第二話「勘定の目」
五歳になった年の秋、俺は初めて館の勘定方――金山や年貢を管理する役人たちの詰所に足を踏み入れることを許された。
信玄との一件以来、俺の扱いは明らかに変わっていた。乳母や近習たちは、もはや俺を「変わった子供」としてではなく、「何か特別なものを持った若君」として見るようになっていた。もっとも、その正体が「三十四歳で死んだ現代の経営コンサルタントの記憶」だと知られるわけにはいかない。俺はあくまで「聡い子供」の枠に収まるよう、慎重に振る舞い続けていた。
詰所では、白髪の勘定奉行が算木を並べながら、今年の金山からの上がりを計算していた。傍らには帳面が積まれている。俺はしばらく黙ってその作業を眺めていた。
「若君、このようなところに何用でございますか」
「見ているだけだ。邪魔はしない」
勘定奉行は苦笑しながら作業を続けた。だが俺の目は、算木の動きよりも、積まれた帳面の中身に釘付けになっていた。
――これは、まずい。
前世で散々見てきた「どんぶり勘定」の典型だった。収入と支出が別々の帳面に記され、しかも記載の時期がまちまちで、月ごとの実態が一目で分からない。金山からの産出量は記録されているが、採掘にかかる人件費や道具の消耗費と突き合わせる形にはなっていない。これでは、金山が実際に利益を生んでいるのか、それとも掘れば掘るほど赤字が膨らんでいるのか、誰にも分からないはずだ。
前職で、俺は何十社という地方の中小企業や自治体の再建計画に関わってきた。共通する失敗の型は、いつも同じだった。売上ばかりを見て、原価を見ない。現金の出入りを、正確に把握していない。だから、傾いていることにすら気づかない。
「奉行殿。今年の金山は、去年より稼いでいるか」
「は。産出は、去年よりわずかに多うございます」
「では、儲かっているのだな」
奉行は一瞬、言葉に詰まった。
「……産出は、多うございます」
「儲かっているか、と聞いている」
「それは……坑を深く掘るようになった分、人足も道具も増えておりますゆえ、一概には」
やはりだ。産出量という「売上」だけを見て、掘削にかかる費用という「原価」を突き合わせていない。これでは、金山が今、健全なのか、それとも静かに損を垂れ流しているのか、誰も答えられない。
「奉行殿。一つ、頼みがある」
「何でございましょう」
「産出と、それにかかった人足代、道具代を、同じ帳面に、同じ月ごとに並べて書いてみてくれないか。産出から費用を引いたものが、本当の儲けだ」
奉行は怪訝な顔をした。五歳の子供が口にする言葉としては、あまりに具体的すぎる。俺は慌てて付け足した。
「父上によく言われるのだ。物事は、良い面だけでなく、かかった分と合わせて見よ、と」
苦し紛れの言い訳だったが、奉行はそれ以上追及せず、「なるほど、道理でございますな」と頷いた。この時代、収支を一つの帳面で突き合わせるという発想自体が、まだ一般的ではなかった。前世で当たり前だった複式簿記的な発想は、この国ではまだ誰も持っていない武器だった。
その日から数ヶ月後、俺は再び詰所を訪れた。奉行の帳面は、俺の提案どおり、産出と費用を並べて記す形に変わっていた。そして、その帳面が示していた事実は――俺の予想を裏付けるものだった。
金山の一部の坑は、産出量こそ多いものの、深く掘りすぎたことで人足の手当てが膨らみ、実際にはほとんど利益を生んでいなかった。逆に、浅く掘れる別の坑のほうが、実入りは少なく見えても、効率では上回っていた。
「これは……」
奉行が呆然と帳面を見つめていた。長年、勘と経験だけで金山を差配してきた男にとって、数字がここまではっきりと現実を突きつけてくるのは、初めての経験だったのだろう。
「奉行殿。深く掘っている坑を、今すぐ閉じよとは言わない。だが、来年からは、そちらへ回す人足を減らし、浅い坑のほうへ厚く回してはどうか」
「……浅い坑を厚くする、と申されましても、若君。深い坑のほうが、金の質は良うございます」
「質が良くとも、掘るのにかかる手間賃で食われては意味がない。多く儲かる場所に、多くの力を注ぐ。当たり前のことだ」
前職で口を酸っぱくして言い続けてきた言葉だった。「選択と集中」。限られた資源をどこに配分するかという判断は、業種が変わろうと、時代が変わろうと、驚くほど普遍的な原則だった。
奉行はしばらく沈黙したあと、深く頭を下げた。
「……若君のお言葉、勘定方一同にて検討いたします」
その返答だけで、十分だった。すぐに全てが変わるわけではない。この国は、俺の思いつきひとつで動くほど単純ではない。だが、数字という動かしがたい証拠を突きつけられれば、経験と勘に頼ってきた男たちも、いずれ耳を傾けざるを得なくなる。それは前世で、幾度となく目にしてきた光景だった。
詰所を出ると、冷たい秋の風が頬を撫でた。俺は空を見上げながら、静かに笑った。
鉄砲の数を揃えることも、外交で立ち回ることも、今の俺にはまだできない。だが、帳面の中に潜む無駄を見つけ出し、限られた金と人を、正しい場所へ振り向けること――それなら、五歳の子供にもできる。いや、五歳の子供だからこそ、大人たちの誰も気づかなかったやり方で、この国に手を入れられるのかもしれない。
前世の知識は、鉄砲の使い方や戦術だけではない。数字の読み方、組織の見方、限られた資源をどこに集中させるべきかという判断――それこそが、この国を変えるための、もう一つの武器になる。
長篠まで、あと八年。俺はまだ、始まったばかりだった。




