June of garden 3
昼下がりのアフタヌーンティー、ケイトが宮殿の客間で待っていると、その少年はいつのまに現れたたのか、気づけばぬらりと影のようにそこにいた。
「国家庭師のニル・クリムと申します。今日は午後のティータイムにお招きいただき、ありがとうございます」
小慣れた調子で堂々と挨拶をする最年少の国家庭師を見たケイトは、彼を一目で気に入った。胸元に国家庭師の証であるルビーのバッチがつけられた象徴的な真紅のマントを着てはいるが、小柄でまだどこかあどけなさを残す顔だち、苺色の目、かつ伸び放題の髪が一層幼さを引き立たせていて、ほんの子供にしか見えない。だが、山ウサギの皮でできた手袋を外したその手は武骨で働き者の手だ。やや生意気そうな様子も、ケイトの好みだ。
挨拶もそこそこに、ケイトは嘆きの森の事件について聞きだした。ニルがオーレリアの初恋の相手、マシュー・ハイアットと知り合いだったため、ケイトの胸はときめきっぱなしだ。
「若いっていいわねえ」
テーブルの上のスコーンに手を伸ばし、ため息をつくと「公爵夫人だっておわかいじゃありませんか」とニルが真面目な顔で言うので、ケイトは苦笑した。
「三十手前の女にそのお世辞はそろそろキツイわ」
ケーキスタンドには一口サイズのキュウリのサンドイッチに大きめのスコーン、クリームいっぱいのケーキやカラフルなタルトが所狭しと並べられている。
「ねえ、なんだかこのスコーン、変な味しない?」
スコーンをひとつ口に入れたれ、ケイトは思わず眉をひそめた。どうも塩気が強すぎる気がする。
「そうかい? 私は普通に美味しいと思うが。それに君は去年は美味しい美味しいとパクパク食べていたよ」
去年の自分の味覚を疑うほどの味だが、コーネリアスもニルもそんなことはないと言ってくれた。
甘いものが苦手なコーネリアスはキュウリのサンドイッチをつまみながら、ニルに訊ねた。
「君はどうしてそんなにも早く国家庭師の試験にパスできたのかね。あれは難関と聞くが」
「小さな頃から家族で世界各地を旅してまわっていたので、その経験が大いに役に立ったんだと思います」
「世界を? それはすごいわ」
会話は盛り上がり、とてもよくはずんだ。ニルはこういう場でしゃべり慣れているのだろう、世界を旅した最中に遭遇したその土地ならではのエピソードや国家庭師の仕事を面白おかしくすらすらと喋った。当然だが植物に対する造詣も深く、庭の草木への質問もポンポンと返ってくるのでケイトは感心した。伊達に女王の庭師を名乗る者ではないということだろう。
「あなたと喋っていると、昔の知り合いを思い出すわ」
ケイトはふとそんなことを呟いた。どんな方ですか、とニルも前のめりになって質問する。
「あなたと同じで植物が大好きで、四六時中植物のことばかり考えているような人よ。鼻についての小難しい理論なんかを聞いてもないのにぺらぺら喋ってて……」
「ケイト、そろそろ時間では? あんまり拘束してはニルも可哀想だ」
「やだ、私ったら」
コーネリアスに促され時計を見ると、針はもう五時を回っていた。二時間も喋っていたことになる。
「ニル、今日はとても楽しかったわ。またお茶しましょう」
ニルを見送り、伸びをしながら椅子に戻ると、向かいの椅子のコーネリアスと目があった。組んだ手を膝に置き、何か言いたげな目でこちらを見ている。
「ケイト、部外者にあの話をしてはいけないよ」
「止めてくれてありがとう。つい、ね」
「君は自分でも気づかないうちにナイーヴになっているんだよ。独立したキーワードを無理やり結びつけて、まるで望む答えに導いているようだ」
ケイトは何も言い返すことができず、黙ってうつむいた。
「僕は君を、苦しみから少しでも楽にしてやりたいんだ。あれは不幸な事故だったんだよ、君は何も悪くないんだ」
「……そうね、コニー」
コーネリアスは立ち上がるとそっとケイトの肩を叩き、何も言わずに部屋から出て行った。結婚して十年、ケイトが一人になりたい時はいつも何も言わずとも感じ取ってくれる自慢の亭主だ。




