5話 繰り返される悪夢
「はぁ、はぁ……いい加減、しつこい……」
「はぁ、くっ……再生回数に限界はないのか……?」
太陽は間もなく地平線に隠される。
既に明るさを失いつつある空の下で、未だに傷一つない吸血鬼の姿は正に絶望そのものだった。
完璧な連携による苛烈な攻撃でアルテを殺し続けてこれで35回目になる。
普通ならばとっくに決着がついているはずだというのに、彼女はその脅威的な再生能力によって幾度となく二人の前に立ちはだかった。
いくら2対1と言えど、こうも戦いが長引けばクロムとメイの二人も無傷というわけにはいかず、ついに膝をつくまでに至った。
「だけど、さっきまでと比べて明らかに復活が遅い。ならあとちょっと踏ん張れば……」
「……クロム。このままじゃ埒が明かない。やっぱりぼくが竜化してあの蝙蝠ごと全部焼き払った方がはやい」
「いやそれは……でもそれしかないのかな?」
クロムが問いかけると、メイは小さく頷いた。
正直なところ、軽く2時間近くは戦い続けている現状でクロム自身も体力の限界を感じ取っていた。
単なる連戦ではなく、ほんの少し判断を誤れば死に直結するほどの強敵との戦いだ。集中力の低下は許されない。ならば多少の被害を覚悟してでも決着をつけに行った方がいいのかもしれない。
「メイ。ルフランとアリアは近くにはいないんだよね?」
「うん。場所はちゃんと把握してる」
「……なら、その作戦で行こう。もし仮に失敗したらルフランたちと合流して全力で逃げよう。流石に追っては来れないと思うから」
「分かった。でも逃げるのは不本意。できればちゃんと仕留めたい」
「期待してるよ。冥界の竜神のチカラ」
「まかせて」
そう言うとメイは大きく息を吸い込み、目を閉じる。
直後、紫の光がメイの体からあふれ出し、球体を成していく。それはゆっくりと空へと打ちあがり、激しい爆発とともにアルテの屋敷をも超える巨体の竜が姿を現した。
それはかつて対峙した竜神と比べると一回りほど小さいが、その力の強大さは推して知るべし。耳をつんざくほどの咆哮とともに、竜神はその口に紫の爆炎を溜め込んでいく。
「——今だッ!!」
溜め込んだエネルギーが極限まで凝縮されたことを確認すると、クロムは僅かに回復した体力を絞り出して全力で飛び上がった。
アルテは体の再生の反動か、まだ自由に動くことは出来ていない様子だ。クロムが安全圏へと脱出したことを確認したメイは、強大な獄炎を地上へ向けて一気に解き放った。
直後、地上に接触した炎が凄まじい火柱を上げ炸裂した。
「っとと、ありがとうメイ……って、うわぁ……」
メイが放ったのは厳密にいえば炎ではない。メイが溜め込んだ冥界の魔力を炎の形にして解き放っただけであり、接触したからと言って木々に燃え移ることはない。
ただ、触れたすべてを灰燼に帰すだけの、純粋な破壊の力なのだ。
(これで流石に死んだはず。蝙蝠ごと全部消し飛ばした)
メイの声が脳内に響く。完全竜化した状態で人の言葉を喋るのは面倒らしいので、この状態ではテレパシーのようなものを利用して喋るのだ。
やがて煙が晴れ、地上の様子がうっすらと見えてくる。当然ながらそこには屋敷も、アルテも存在しない。するはずがない。
あるのはただ、メイの強大な力を受け止めた結果発生した巨大なクレーターだけ。
「……大丈夫そう、だね。複雑な気分だけど、こうするしかなかったか」
(なかなか強かった。ムカつくけど)
「そうだね……1対1だったら正直負けてたと思う。流石にあそこまで強いとは思わなかったよ」
(でもこれで一件落着。早く合流しよう)
「正直ここまで派手にやったらこっちから向かう前にルフランたちの方からこっちに来そうだよね……っていうかちゃんと二人に言ってから来たの?」
(言ってない)
「……二人で謝らないとダメそうだね」
元々の原因が自分にあるだけに、クロムはメイを責めることは出来ない。
たっぷりと怒られるだろうが、事情を説明すればきっと許してくれるだろう。
空高く跳び上がったことで僅かに見えていた太陽も、流石にもう役目を終える時間だ。
クロムを背に乗せたメイがゆっくりと高度を落としたその瞬間。
「————ッ!?」
鳴り響く鐘の音。当たり前だが、この周辺に鐘など存在しない。ならば一体どこから聞こえてきたというのか。
慌てて周囲を見渡すが、音の反応は明らかに下から聞こえてくる。そう、消し炭になったはずの地上から。
直後、クロムたちの視界が歪み、地上の姿が朧気になる。目を閉じ、指で目を擦って改めて下を見ると——
「——えっ?」
そこには跡形もなく消し去ったはずのアルテの屋敷が、まるで何事もなかったかのように鎮座していた。
(クロム……?)
「そんな……そんなことあり得るの!? だってあれはさっきメイが……」
(クロム、逃げよう)
「でも……」
(あれが復活したってことは、あいつも復活してる。このままじゃたぶん勝てない)
「……分かった。お願いできる?」
メイは小さく頷き、再び高度を上げて急速に戦場から離脱した。
流石のメイも予想外の出来事に動揺し、これ以上の戦闘は危険と判断したのだろう。
それはクロムも同感だった。目の前で起きたあり得ない事象を前に、冷静でいることは無理だ。
クロムたちが戦闘空域から完全に脱した頃。屋敷の扉が開き、一人の少女が姿を現した。
「うぅ……あたま、いたい……わたし、さっきまで一体何を……?」
それは先ほどまでの狂気を一切感じさせない、大人しい少女そのものだった。




