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女王の庭師  作者: シレンシノ
次男ジュネラザール公爵夫人の花園
18/18

June of garden 7



「ケイト!」

 けたたましい音を立て、扉が開いた。血相を変えて飛び込んできたのはコーネリアスだ。

「どうしてあの庭に入ったりしたんだ!? 誰が連れて行った!?」

 コーネリアスは部屋にいる全員を見回した。侍女や使用人たちが困ったように顔を見合わせる。ニルが口を開きかけた瞬間、ケイトはそれを目で制して

「私よ。私が自分で行ったの」

 と、つとめて冷静な口調で行った。

「君が!? なぜ……」

 困惑するコーネリアスに「待ってて」と告げ、ケイトは壁際にいたニルに向き直った。

「ごめんね、ニル。急に取り乱したりなんかして。でももう大丈夫だから」

 ケイトが柔く微笑むと、ニルはほっとしたような安堵の表情を浮かべ、ベッドの近くまで寄ってきた。

「毎年私たち夫婦がこの時期にバンデンへ来るのは、アリのお墓参りに来るためなの」

 ケイトは窓の外に視線をやった。部屋の窓からは、背の高い針葉樹しか見えないが、その視線の先にはたしかにあの、美しいラニバの花が咲き乱れる六月の庭がある。

「アリはね、十年前に亡くなったんだ。出産のときにね」

当時、宮廷医チームにケイトもいた。まだ学校出たばかりで一番下っ端だったが、幼い頃から父たちの手伝いをしていた経験が買われ、早い時期から現場に出してもらっていたのだ。

アリはその病弱な体のせいで、子供を授かったとしても産むことは無理だろうと言われていた。母胎に命の危険が及ぶかもしれないことも、アリはちゃんとわかっていた。それでも、産む方を選んだ。

「ほら、貴族って出産にあまり興味がないでしょ?」

エルトラントの貴族にとって子供とは家の存続のためのものでしかない。貴婦人たちからすれば、子供なんて自分の体形を崩す忌むべきものくらいにしか思っていないだろう。そのため、産んだ後は成長するまで田舎の乳母に丸投げだ。王家のように同じ家に住んでいるのは珍しい。

「でも、アリは違ったんだ。アリは大好きな人の子どもがどうしても産みたいんだって言ってた。それで私、言っちゃったのよ。アリの決断を尊重するって。出産を何度も見てきたから、どうしても他の貴族の女達の言う事が理解できなかった。だって出産って毎回毎回奇跡なのよ? 生きるか死ぬかの大勝負。アリの強い気持ちと覚悟があってこそできるものだと思った。でも、……それは大間違いだった。出産をたくさん見てきたからこそ、私は絶対賛成しちゃいけなかったのよ、背中なんか押しちゃいけなかった……」

 結局あのセレカトの木が予見したように、アリは自分の子供に会うことなく、命を落としてしまった。もしあの時、背中を押すようなことをしなければ、アリは今でも生きていたかもしれないのに。

「私も近いうちに死ぬのかな」

「ケイト!」

 ケイトのつぶやきにコーネリアスが泣きそうな顔で叫んだ。

セレカトの花が咲いたのだ。黄泉の国からの迎えが知らずに来ているのだろう。

でもアリに会えるならそれもいいかもしれない。

 瞼を閉じれば、いつでもアリに会うことができた。十年経てば人は昔というだろうが、ケイトの中ではちっとも色褪せない。今もあの庭に行けば、アリに会えるような気がしてしまう。だからこの十年間、ケイトはあの庭に近づくことをしなかった。アリの墓だけを訪ね、それが彼女の死を受け入れることだと思っていた。

 自嘲気味なつぶやきに、ニルは困ったような顔をした。そして

「非常に言いにくいのですが、そのようなことはないと思いますよ」

 と慎重な言葉選びの末、言った。

「ケイト様、もしお加減がよろしければ、もう一度あの庭に参りませんか?」

「え?」

ケイトが躊躇うように目を泳がせると、

「大丈夫です」

 とまっすぐ目を合わせて、しっかり頷いた。

 心配でついてきたコーネリアスと手をつなぎ、ニルに先導されながら再び庭に足を踏み入れた。

 十年ぶりだというのに、記憶の中にある風景とほとんど変わらない。まるで泉から水が湧き出るように、当時の記憶が流れ出る。夏の日差しを避けて入った木陰とその下に生えるアゼミ、リリアンローズのツルが巻きついたアーチ、石畳の隙間に群生する小さなソマリエの花……どこを見ても、アリとの思い出がよみがえる。

 先を歩くニルが、あのセレカトの木の前で立ち止まった。セレカトは風に揺れ、止んだばかりの雨の滴を、シャワーのように大きな音を鳴らしながら落とした。花は咲いておらず、緑の涼やかな葉が揺れているだけだ。

 ニルがふりむき、手招きをした。ケイトがその木に近づくと、まるで何かの合図のようにやはり一斉に薄紫の花が咲きだした。

「いやぁっ」

「待って、ケイト様」

 目の前の風景が、かつてのそれとリンクする。10年前の、あの日の記憶と。

 思わず逃げようとしたケイトの腕を抱きしめるように掴み、「待ってください」ともう一度言った。

「この花は不思議な花ではありますが、決して不吉な花ではないんです。この花は新たな命の誕生に誰よりも早く気づき、祝福をするために咲く花なんです」

「新たな命の誕生……?」

 ケイトはニルの言葉を復唱し、一瞬固まった。すぐに理性を取り戻し、そしてお腹に手をあて、コーネリアスと顔を見合わせる。

「え、うそ!?」

「急な味覚の変化は妊娠の前兆とも言われてますよね」

 たしかに去年は美味しかったはずのスコーンが全然美味しくなかったのは、妊娠のせいだったのかもしれない。

「出産は死を伴うことも多い。だからセレカトの木は人の死を予見する不吉な木だと言われるようになってしまったようです。そんな木に妊娠した女性はまず近づきませんから、百年に一度という言い伝えが加わったのでしょう」

「そういえば、アリとこの庭へ来た時も、アリの妊娠がわかる少し前だった……」

ケイトはもう一度セレカトの木を見上げた。

 新しい命を祝福する花――そう言われて見ると、ずいぶん趣が違って見える。ケイトは自分の中にあった恐怖がすうっとなくなっているのを感じていた。

「……優しい花だったのね」

「子供を産むということは、生命にとってはたぶん、すごく大変なことなんだと思います。だって、新しいものを一から作るってものすごいエネルギーのいることじゃないですか。アイザック様が言っていたように、一個の個体を更新する方がよっぽど楽で効率的です。それでも人は別の誰かと出会って、謎のエネルギーに突き動かされるみたいに二人で新しい命を生み出そうとするんだ。なんでそんなことするんだろう、俺にはわからないけど」

はらはらと落ちてくる花びらは、まるで大粒の雨のようだった。でも雨と違って冷たさは感じない。むしろ、何かを浄化するような、清々しい姿だ。

「私、その謎のエネルギーの名前、知ってるわ」

 クスリと笑って、コーネリアスを見る。彼もまた、晴れやかな優しい顔でケイトを見ていた。十年間、ケイトの隣で根気よくケイトを見守り続けてくれた人だ。

「明日、姉さんの墓参りに行こう」

「そうね。妊娠の報告をしなくちゃ」

「きっと喜ぶさ」

 この花のように、とコーネリアスはケイトの額に優しく口づけた。




June of garden -了-






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