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勇者と流れ者 — アルダ王国・王都ルシア郊外、野営地 —

王都ルシアの城壁が見えてきたころ、リンはテオの馬の半馬身後ろで手綱を握ったまま、あくびをした。


三日の道中、テオはよく喋った。アルダ王国の歴史、勇者パーティーの結成経緯、封印修復の工程——その全てをリンは聞き流しつつ、必要な情報だけ記憶に刻んだ。旅の習慣だ。


城壁の手前、街道から外れた林の中に幾つかの天幕が立っていた。王都に入らず野営している理由を、テオは「目立たぬためです」と言った。勇者一行が動けば、各国の諜報員が動く。なるほど政治劇らしい判断だ、とリンは思った。


◆ ◆ ◆


天幕の前で、四人が待っていた。


リンは馬を降り、一人ずつを目で読む。長年の流れ者暮らしで培った習慣——三秒で相手の戦闘能力と危険度を値踏みする。


先頭に立つのは、金髪の青年。年は二十そこそこ、背が高く、腰に白い聖剣を帯びている。光魔法使いの特有の気配——体の周りの空気がわずかに澄んでいる。勇者だろう。


その隣は、赤い長髪の女性。体格は細いが、指先に火属性特有の微細な熱揺らぎがある。魔法使い。目つきが鋭く、リンを見た瞬間から警戒を隠さない。


三人目は、尖った耳——エルフだ。銀髪を後ろで束ね、弓を背負っている。年齢が読めない表情で、ただ静かにリンを観察している。


四人目は、小柄で頑丈な体格のドワーフの男。腕が太く、土と鉄の匂いがする。工匠系か、あるいは土魔法の使い手か。


全員、腕は立つ。そしてリンへの視線は、歓迎からはほど遠い。


「テオ、これが例の人物か」


口を開いたのは金髪の青年だった。声は落ち着いているが、目に迷いがある。


「はい、アレン様。リン・クロウ殿です。闇属性魔法の使い手で——」


「聞いている」


アレンと呼ばれた青年はリンの前に立ち、まっすぐ目を見た。


「リン・クロウ。私はアレン・ソレイユ。アルダ王国の勇者だ。率直に言う——私は、あなたを信頼していない。闇属性の使い手がなぜ傭兵都市にいたのか、過去に何があったのかも知らない。だが封印修復には闇の力が必要で、今この世界にそれを持つ者はあなただけだと言われている。だから協力を頼む」


正直な男だ、とリンは思った。嫌いではない。


「条件は昨日テオと話した。それだけ守れれば文句はない」


「……わかった」


アレンが一歩引いたとき、赤髪の女がつかつかと前に出た。


「私は納得していない」


声は明瞭で、怒りの色が薄くにじんでいる。


「私はシア・フレア。このパーティーの魔法士長だ。あなたが闇魔法を持つ理由も、どこでそれを得たかも聞いていない。魔王の手の者が封印修復に加わったとき、何が起きるか——考えたことがあるか」


リンはシアを見た。敵意ではなく、恐怖から来る攻撃性だ。それは正しい警戒心だ、とリンは判断した。


「三年前、ヴァルネス国境でヴァルドレスの魔将と戦った。その夜から闇が宿った。理由は私も知らない」


「それが証明できるか」


「できない。信じるかどうかはあなたたちが決めることだ」


沈黙が野営地を包んだ。焚き火がぱちりと鳴る。


静寂を破ったのは、エルフの弓使いだった。


「私は構わない」


全員の視線が集まる。エルフは動じず、リンへ向けて静かに言う。


「シルヴァニアには古い言葉がある。〈闇を知る者だけが、光の重さを量れる〉。リン・クロウ、あなたの剣の持ち方を見ていた。旅の傷を知っている剣だ。私はエル・シーナ。よろしく」


最後にドワーフが腕を組んだまま鼻を鳴らした。


「俺はゴルド。ドルグ山脈国の工匠魔法士だ。細かいことは知らんが、封印の術式補強は俺の仕事だ。足手まといにさえならんでくれりゃあいい」


リンは全員を見回し、短く答えた。


「足手まといにはならない」


◆ ◆ ◆


その夜、リンは一人で天幕の外に出た。空は晴れていて、星が多い。北の空——ヴァルネスの方角——だけが、薄く霞んでいるように見えた。


左手の傷跡が、微かに疼く。闇の気配を感じるとき、いつもそうなる。


背後で枯れ葉を踏む音がした。振り返らなくてもわかる。シアだ。


「眠れないのか」とリンは言わずに、「何か用か」と言った。


「……昼間は言いすぎた、とは思っていない。でも」シアは少し間を置いた。「あなたが魔王側でないなら、それでいい。ただ、もし裏切るなら私が最初に斬る。それだけ言いに来た」


「了解した」


「……返事が早すぎる」


「裏切るつもりがないから早い」


シアはしばらく黙って北の空を見てから、天幕へ戻った。


リンも空を見上げた。星の数を数えるでもなく、ただ夜風に闇魔法の気配が流れているのを感じた。


仕事だ。それだけだ——そう自分に言い聞かせながら、しかしリンの右手はいつの間にか剣の柄に触れていた。守るための、流れ者の癖だった。

特にありません。

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