表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/16

傭兵連邦の嵐 — グラウン連邦・交易都市ヴェルク —

霧峠を越えると、空気が変わった。


アルダ王国の大気は清潔で、光魔法の残滓がうっすらと漂っている。だがグラウン連邦に入った途端、火と鉄と汗の匂いが混じった濃い空気が鼻を突いた。リンにとっては、こちらの方が慣れた匂いだった。


傭兵の国グラウン連邦——正確には、一つの国ではない。十七の都市国家が緩やかな盟約で結びついた連合体で、その実態は各都市を仕切る傭兵団の勢力争いだ。法律より剣が優先され、金さえ払えば何でも買える。リンはこの国で三年間を過ごした。


「この先の交易都市ヴェルクで補給をします」とテオが地図を指しながら言った。「ただ——現在、ヴェルクでは傭兵団同士の抗争が起きています。通過には注意が必要です」


「どの団だ」リンは聞いた。


「〈赤牙団〉と〈鉄仮面団〉です。ご存知ですか」


リンは少し黙った。


「知っている」


◆ ◆ ◆


ヴェルクの城門は開いていたが、門番が二人、槍を交差させてパーティーを止めた。


「よそ者か。今は物騒だ、素性を言え」


テオが口を開こうとした瞬間、リンが一歩前に出た。


「流れ者のリン・クロウだ。北へ抜けるだけだ」


門番の一人が目を細めた。もう一人が槍を引いた。


「……〈闇斬り〉のリン・クロウか。通れ。ただし、団の抗争には首を突っ込むな」


城門をくぐりながら、シアがリンの隣に並んだ。


「〈闇斬り〉という名が通用するのか、この国では」


「三年いた。それだけだ」


「……それだけでああいう顔をされるの?」


リンは答えなかった。シアは追及しなかった。それが今のふたりの距離感だった。


◆ ◆ ◆


ヴェルクの中心街は、半分が封鎖されていた。


赤牙団の旗を掲げた建物と、鉄仮面団の旗を掲げた建物が、広場を挟んで睨み合っている。住民は窓の鎧戸を閉め、表通りから人が消えていた。


補給のために立ち寄った雑貨屋の主人は、白髪の老婆で、パーティーを見るなりため息をついた。


「旅人か。運が悪い。抗争はもう五日続いてる。始まりは赤牙団の頭目が殺されたことだよ——昨夜、何者かに」


「犯人は」とアレンが聞く。


「わからない。だから両団が互いに疑って、街が割れた。このままじゃ全面衝突だ。子供も老人も逃げられない人間が何百人も取り残されてる」


老婆が言い終わる前に、外で怒声が上がった。続けて金属音、そして悲鳴。


リンは扉を開けた。広場に人影が溢れ始めていた。赤牙団の傭兵が十数人、鉄仮面団の詰め所に向かって突進している。全面衝突の始まりだ。


「介入するか」テオが言った。


「任務外だ」リンは言った。


「でも民間人が——」アレンが言いかけた。


「わかっている」


リンはすでに大剣を抜いていた。


◆ ◆ ◆


広場に飛び込んで最初にしたのは、斬ることではなかった。


リンは赤牙団の先頭を走る男の剣を大剣の平で弾き、その勢いで男を転倒させた。続けて鉄仮面団側の先頭にも同じことをする。両陣営が一瞬、足を止めた。


「止まれ」


声は大きくなかった。それでも広場に響いた。何かを持つ者の声だ——怒りでも権威でもなく、ただ「止まる理由」を持っている者の声。


アレンが光魔法で広場全体を照らし、シアが両陣営の後方に火柱を二本立てた。退路を塞ぐ形だ。エルが高所から矢を一本放ち、広場の中心の石畳に突き立てる。誰も傷つけない、しかし確実に「次は当てる」という意思表示。ゴルドが地面を震わせ、双方の足元に亀裂を走らせた。


傭兵たちが動きを止めた。


「赤牙団の頭目を殺したのは、鉄仮面団ではない」


リンが言うと、両陣営がざわめいた。


「根拠は」赤牙団の副頭目らしき男が怒鳴った。


「昨夜の殺しの手口だ。傷口は一太刀、深さが一定で迷いがない。傭兵の刃じゃない——訓練された暗殺者の仕事だ。しかも刃に闇魔法の残滓がある。これは第三勢力の仕業だ」


広場が静まり返った。リンは続ける。


「あなたたちを潰し合わせたい者がいる。誰が得をするか考えろ。このまま衝突すれば、両団とも弱体化する。漁夫の利を得るのは誰だ」


赤牙団の男が鉄仮面団の男を見た。鉄仮面団の男が赤牙団の男を見た。どちらも、怒りよりも困惑の色が勝ってきていた。


「……どうやって確かめる」鉄仮面団の幹部が言った。


「頭目の遺体を見せろ。一時間で答えを出す」


◆ ◆ ◆


遺体の傷を確認したのはリンとゴルドだった。ゴルドが工匠魔法で傷口の金属痕を解析し、リンが闇魔法の残滓の性質を読んだ。


「ヴァルネスの刃だ」ゴルドが低く言った。「金属組成が違う。北の合金だ」


「魔将の手の者か」リンは傷口に指を近づけた。闇の気配が左手の環に触れ、微かに共鳴した。「……いや、違う。これは魔将よりも純度が低い。手下だ。偵察か工作要員か」


アレンが腕を組んで考えた。


「ヴァルネスがグラウン連邦の内部抗争を仕掛けた。封印修復に向かう我々の通路を塞ぐために」


「または、傭兵連邦そのものを弱体化させることが目的かもしれない」エルが言った。「五大陸の中で最も大きな軍事力を持つのはグラウンだ。魔王にとって最大の障害」


リンは遺体から離れ、窓の外を見た。広場ではまだ両団の傭兵が向き合っている。


——これが「革命」の種だ、と思った。外から火をつけ、内側から崩す。五大陸を統一する力がないなら、割り続ければいい。それが魔王の戦略なら、封印よりも先にこの構造そのものが問題だ。


◆ ◆ ◆


一時間後、リンは両陣営の前に立った。


証拠を示した。ゴルドが金属分析の結果を、リンが闇魔法の残滓の性質を説明した。テオがアルダ王国騎士団の紋章を出し、証言に権威を添えた。


赤牙団の副頭目は長い沈黙の後、剣を鞘に収めた。鉄仮面団の幹部もそれに続いた。


「……わかった。信じよう」赤牙団の男が言った。「だが、黒幕をどうする」


「追う。北へ向かう我々が引き受ける」リンは言った。「その代わり、ヴェルクの通行と補給の便宜を頼む」


男は少し考え、頷いた。


◆ ◆ ◆


夜、ヴェルクの宿に落ち着いてから、アレンがリンに言った。


「あの広場での判断——任務外でも動いたのは、民間人のためか」


「子供が逃げ遅れていた。老婆が扉を閉めていた。それだけだ」


「それだけ、か」


アレンは少し笑った。初めてリンの前で見せる笑顔だった。


「あなたは自分が思っているよりも、ずっと多くのものを守ろうとしている。そう見える」


リンは答えなかった。否定もしなかった。


窓の外で夜風が吹き、宿の看板が揺れた。北の空に、また薄い霞が出ていた。


次の目的地は決まった——ヴァルネスへの中継地点、シルヴァニア。エルフの国だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ