シャミアの思い
「…………」
「…………」
保健室の中に入って備え付けの椅子に座るが喧嘩をしていた手前、何から話を切り出すか二人とも迷って黙ってしまう。
「おいおい、用がないならボクの城から出て行ってくれないか? ここは保健室であって、見合いの場じゃないんだから迷惑だぞ」
艶のある漆黒の髪を床に付きそうなほど伸ばし、灰色のパンツも黒いワイシャツの上には丈の合わず袖を余らせた白衣を着ている、とても小さな女の子がいた。
「ごめん、メルちゃん。もうちょっと居させてくれない?」
「居るのは構わんが、メルちゃんは辞めろといつも言ってるだろ。ちゃんとアイリス先生と呼びたまえ、もう怪我しても治してやらんぞ?」
この学院の保険医であるメル・アイリスは余った袖を振り、小さな体でシャミアに抗議する。
「はぁ……ま、いいか別に。ボクは君の回復で疲れたから寝るよ。それじゃあね」
そう言って保健室のベッドに向い、ベッドを覆うカーテンを閉めた。
「アイリス先生っていつも寝てるよね……?」
「寝る子は育つはずなのにね……」
二人ともメルが正確に何歳なのかは知らないが、『双児宮』の双子が学院に居た頃から保険医をしていたらしく、童顔と言うレベルではない彼女が自分達よりもずっと年上である事を知っていた。
「ホントに何歳なんだろ?」
何故か彼女の年齢を知っている人はおらず、メルの年齢関連の噂は昔から学院の都市伝説の一つとなっていた。
「というか、大丈夫だったのシャミア? メル先生が疲れる程の回復魔法をかけて貰ったみたいだけど?」
メルは最上級冒険職である【万能薬】という少し珍しい職業で、回復系の冒険者職業熟練度以外にも、製造職である、【錬金術師】の技能【薬学】の熟練度もあげる必要があり、冒険職と製造職の二つを掛け持ちする事で発現する職業であった。
同じ最上級冒険職である【賢者】より、回復に富んだ魔法やスキルを覚え、回復アイテムの製造も得意な職業である。
そんな【万能薬】であるメルが疲労したとなれば、どれだけの魔力を使ったのかという話であり、それ程の怪我をシャミアがしたかも、という心配がイルミの中に浮かんだのだった。
「大丈夫だって。疲れたなんて寝るための口実よ。本当に大した怪我はしてないもの」
「そっか……」
何はともあれ現在のシャミアが無事であるという事実が一番重要な事である。メル程の回復役であれば死んでいない限り、余程の怪我は治してしまうだろうが。そこは流石、怪我の絶えない冒険職専門の保険医であると言った所であった
「……まあ怪我の跡が残るかどうか確認する程度にはやられたけど」
先程シャミアが服を脱いでいたのはそのためだったらしい。
「冒険職を希望してるんだから怪我の跡くらい私は覚悟してるんだけど、先生が女の子なんだから一応確認しとけって」
確かに自分とは違って傷のない綺麗な背中だった――と、イルミは勝手に思い浮かべてしまい、照れて赤面する。それに気付いたシャミアも裸を見られた事を釣られて思い出して顔を赤くする。
「べ、別にアンタに裸を見られても今更過ぎて何も恥ずかしくないんだから!!」
「そ、そうだよね!!」
幼馴染であるため、今までに何度も一緒に風呂や着替えをしてきた。しかし、何年も前の話であり、もう記憶が曖昧なほど昔の事であった。見て、見られて、何とも思わない。そんな訳がないと分かっていても、二人の中で暗黙のうちに、この話を辞めようと取り決める。
「…………」
「…………」
そしてまた気まずい沈黙が訪れ、少し経って
「……心配してくれたんだ」
シャミアが口を開いた。
「敵だから話掛けないでって言ったのに」
「そりゃ、そうだよ。シャミアが怪我したなんて聞いたら……心配もする……」
血相変えて保健室に飛び込んで来たイルミの事をシャミアは見ていた。その言葉に偽りがない、どころか、言葉以上に自分の事を思ってくれている事を感じていた。
「……どうして一人で『妖精の誘い』を使うなんて無茶したの?」
「そう、先生から聞いたんだ……」
バツが悪そうにシャミアは自分の足下を見て、爪先で床をトントンと軽く叩く。
「……アンタなら分かるでしょ? 『レベル1』のイルミ」
シャミアが珍しくイルミの事をそう呼ぶ。他の生徒がイルミに言うような嫌味っぽさがそこには皆無だった。むしろ、イルミがレベル1である事を尊むような彼女は言い方であった。
それは、イルミの事を見てきたシャミアだからこその口振りのように思えた。
「……うん」
そして、シャミアの言うようにイルミも彼女の気持ちを理解していた。
「でも――」
「でもじゃない。いつも無茶ばかりしてるアンタに言われたくないわ。今回は絶対に勝たないといけないの。このくらいの無茶は無茶とは言わない」
無茶をする理由。それは彼女が負けられない相手にある。
「……コーデリアに――レベル35に勝つためなら、無茶でも無謀でも向こう見ずでも、やれる事をやらないと……勝てる訳がない――そうでしょ?」
「…………」
高い壁があって、それを超えようとするならば、命知らずになって挑まなければならない。そう彼がいつも思いながら実践しているのを間近に見ていた。
常に強くなり続ける彼の隣にいるためには、いつか【勇者】となる彼と肩を並べるには誰よりも強くなければいけない。
負ける訳にはいかなかった。自分の居場所を取り戻すためにも。
イルミやコーデリアにも強い覚悟があるように、シャミアにも同じだけの覚悟があった。
「まあ、そのおかげでレオンにまた借りが出来ちゃったんだけど。アイツが来てくれなかったらマジでやばかったかも……」
一人で多くの魔物を相手にしていたシャミアのピンチに現れたのはレオンだったらしい。
「残ったモンスターを一緒に戦ってくれたのはいいんだけど、大丈夫だって言ってるのに無理やり保健室に連れて行かれて、無駄に騒ぎが大きくなったわ……」
怪我の軽さの割に騒がれていた裏には、そういう事情があったようだ。
「まあ、でも良かった、本当に大した怪我じゃなくて」
「当たり前よ。アンタ達をブッ飛ばさないといけないんだから!」
ニッとさっぱりとした笑顔を向け、拳をイルミに突き出す。
「うん、でも僕も負けられないんだ。勝たせて貰うよ、シャミア」
突き出した拳にイルミは自分の拳をぶつける。
「い、一応、私達は喧嘩中だから先に教室戻ってくれる? 今日だけは特別。また、明日から大会まで私とイルミは敵なんだからね!」
「うん、そうだね。じゃあ先に戻ってるよ。またねシャミア」
「またねイルミ……」
随分と久しぶりにシャミアは、イルミから柔らかな優しい笑顔を向けられた気がした。
イルミが保健室から出て行った後も椅子に座って、制服の裾を握って黙っていた。
「ボクには少し眩し過ぎる青春風景だよ、まったく」
「えっ!?」
ベッドがある場所のカーテンの奥から寝ているはずのメルの声が聞こえた。
「起きてたのメルちゃん!?」
「だからアイリス先生と呼びたまえ……まったく眠れる訳がなかろう。カーテン越しにも青春の輝きが見えてかなわんよ」
「あ、そ、そうなんだ……あはは」
聞かれて困るものではないが、二人きりの気分で話していたため、少し気恥ずかしく感じてしまう。
「ま、少しは機嫌が良くなったみたいで保健医としても安心したよ。そんなに彼が心配しに来てくれたのが嬉しかったのかい?」
「そ、そんなんじゃないですよ。別に機嫌も良くなってないし」
少し動揺を見せるシャミアに
「本当かな? さっきからキミの顔は緩みっぱなしじゃないか?」
「見えてないのに適当な事を言わないでよ!?」
必死に否定するシャミアだが、カーテン越しで見えているはずがないのに、シャミアの頬はメルの言ったとおり緩みっぱなしであった。
「本当にそうかね?」
「本当だって! わ、私も、もう帰るから!」
メルから逃げるように保健室から出ていこうとするシャミア。
「はい、お大事にー」
メルはカーテンの隙間から白衣の袖だけを出して縦に振るのであった。
保健室から出た後もシャミアは頑張って表情を引き締めようとするが、どうしても緩んでしまうのであった。




