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女王の庭師  作者: シレンシノ
次男ジュネラザール公爵夫人の花園
17/18

June of garden 6



「私に似ている人というその人は、どんな人でしたか」

 二日後、二度目のティータイムに招かれたニルは、テラスで紅茶を飲みながら訊ねた。今日はジュネラザール公爵は公務で不在で、公爵夫人と数人の侍女がいるだけである。

「宮殿の庭師だったよ。優しくて、頭がよくて、いつも面白いことを言って周囲を笑わせてくれる人だった」

「そう……ですか」

「君が思い浮かべたのとは違う人だった?」

 図星をつかれ、ニルは曖昧に言葉を濁した。違うも何も正反対だ。父は優しくもなければ面白い冗談など絶対に言わない人だった。口を開けば皮肉ばかり。まあたしかに頭はよかったが。

「彼は東の一番小さな庭園の庭師でね。昔は庭園ごとに管理人の庭師がいたのよ。彼は一番若かったから、そこが彼の城だった」

 ケイトは懐かしそうに目を細め、ニルの顔を覗きこんだ。

「行ってみたい?」




 しとしとと降りしきる小雨の中、およそ公爵夫人という身分とは思えない男性ものの黒く無骨な傘をさすケイトの後ろをついていくと、宮殿の東の果てにたどり着いた。

「ああ、六月の庭のことですか」

庭園の入り口まで来ると、ニルは呟いた。

「そういう名前なの?」

「管理しやすいように庭園にはそれぞれ呼び名がつけられているんです。恐らく六月が見ごろのラニバの花がたくさん植えてあるのでそう呼ばれているのでは。へえ……伝統的なエルティッシュガーデンだ」

やや黄ばんだ石灰岩のレンガが積みあがった塀に囲まれた、こじんまりとした花園を見て、ニルはため息をつくように言った。

モザイク画のように花が植えられ、図形的な配置の美を追求した主流のゼンフィッツ式ではなく、自然との共存の形を目指した風景庭園のようだった。ヴィラン宮殿にある庭園の中では二番目に小さな庭園だ。植えられた植物も園芸種はほとんどなく、素朴な、だが花が咲いたときの風景を完璧に計算しつくして設計だとすぐにわかった。

「初めて入りますが、俺もこの庭、好きかも」

 作った人間の、自然の風景への愛情と尊敬が感じられる。自分がどこにいるのかを一瞬忘れさせるような、そんな感じだ。

「実はその庭師は姉の恋人でね」

 レンガでできたアーチ形の門をくぐりながら、ケイトは言った。

「姉のアリは昔から体が弱くてよく病気をしていたんだけど、病弱のくせに医者嫌いで、診察の前になるとよくこの庭に逃げてきてて。それを追いかけて捕まえるのが私の役目だった。この庭はアリが好きだった庭なんだ」

 二人の少女が笑いながらかけていく様子が脳裏に浮かび、ニルは思わず目を細めた。常時何種類もの花が咲き、草木が茂るこの庭園は何時間いても飽きない、格好の子供たちの遊び場だったろう。

「最後にこの庭に入ったのはもう十年も前。その時もアリと一緒だった」

 そのとき、ケイトがふと立ち止まった。

「……どうかしましたか、公爵夫人」

「この先に行くのはやめよう」

 きっぱりとした口調に確固たる意志を感じ取り、ニルは大人しく従った。

「だいぶ風も強くなってきたしね。そろそろ戻らないと侍女が心配しちゃ」

 と、そのとき、足元がよろけるほどの強い風が吹き、黒い影が視界を横切った。ケイトの傘が裏返り、生垣の向こうへ飛ばされていってしまった。

「公爵夫人、お怪我はありませんか。すぐに傘をとってきます」

ケイトにかけより、自分の傘を手渡すと「いや、いいよ。自分で行けるから」とニルを制した。

空を見上げると、さっきよりも数倍濃い灰色の雲が頭上に浮かんでいた。大粒の雨が顔にはりつくように落ちてくる。木々たちも大きな旗がはためくように、ざやざやと騒がしい音を立てている。

「ああ、セレカトの木があるんですね」

 ケイトの後を追い、生垣を乗り越えると、前方に大きな木があった。ニルがその大樹の幹に、物珍しそうに触れた瞬間ーーーー突然悲鳴が聞こえた。

「公爵夫人!?」

ケイトはその場にしゃがみこみ、咲きかけのラニバの花を踏むのも気づかず、見開いたその瞳は瞬き一つせずその木を凝視していた。

 さわさわと風に揺れる枝葉。

 そこに重なるように視界いっぱいに広がる、美しい薄紫。

 まるで落ちてくる雨の滴を具現化したように降り注ぐ花吹雪。

「百年に一度咲くと言われるセレカトの花は、死の前兆を表すと呼ばれてる……!」

 まるで溺れかけた子どものように、ケイトは駆け寄ったニルのマントをぎゅっと掴んだ。

「十年前も……見たの……アリと最後にこの庭に来たとき、あの花が咲いていたわ.そのすぐ後……アリは……アリは……!!」







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