6話 異形
「もうっ、いったい何なのよこいつら!!」
「くっ、早くクロムさんたちと合流しなければならないというのに!」
「気付いたらメイもいなくなってるし、次から次へと面倒ごとばっかり起きるわね! あんたらもそろそろ何か言ったらどうなのよ!!」
「…………」
「ああそう! 喋る気はないのね! じゃあさっさと失せなさい!!」
苛立ちを隠すことなく炎のような髪を靡かせながら爆炎を解き放つルフランの先には、背に悪魔のような羽を生やした明らかに人間とは違う人型の生物がいた。
アリアが呼び出した竜たちに力を借りて行方不明になったクロムの捜索を行っていたのだが、森のほぼ全域を見渡したにも拘らず気配すら掴むことが出来ず、その上メイまで行方が分からなくなり途方に暮れていたところ、突如として現れた彼らに襲撃されてしまったのだ。
敵は全部で5体。こちらから語り掛けても言葉どころか攻撃を受けても呻き声の一つすら上げない不気味な存在だ。
得物はそれぞれ剣やら弓やらいろいろと持っているようだが、はっきり言って練度は低い。だが、異常なまでの膂力と再生能力で強引に戦闘能力を引き上げており、二人がかりでも未だに1体しか戦闘不能にすることが出来ていない。
「決めに行くわよアリア!」
「はい! いつでも!!」
「火焔を導く監獄! 行きなさい!!」
いくら爆炎で吹き飛ばしても、雷槍で貫いても立ち上がるゾンビのような敵だ。生半可な攻撃ではその足を止めることは出来ないだろう。
ならばと、ルフランは炎を自在に操る魔法を以って彼らの退路を徐々に塞いでいき、少しずつ丁寧に処刑場へと追い込んでいく。
幸い彼らの知能は高くないため、ただ己の反射神経に従って炎を避けていくだけの彼らは、気が付けば両側を炎の壁で封じられ縦一列に綺麗に並べられてしまった。
そうなれば次に飛んでくるのは——
「行きますよ! 貫けぇっ! 雷霆の槍!!」
ルフランを信じて魔力を練り上げていたアリアは、凝縮した雷の力を最大限に纏わせた雷霆の槍を勢いよく解き放った。
光の速度には遠く及ばないが、音を置き去りにするほどの凄まじい速度で突き進む槍は、逃げる先を失った襲撃者全員の腹に大きな穴をあけることに成功した。
高熱により血管すらも焼かれてしまったため、血が噴き出すこともなく、彼らは力なく地に付し、その動きを停止した。
「ナイスよアリア。相変わらずの威力ね」
「ルフランさんこそ、あれほどの炎を完璧に支配する技術はお見事です」
「ふふ、そうでしょう?」
ルフランとアリアは互いに称え合い、襲撃者を無事撃破したことに安堵した。
しかしながら彼らはいったい何者なのだろうか。人型でありながら言葉を発さず、強靭な肉体を頼りに暴れまわる謎の存在。魔物と呼ぶにはあまりに人に似すぎているし、魔物が化けている姿とは思えなかった。
もしかすると今後の脅威になるかもしれないと、そう思った二人は動かなくなった死体に近づき、より詳しく分析しようと試みた。
だが、その直後、
「——鐘?」
「いったいどこから? 近くに建物なんてなかったわよね」
「——ッ! ルフランさん危ない!!」
「なっ!? 爆破魔——」
「破魔の銀矢」
ルフランがその体に触れようとした瞬間、鐘の音とともに襲撃者たちが一斉に起き上がりルフランに襲い掛かったが、ルフランが爆破魔法を放つよりも前に降り注いだ無数の銀の光が襲撃者たちの体を貫いていた。
彼らが再び動かなくなったのを確認してから振り返ると、そこには白銀の弓を構えた一人の女性の姿があった。
「ふぅ、危ないところでしたね」
「あなたは……?」
「ハンターのエレナと申します。ここ最近の異形化事件を受けてこの当たりを巡回していたのですが、そこでたまたま襲われているあなた方を目撃したもので……」
「なるほど……申し遅れました。私はエルネ……いえ、冒険者のアリアと申します。こちらは——」
「ルフランよ。さっきは危ないところを助けてくれてありがとう。まさかアリアの槍を喰らって生きてるとは思わなかったから油断したわ」
「すみません……渾身の一撃のつもりだったのですが……」
「別に責めてるわけじゃないわよ。でもあの復活は明らかに不自然だったでしょ?」
「ええ、正直驚きました」
そう言ってエレナの矢に撃ち抜かれた襲撃者たちに視線を落とす。
まだ微かに動いているが、どうやら突き刺さった銀矢をひどく嫌がっており、抜くどころか触れることすら出来ないようだ。
この様子ならしばらくは大人しくしているだろうと判断し、再びエレナの方へと視線を向けた。
「なるほど、状況はだいたい分かりました。しかしこのあたりを冒険者の方が訪れることは滅多にないのですが、一体どのような目的があったのでしょう?」
「私たちはエルネメス王国からソランディアを目指して来たのですが、途中で仲間と逸れてしまって、それで探していたところなんです」
「エルネメスから……なるほど、分かりました。それで、逸れてしまったお仲間の方はどのあたりにいるのでしょうか。この森は非常に危険なので早く見つけないと危ないですから……」
「それがさっぱり分からないのよね……まあどっちもそのへんの魔物に簡単にやられることは無いだろうけど、今の森の雰囲気だと流石にちょっと心配だわ」
そう言って周囲の様子を窺うルフラン。
陽が完全に落ち、月明かりに照らされた深い森。
あらゆる方向から何者かに監視されているような居心地の悪さと、もし一人で先へ進んだら二度と戻ってこれなさそうな不気味な空気感が彼女たちの不安を掻き立てる。
「そうですね……すぐにでも森を出て街へ向かっていただきたいところですが、あなた方もかなりお強そうなのでおそらく大丈夫でしょう。ですが、あまり時間をかけるのは好ましくありません。私もお手伝いするので急いて探しに行きましょう」
「いいの? ありがたい申し出だけどこれはあたし達の問題だし、あなたも仕事があるんじゃないの?」
「私の仕事は森の異形達が街へ向かってこないよう間引きすることなので、探しながらでもその仕事はこなせます。何か名目が必要でしたら、私と一緒に異形退治の仕事を手伝ってもらう対価としてお仲間を探すのを手伝うというのはどうでしょう」
「そういうことなら構わないわ。ね、アリア」
「はい。一刻も早くクロムさん達を見つけなければなりませんし、人手が増えるのはありがたいです」
「決定ですね。では早速、といきたいところですが、一つだけ寄りたい場所があるのでそちらに寄ってからでも良いですか?」
「もちろん構わないけれど、この辺りに寄れる場所なんてあるの?」
「この辺りに村があるんです。いえ、正確にはあった、と言うべきですが……」
「……なるほどね、分かったわ。行きましょう」
遠くの咆哮を見つめて悲しげな表情を浮かべるエレナを見て、ルフランたちはそれ以上追求することはしなかった。
もしこのような森の中に村が存在していたのだとしたら、普通の人間が平穏に暮らせるはずがない。
恐らく昔はこれほど禍々しい環境ではなかったのだろう。何があったのかは十分に察しが付いた。
その上で一つ気になったことがあった。
「ところであの……エレナさん。その、彼らにトドメは刺さなくていいんでしょうか?」
「はい。彼らはいかなる手段で殺したところで鐘の音一つで容易に復活します。それにもし仮に確実にとどめを刺せる手段があったとしても、私はその選択は可能な限り取りたくありません」
「……理由をお伺いしても?」
「ええ。ですが、今から言うことはきっと簡単には信じられないことだと思います。もしかするとこれを知ることで気分を害する可能性もあります。それでも聞きたいということでしたら——」
「構いません。これでも、重い話には慣れていますので」
「……そうですか。では、先ほど私は異形化事件の影響で森の巡回をしていると言いましたね。その異形化というのは、魔物の突然変異ではありません」
「——まさか」
「そう。異形化したのは魔物ではなく、人間です。つまり彼らは元人間——この太陽の国ソランディアに生きる民の慣れの果てです」
「——ッ!」
「……やっぱり、そうなのね」
なんとなくそれは察していた。しかし、襲ってきた異形たちの姿は、人間と認めるにはあまりにかけ離れていた。
理性はなく、言葉も発さず、本能のままに襲い掛かってくる。それでは魔物と何ら変わらない。
ルフランはこれまで数多くの魔物の命を奪ってきたが、まだ直接人間を殺したことはない。そしてこれからもそのような事が起きないことを願っていた。
アリアはかつて、敵対するエルネメスの兵の命をいくつも葬り去ってきたが、彼女もまた、好んで人殺しをするような殺人鬼に堕ちたつもりはなかった。
ある意味、鐘の音によって復活してくれていたことに感謝しなければならないだろう。彼らが元人間で、もしかするといつかは回復しもとに戻る可能性を秘めた存在なのだとしたら、その可能性を奪い殺してしまったことをきっと後悔していただろうから。
「異形化事件が頻発するようになったのはほんの2~3年ほど前のことです。それまではあのような不自然な鐘の音が国全体に響き渡ることはありませんでしたし、人間の異形化など発生することはありませんでした」
「2~3年前から、ね。それほどの時間があって鐘の音の発生源を特定できていないのだとしたら、明確にそれを引き起こしている犯人がいると考えるのが自然だわ」
「ええ、仰る通りです。しかしながら、現時点で国は犯人の手掛かりとなる情報はほとんど掴めていません。ですが……私は、この森に原因があると確信しています」
「へぇ、だからこんな危険な森の中を一人で調査しているってわけ?」
「その通りです。人間の異形化事件はソランディア全土で不規則に発生しています。しかし、この近辺で異形化した者たちは皆必ずこの森へと向かうことが確認されています。まるで誰かの指示を受けたかのように、そこに集まらなければならないと言わんばかりに彼らはこの森を目指して動いていました」
「確かにそれは不自然ですね。何らかの関係性があるとみるのは当然です」
「それに加えて、私は幼いころにこの鐘の音を聞いたことがあります」
「!!」
「そして何より――」
エレナはゆっくりと息を吸い、覚悟を決めた様子で次の言葉を絞り出した。
「私こそが、この国で最初に発生した異形化事件の目撃者なのです」
その視線は目の前にいるルフラン達ではなく、もっと遠い、もう手が届かなくなってしまった彼女の姿を追っていた。




