第三話「継承の設計」
六歳になった年の春、俺は初めて、自分の中に焦りに似た感情が生まれていることに気づいた。
信玄は、まだ壮健に見えた。だが前世の記憶が告げている。祖父が病に倒れるまで、残された時間はもう長くない。天正元年、四月。もうまもなく、この国の絶対的な支柱は、姿を消す。
問題は、病そのものではなかった。俺が本当に恐れていたのは、その後に起きることだった。
前世で、俺は数え切れないほどの「事業承継」の現場を見てきた。創業者一代で築き上げた会社が、代替わりの瞬間につまずき、傾いていく。原因はいつも同じだった。後継者本人の能力ではない。権限の移譲が曖昧なまま、先代が急にいなくなることだった。
武田家にも、まさにそれが起きようとしていた。
父・勝頼は、信玄の四男でありながら、正式な後継者ではない。本来の跡取りは、勝頼の兄にあたる義信だったが、すでにこの世を去っていた。そして勝頼自身の立場も、俺の知る歴史では宙ぶらりんだった。正式な当主としてではなく、勝頼の子――俺の異母兄にあたる信勝が成人するまでの「陣代」、いわば代理としての扱いに留め置かれる。
それが、命取りになる。
家督とは名ばかりの中途半端な地位のまま、勝頼は信玄の遺した重臣団を率いなければならなくなる。譜代の家臣たちは、腹の底で「所詮は中継ぎ」と侮る。命令には従っても、心からは従わない。その空気が、長篠での無理な決断にも、後年の相次ぐ離反にも、静かに影を落としていくのだ。
――これだけは、変えなければならない。
だが六歳の子供に、家督継承の制度そのものを動かす力などない。信玄本人に直談判できるほどの立場でもない。俺にできるのは、せいぜい周囲の大人たちに、小さな疑問の種を蒔くことだけだった。
ある日、俺は父・勝頼の側近を務める初老の家臣に、何気ない体で尋ねてみた。
「もし、父上が家を継がれるとして、それは本当に、家を継いだことになるのですか」
家臣は怪訝な顔をした。
「どういう意味でございますか、若君」
「いつか信勝兄上が大人になったら、父上は、その場所を譲るのでしょう。それでは、家臣の方々は、父上のことを、本当の主とお思いになれるのでしょうか」
家臣は、しばらく黙り込んだ。子供の素朴な疑問として聞き流すこともできたはずだが、その沈黙の長さが、俺の狙いが的を射たことを物語っていた。
「……若君は、なかなか、恐ろしいことをお尋ねになる」
「恐ろしい、とは思いません。ただ、家臣の方々が迷わぬように、はっきりしていたほうがよいのではと、思うだけです」
「そのお考え、どこかで誰かに教わりましたか」
「いいえ。誰にも」
嘘ではなかった。この国で、この考えを教えてくれる者は、まだ誰もいない。
家臣は、その日のうちに何も答えなかった。だが数日後、勝頼の周辺で、家督のあり方についての話が静かに交わされ始めているという噂が、俺の耳にも届くようになった。子供の何気ない一言が、そのままの形で家中の議論を動かすわけではない。だが、疑問の種は確かに蒔かれた。あとは、それがどこまで育つかだった。
数日後、俺は思いがけない形で、その芽の育ち具合を知ることになる。
父・勝頼に、久しぶりに呼び出されたのだ。私室に通されると、勝頼は書見台を前に、難しい顔をして座っていた。
「信次。近頃、そなたが妙なことを家臣に問うていると聞いた」
心臓が跳ねた。声には出さず、俺は静かに頭を下げた。
「差し出がましいことを申しました。お許しください」
「詫びずともよい。……ただ、聞かせてくれ。そなたは、なぜあのようなことを問うた」
正直に答えるわけにはいかない。だが、嘘だけで押し通せる相手でもなかった。俺は言葉を選びながら、慎重に口を開いた。
「父上が、いつかご当主となられたとき、家臣の方々が心から従うようになるには、どうすればよいかと、考えておりました」
「……それで」
「主が誰であるかが、初めからはっきりしていれば、家臣は迷いません。迷わぬ家は、強うございます。逆に、主の座があやふやなままでは、いくら父上がお強くとも、家臣の心は割れましょう」
勝頼はしばらく無言だった。その沈黙は、家臣に問うたときのものとは、明らかに重さが違った。
「……子供の考えとは思えぬな」
「祖父上に、良く見られとうございましたゆえ、日頃から色々と考えております」
苦し紛れの答えだったが、勝頼はふっと表情を緩めた。
「そなたは、変わった子だ。だが、悪い変わり方ではない」
その一言だけで、俺は十分だった。父が、俺の言葉を「子供の戯言」として切り捨てず、真剣に受け止めてくれた。それがどれほど貴重なことか、俺にはよく分かっていた。
私室を辞したあと、俺は廊下でしばらく立ち止まり、深く息を吐いた。
継承のあり方そのものを、今すぐ動かすことはできない。信玄の決定を、六歳の孫がひっくり返せるはずもない。だが、当事者である父の中に、一度でも「明確な継承」という発想の種を植えつけられたことは、決して小さな一歩ではなかった。
前世で学んだことの中に、こんな言葉があった。組織は、権限が曖昧な瞬間に一番弱くなる。誰が決めるのか、誰に従うべきなのかがはっきりしないとき、優秀な人間ほど早く離れていく。
武田家に必要なのは、勇猛な武将ではない。曖昧さを排した、明確な継承の設計図だった。
信玄が没するまで、もう幾日もない。俺はまだ、種を蒔くことしかできない。だが種を蒔かなければ、何も始まらないことを、俺は前世の記憶から、痛いほど知っていた。




