナ。もう用事は済んだのかしら」
「あ、はい。もう何度も来ていますので、いつものように簡単な挨拶だけしてきました。本格的なものは、全てが解決してから行う予定ですので……」
「そう。で、この小竜——一応メイって呼んでいるんだけど、この子があたしたちが探していたうちの片方よ」
「なるほど、自分から飼い主の下に帰ってくるなんて、賢い子なんですね」
「一応これでも人間の言葉を喋るし、何なら人型にもなるからあまり驚かないでね。今は疲れて半分寝ているけど、そのうちきっと喋りだすわ」
「す、凄いですね……だからペットではなく仲間と言っていたのですね」
「それにもう一人の仲間も一緒に戻ってきたわ。せっかく協力してくれたところ悪いけれど、探す手間が省けちゃったわ」
「そうでしたか。それは何よりです。この時間帯の森で生き延びられるということは、先ほど仰っていたようにお仲間の二人もお強いのですね」
「正直なところ、メイもクロムもあたし達よりも強いわ。ほら、こっちがメイで、今アリアが連れてきたのがクロム」
軽く体を拭き、応急処置をした上で服を着替えたクロムが戻ってきた。
体のあちこちがまだ痛んでいるが、蒼気を体得しているクロムは自己再生能力が他の人間よりも高いのでしばらく大人しくしていれば回復するだろう。
もちろん普段人間が無意識のうちにごく少量までセーブして使用している魂の力を半ば無理矢理引き出す蒼気は多用すれば当然寿命は縮まるのだが、回復魔法を使える者がいない以上放っておけばどうせ死ぬので出し惜しみする理由はない。
魂の力——言うなればこの世界に存在を留めておくために必要なエネルギーの総量というのは生まれたときにほとんど決まっている。余程のことがなければそのエネルギー量が増減することはなく、そして大半の生物はそのエネルギーを使い切ることなく死んでいく。
現世に存在するためには莫大なエネルギーが必要なのだが、同時に莫大なエネルギーを持つ魂を肉体に留めておく力も必要になる。だが、人間を含む多くの生物は老化や病、肉体の過度な損傷によって魂を肉体に繋ぎ止めておく力を失い死亡する。肉体から解き放たれた魂はやがて世界に還元され、再び新しい魂へと生まれ変わり現世へ還る。
そう師匠は言っていた。蒼気は、どうせ死んだら余ってしまう力だったら、生きているうちにすべて引き出してから死んだ方がいいという考えから編み出した秘術なのだと。
まあ最も、そんなことをした人間がまともに生まれ変われるかは分からないが、死んだあとの事などどうでもいいだろうと言って師匠はこの技術をクロムへと伝授した。
(師匠が死んでなお亡霊として彷徨っていたのはそういうことなんだろうか)
ふと、そんな考えが頭をよぎったが、瑣末なことだ。
「ふー、お待たせルフラン。ところでそちらの方は?」
「この人はさっきあなた達を探していた時に危ないところを助けてくれたハンターさんよ」
「近くでハンターをしているエレナと申します。あなたが冒険者のクロムさん、でよろしいですか?」
「はい、クロムです。何があったのかは分かりませんが、ルフランたちを助けてくれたのならお礼を言わなきゃですね。ありがとうございます」
「いえ、おそらく私が割って入らなくてもルフランさんたちなら何とかしていたとは思いますが、状況が状況だったのでつい」
「森の中を歩いていたら羽の生えた化け物に襲われたのよ。そこまで強くはなかったけど何故か無限に復活する厄介な奴だったわ」
「無限に? ということはもしかして……」
「で、あなた達はいったい何をしてたのよ。さっきメイが、吸血鬼に襲われそうになってたって言ってたけど」
「吸血鬼ですって!?」
「ちょっ、急に大声出されるとびっくりするじゃない」
「あ、ご、ごめんなさい。しかし聞き流せない単語だったもので……」
ルフランが出した吸血鬼という単語に過剰に反応するエレナ。その様子では、きっと一連の事件に何らかの関係性があるのだろう。
エレナは一呼吸おいてからクロムに対してゆっくりと質問を投げかけた。
「クロムさん。吸血鬼に襲われたというのは本当ですか?」
「えっと、まあ、そうなるんですかね? 彼女も自分で吸血鬼だって名乗っていましたし」
「そういえばメイも吸血鬼の女って言ってたわね。どういう奴だったのよ」
「うーん、どこから説明したらいいんだろう。とりあえず、僕がルフラン達とはぐれてから何があったかざっくりと説明していくよ」
そう言ってクロムは、森で迷子になりかけていたところで謎の少女と出会い、彼女が住む屋敷に招かれ、結果として襲われる形になったことを掻い摘んで3人に聞かせた。
エレナは口元に手を当て深刻そうな表情でその話に聞き入っており、クロムが話し終えたあたりで改めてクロムに問いかけた。
「その少女というのはどのような見た目をしていましたか?」
「長い銀色の髪と紅い眼をした女の子だったよ。年齢で言うならルフランと同じくらい、かな? 襲われた身で言うのもなんだけど、可愛らしい見た目で正直、ぱっと見だとあそこまで強いとは到底思えないタイプだったかな」
「あなたまさか、その子が可愛かったから付いて行ったの? ハニートラップって言葉知ってる?」
「い、いやいや! 別にそういう目的で付いて行ったわけじゃないって! 後で探すの手伝うからとりあえず良かったら少し休んでいかない? って親切に言われて断るのも失礼かと思ってつい……」
「……あなたはもう少し人を疑うということを覚えなさい」
「長い銀色の髪に紅い瞳の女の子……クロムさん、その人の名前とかは聞いていませんか?」
「名前ですか? ええと、アルテって名乗ってましたけど……」
「——ッッ!!」
その名前を聞いた瞬間、エレナの表情が一瞬にして強張った。
そして苦虫を噛み潰すような表情で、拳を強く握りながら、大きく息を吐きだした。
「エレナさん……?」
一歩引いて黙って話を聞いていたアリアが、心配そうにエレナへと近寄ると、彼女は震えた声で絞り出した。
「——まだ、生きていたのね。アルテ……」
それは悲しそうな、あるいは思い出したくなかったと言わんばかりの複雑な瞳で、黒い空に浮かんだ月を見上げた。




